第百三十二話 久しい団欒
「謝るのはいいのだけど、何度も電話したのに出ないのはどういうことなの、沙希ちゃん?」
「そっ、それは……」
俺達が急いで家の中に入れば、静かな笑顔の母さんに沙希が怒られていた。
「沙奈さん! えっと、これには訳があって」
「うんうん、和奏ちゃん大丈夫よ。その理由を沙希ちゃんに聞いてるのだから」
「うっ……」
和奏が間に入ったけども、母さんの静かな笑顔は変わらず沙希を見続けていた。
恐らく母さんに何か言ったところで携帯の電源を切っていた沙希が悪いので、事情を沙希に説明させようとするだろう。
ただ今回は自分のせいでもあるから、沙希だけ怒られるのは申し訳なかった。
「母さん、俺のせいでもあるから、そんな沙希を責めないでやってほしい」
「……どういうこと?」
とりあえず母さんの視線を自分に向けることができたので、今日あった出来事を説明した。
一通り話を聞いた母さんは少し迷った後、普段の様子に戻って沙希を見た。
「沙希ちゃん、次からはちゃんと電話に出てね? もし出れなかったとしても、必ずその日の内に折り返してね?」
「……はい、ごめんなさい」
「お父さんも待ってるから、手洗いうがいしたら三人ともリビングに来てね」
俺達は声を揃えて了承した。
和奏と沙希に続いて、母さんの横を通り過ぎようとした時、母さんが本当に安心したような声で小さく呟いた。
「……よかったぁ」
その呟きを聞き取った俺は、自分の我儘で心配させる形になってしまったことを申し訳なく思いつつ、それでも見守ってくれていた両親に心の中で感謝をした。
それから俺達が夕飯の席に着くと、全員手を合わせて挨拶をした後、食べ始めた。
夕飯の献立はローストビーフ、海老とチキンのドリア、シーザーサラダだった。
和奏がいるためか少し献立が豪華なものだった。
その和奏は慣れない夕食に目を輝かせていた。
「わぁ、これ本当に食べていいんですか?」
「遠慮しないで食べてね? 足りなかったらローストビーフのおかわりもできるから」
「あ、ありがとうございます。それじゃあ」
和奏はローストビーフを一口食べると、頬に手を当てて見てるほうも美味しそうに思える笑みを浮かべていた。
母さんはそんな和奏の様子を見ながら、嬉しそうに笑っていた。
それから父さんと母さんは和奏に色々と聞いていた。
俺が入院していた時に話していたこともあって、和奏も普通に話せていた。
ただ、その中の話題が俺の私生活になった時、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
「何か修司が迷惑かけたりしてない? 気になったことがあればガンガン本人に言っていいからね?」
「あはは、そんな迷惑だなんて」
そんな会話を聞きながら、ふと沙希の様子が目に入った。
どうやら何かが欲しいようだが、自分のところから届かなくて悩んでいるようだった。
「沙希、サラダが欲しいのか?」
「あっ、うん」
「皿貸してくれ」
沙希から皿を受け取って、適当な量を皿に取ってやる。
「これくらいでいいか?」
「ありがとう、兄貴」
沙希はお礼を言って皿を受け取った。
俺もサラダを食べようと自分の皿を手に持った時、先程まで会話していた声がなくなって静かなことに気付いた。
話していた三人を見れば、母さんは笑顔で、和奏と父さんは少し驚いた様子で俺を見ていた。
「え、何?」
俺がそう聞くと、和奏が小さく呟いた。
「修司がお兄ちゃんしてる……」
「なんだそれ。別に取ってやるくらいする」
「いや、沙希ちゃんが頼んでからならわかるんだけど、頼む前に気付いてたから」
そんな驚くようなことかと俺が不思議に思っていると、沙希がローストビーフを切りながら答えた。
「久しぶりで忘れてましたけど、前から兄貴はこんな感じですよ。自分に面倒くさいことが降りかかってこないか周りに注意してたんで」
「そうなんだけど、思いやりからってのは珍しい気がして」
「兄貴……もしかして、和奏さんを雑に扱ってたりしてる?」
沙希が睨みながら俺を見てくるが、俺は即座に首を横に振った。
「いや! 普段から色々世話になってるから、ちゃんと感謝してるし、何かお礼をしなければとも思ってる!」
「……和奏さん、本当?」
「えっと、まぁ一応?」
「和奏!?」
沙希が悪戯っぽく和奏に聞くと、和奏もそれに便乗して悪戯っぽく笑って、俺を弄ってきた。
いつの間にか驚いた表情から元に戻っていた父さんは、母さんと一緒に俺達の様子を眺めていた。
それからは、にぎやかになりながら楽しく夕食を取った。
夕食を食べ終えると、女子同士で盛り上がっていた。
和奏も楽しそうに話していて邪魔したくなかったので、母さんに変わって皿洗いをしていた。
「……修司、私も手伝わせてくれ」
俺が一人で皿洗いをしていると、いつの間にか父さんが横にいて、そう言ってきた。
どうしてという疑問は浮かんだが、あることに思い立った。
父さんが入れる分のスペースを開けて、横に入って手伝ってもらう。
「父さん、あの空間が少し気まずいんでしょ」
「……まぁそうだな」
表情を変えずに父さんがそう答えた。
あまり反応が変わらなかったので、俺の予想とは少し違ったようだった。
それから黙々と二人で皿洗いをしていると、父さんが俺に話しかけて来た。
「……沙希と話せたんだな」
「あ、うん。結局、俺が思っていた理由と沙希が抱えていた理由が違って、すれ違ってただけだったよ……。心配かけて、ごめん」
「……ああ」
「あと、沙希に何も言わないでやってほしいって言う俺の我儘を聞いてくれて、ありがとう」
「お礼を言われるようなことはしていない……。本来、私や沙奈さんが間に入らなければいけない問題だった」
「まぁ……あくまでも厳しい態度は俺に対してだけで、周りに迷惑かけてるわけでもなかったし。父さん達が俺の我儘を聞いてくれたおかげで、沙希が昔の俺の真似事しないようにできた部分は多少あると思うから、俺の感謝は受け取ってよ」
まぁ……少し前から危険なことに首突っ込むようになってたけど。
父さんに話した後、そんなことを思ったが心配させないように心の中に閉まった。
俺の言葉を聞いた父さんは、少し振り返ってリビングの方を見ながら軽く笑ったような気がした。
「……家族がにぎやかなのはいいものだな」
父さんの呟いたその言葉は、長くなかったものが返ってきたと言うような意味に感じられた。