第十四話 お隣さんと昼食(後編)
飲み物を買って戻ると、三人とも楽しそうに話していた。
どうやら、幸太と一之瀬の馴れ初めのことを話しているようだった。
「修司ーおかえりー」
「おう」
「あの、その後どうしたのでしょうか?」
「俺が陽香を連れて、できるだけ遠くまで行ったんだ。そのまま俺と二人になるのも怖いかなって思ったから、近くにあったデパートのフードコートで休むことにしたんだ」
「あの時の幸君の気遣いが、とてもありがたかったです。あのまま二人きりでいたら、今度は幸君のことが怖くなって逃げ出していたと思います」
「その後は、またナンパされるなんてことになってほしくなかったから、家まで送るつもりでいたんだ。だけど、陽香の買い物がまだ終わってなくて、そのまま買い物にも付き合った後、家に送ったんだ」
あの後の話は、一之瀬を家に送ったとしか聞いていなかった。
そんなことになっていたなんて知らなかったため、俺は少し驚いた。
「じゃあ、そこで仲良くなったのでしょうか?」
「それが全然です」
神代が頭にはてなマークを浮かべながら、幸太と一之瀬のほうを見ていた。
「幸君ってば、ずっと周りを警戒してるんです。たまに私と目が合うと、ガチガチに緊張しちゃって、目を逸らしちゃいますし」
「いやだって! あんなことがまた起きるかもしれないからって思って! それに片思いの女の子と目が合っちゃったら、恥ずかしくてどうしたらいいかわからなかったんだよ!」
こいつイケメンでモテるわりに、恋愛初心者みたいな反応するな。
俺と神代は、二人を優しい目で見て微笑んでいた。
「それで、この人は安心できる人だなって思って、後日お礼をさせていただいたんです」
「あれか。初めて一之瀬が俺たちと一緒に飯を食べた日か」
「はい、そうです。天ヶ瀬君にもお礼をしなければならなかったのですが……」
「俺がいらねぇって言って、断ったからな」
あの日、俺と幸太が一緒に食堂に行く途中で、一之瀬が声をかけてきた。
そこで、一緒に飯を食おうと誘われたのだ。
だけど、お礼の手作り弁当は幸太の分だけで、俺のことをすっかり忘れていたらしい。
正直、あの場に俺一人だったら助けなかっただろうから、俺の分がなくて丁度良かった。
「そこから、徐々にお前らは仲良くなっていったよな」
「そうですね。連絡先交換したり、二人で出かけることになったりして」
「そうだぞ! 元々三人で出かける予定だったはずだったのに!」
「人の恋路を邪魔する趣味はねぇ」
「あははは。荒療治ではありますけど、私も天ヶ瀬君の立場でしたら、同じことをしたと思います」
「神代さんまで!?」
俺達は幸太のポンコツ具合の話で盛り上がった。
結局知り合ってから半年以上経って、この二人はやっと付き合い始めた。
一之瀬も幸太に好意を寄せていたことは、傍から見てもわかった。
正直、さっさと告白しろと幸太に言いたかった。
だが、俺がちょっかいを出して告白が失敗するような、悪い結果になってほしくなかったため、言うのを我慢していた。
「一之瀬さん達が逃げた後、そのナンパしてきた人達はどうしたんでしょうか?」
「それは修司曰く、納得してもらったらしいんだけど」
「丁寧に話したら、納得してくれたぞ」
実際はナンパに失敗した男達が、八つ当たりするように俺を人目が付かないところまで連れて行った。
そこで一悶着あったが、喧嘩慣れしていない人達だったので、軽く拳を交わして話を聞いてもらった。
男達は俺達と同い年で、その中の一人が付き合っていた彼女と最近別れたらしい。
その彼女を見返すために、ナンパで新しい彼女を作ろうとしていた、ということだった。
その時に、中学から唯一の友達で親友である奴に連絡を取って、俺は少しお節介を焼いた。
その後のことは親友曰く、ナンパ男は新しく彼女が出来たらしいので、もう俺らに対する怒りは解消されている。
むしろ俺に感謝しているらしいが、もうどうでもいいことだ。
「あんなに怒ってたから、なんか素直に引いてくれたなんて信じられないんだけどさ」
「本当だ。実際、俺に怪我一つなかっただろ?」
「まぁそうなんだけど……」
幸太は納得いかない顏をしている。
俺はそれを無視して、買ってきたお茶を飲んでいた。
その時、神代がじっと俺を見ている。
「……天ヶ瀬君って、初対面の人でも普通に話せるのですね」
「!?」
神代が唐突に変なことを言ってきた。
思わず飲んでいたお茶を吹き出すところだった。
「そうですよね! なんかもっと初対面の人だと、あたふたするような人だと私も思っていました!」
それに対して、一之瀬も乗っかる。
「ええ……。いつも一人で読書しているので……なんかイメージと違いますね」
確かに一人でずっと読書ばかりしている。
それで、初対面の人と話せないコミュ障だと思われていたのか。
俺の場合は話すのが苦手というより、関わる人が多くなることが嫌なだけだから、普通に話せるくらいのコミュニケーション能力は持ち合わせている。
それに話すと言っても、聞かれたことに答えるくらいだから、あたふたする要素がないのだが。
「そうか? 修司って、周りを寄せ付けない雰囲気を出しているだけのような気がするんだけど。授業とかでも、先生に指名されれば普通に答えているし」
幸太は不思議そうな顔をしながら、率直な感想を述べていた。
「初対面で緊張したりする奴は、周りを結構気にしている奴とかじゃないか? 俺は特に何も考えていないだけだ」
三人が少し納得した顔をしたところで、そろそろ時間が迫って来ていた。
「そろそろ昼休みが終わるから、俺は自分の席に戻るぞ」
これ以上に自分のことを聞かれたくなかったので、俺は適当に会話を終わらせた。
そのまま自分の荷物を持って席に戻った。