第百三十八話 夏祭り弐
夏祭り会場に着くと、車道を封鎖して両端に屋台が数多く並んでいた。
まだ夕方と言った時間だが、車道も歩道も人が数多く祭りを楽しんでいる。
その人混みの中に俺達も足を踏み入れていく。
「屋台がいっぱい」
「ここらへんだと結構大きめの祭りなのかもな」
「去年、赤桐君と来なかったの?」
「あいつは一之瀬とデートだって、はしゃいでたなぁ」
はしゃいでる幸太を鮮明に想像できたのか、和奏は困ったように笑った。
「どうだ想像できるだろ?」
「一之瀬さんが顔を真っ赤にして、恥ずかしがってるところまで想像できた」
「うわぁ、わかるわ」
想像の中の恥ずかしがってる一之瀬を少し可哀想に思う。
「まぁでも、あれも惚気の内だからなぁ」
「ふふふ、確かに。でも、赤桐君以外のクラスの男子からの誘いは?」
「あるにはあったけど……俺のせいで変なことに巻き込むのは嫌だったし、関わろうとしなかったなぁ。まぁその考えは、今もそこまで変わらないけど」
「そういえば、そうだったね」
さほど変わらないものの、引っ越してくる前の自分を懐かしく思う。
和奏は恐らく俺との初対面の時を思い出していたようで、何処か遠い目をしていた。
あれは和奏にとって、不慮の事故だったからなぁ。
そんな和奏を現実に戻すために、わざとらしく屋台を眺める。
今見える範囲でも遊べそうな屋台は多く、射的に輪投げ、金魚掬いに型抜き等があった。
「ほら、昔の話なんかしてないで祭りを楽しんでいこうぜ。何かやってみたいものとかありそうか?」
「え!? えっと、急に言われても」
歩きながら屋台を見回している和奏がどうしようか悩んでいると、他の人にぶつかりそうになった。
「おっと」
「へっ」
そっと和奏の手を握って、俺の方に引き寄せた。
「急に引っ張って悪いな。人とぶつかりそうになったから」
「あっ、ありがと」
お礼を言った和奏は、少し顔が赤くなって何処か一点だけを見つめている。
何かあるのか気になって視線の先を追うと、繋いでいる手を凝視していた。
「すっ、すまん!」
「……っん!」
咄嗟に手を放そうとしたが、和奏が俺の行動を読んだようで離さないように強く握り返してきた。
そして、少し恥ずかしそうにしつつも、じっと俺を見てくる。
「……デートなんでしょ?」
「お、おう」
「なら、このままで」
「わ、わかった」
そのまま手を繋いで屋台を見て回るが、俺の頭の中はそれどころではなかった。
和奏の華奢な手の感触が直に伝わって来て、急な不安に襲われる。
力加減はこれでいいのか、手汗をかいていないか、心配しても仕方ないようなことが頭を駆け巡っていた。
とりあえず平静を保つために和奏が好きそうな屋台を探す。
「ねぇ、修司」
「な、なんだ!?」
「あれって、食べれるの?」
和奏の視線の先を見れば、色々な動物が棒に刺さってて並べられていた。
「あれは飴細工だな。こういう時とかに屋台で見る気がするな」
「へぇ~」
「何か気になったか?」
「あ、なんか見たことなかったから新鮮で」
和奏にそう言われると、今まで祭りで見かけても意識していなかったと思う。
じっくり見て欲しそうにしたら、買えばいいか。
俺は和奏の手を引いて、飴細工が並んでる屋台に向かう。
「せっかくだから、もっと近くで見ていこうぜ」
「あ、うん!」
そのまま屋台の前に着けば、細かく作り込まれた飴細工が多く並んでいた。
「へぇ~すごい。あ! この犬とか修司っぽい!」
お座りをしている柴犬の飴細工と俺を交互に見ながら、そんなことを言って来た。
「俺って、そんな忠犬っぽいか?」
「忠犬かどうかって言うよりも、なんか眠そうにしてる時が犬っぽい」
「うっ……」
夏休みの生活は結構だらしない部分が多く、時々和奏に起こされることなどがあったため、その時に見られているのだろう。
ここ最近の生活を思い返して、少し恥ずかしくなる。
「和奏はこれとか好きそうだな」
何故か臼のようなものに入った兎が、そこから顔を出している形の飴細工を見せた。
「これ可愛い~」
やはり可愛いものに目がない和奏は、目を輝かせて兎の飴細工を見ていた。
こういうところを見て買ってやりたくなったりするのは、惚れた弱みなんだろうなぁ。
そんなことを考えながら、屋台の叔父さんに声をかけた。
「すみません。この兎とこっちの犬を一つずつください」
「毎度!」
繋いでいた手を放し、財布からお金を出して叔父さんに渡した後、飴を二つ受け取った。
そのまま受け取った兎の飴を和奏に渡した。
「お金払うね」
「あー大丈夫だ」
「そう言われても、私が気になるんだけど」
和奏が不満気に言うので、格好はつけることはできそうになかった。
そのため、俺は仕方なしに説明する。
「この前の実家に帰った時、沙希に二人で夏祭りに行くことを話したら、そのまま母さんに伝わっててさ。今日の遊ぶ金を結構もらってるんだよ。ただその代わり、和奏を目一杯楽しませろって」
和奏は俺の話を聞いて、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちがあるのか、何とも言えないもどかしい表情になった。
律儀すぎるから、普段から世話になってるお礼だって言っても納得しないんだろうなぁ。
「ほら、そんな顏すんな。何か返したいとでも思ってるんだろうけど、また実家に来た時に、母さんの話し相手になってくれれば喜ぶからさ」
「じゃあ、修司には?」
「俺? 俺かー」
少し考えると、急に良い案が思いついた。
「飯……今度、俺がリクエストした和食を作ってくれよ」
そう言いながら俺は、空いている手を和奏へ差し出す。
すると、和奏は困ったように笑いながら差し出した手を握ってくれた。
「そんなのでいいの?」
「十分だよ」
そのままお互いに片方の手に飴細工を持って、もう片方は手を繋いで歩き始めた。
そこには先程のような邪念や気恥ずかしさは消えていた。