第百三十一話 それぞれの道
和奏と沙希は、俺の黒歴史から盛り上がって、仲良くなっていた。
仲が良くなったのは良いが、そのきっかけが自分の恥ずかしい話というのは複雑な心情だった。
俺は自分の顏を見られたくなくて先を歩いていると、もうすぐ家に着くというところで、帰り道に会った二人の姿が見えた。
どうやら朝倉の家の前で、俺達が帰って来るのを待っていたようだった。
「妹と仲直りできたのか?」
俺は後ろを指さしながら、二人が楽しそうに話している姿を海斗に見せる。
「約一年くらい会話してなかったから、すぐ前と同じに、とはならないけどな」
「そうかもしれないが、よかったじゃないか」
「あと今日、沙希を助けてくれてありがとな。沙希には納得させたから、もう今日みたいな行動をすることはないと思う」
海斗と朝倉は心配していたようで、ほっと安心していた。
そんな会話を海斗としていると、後ろの二人が俺達に気付いたようだった。
和奏は足を止めようとするが、沙希はそのまま通り過ぎようとしていた。
俺は一瞬悩んだが、流石に沙希を引き止めた。
「沙希……助けてくれたお礼くらい言ってから家に戻ってくれ」
「えぇ……」
沙希は俺にそう言われると、かなり嫌そうな顔をしながらも助けてくれたとは思っていたようで、渋々だが受け入れた。
「……ありがとうございました」
沙希が頭を下げてお礼を伝えた後、俺達は家に帰ろうと二人の横を通り過ぎる。
俺達が家に入ろうとした時、海斗が俺に聞いてきた。
「なぁ修司、琴葉とも話さないか?」
「海斗君……それは」
朝倉は弱弱しく、聞いてきた海斗を止めていた。
恐らく海斗の言いたい事としては、妹とだけではなく朝倉とも少し話をしてみないかということだろう。
それで昔と同じではなくても一歩でいいから、お互いに歩み寄れないかと。
前に海斗から、朝倉は俺のことを気にしないようにしていたと聞いた。
しかし、今の朝倉は、俺を前にすると、昔のことを意識してしまっているように見えた。
正直、俺も中学時代のモヤモヤしたものが消化できていないため、朝倉と話す度にその気持ちを引きずり続けるだろう。
それなら、まだお互い話さないほうがいい気がして、海斗に返事をした。
「ああ。俺が……たぶん朝倉もだが、まだ気にせず話せるような感じじゃないからな」
「だからと言って、何もしなかったらずっとこのままの可能性だって」
海斗はそう言って俺に反論してきた。
海斗が心配してることも言いたいこともわかるが、どう伝えればいいか。
そんなことを俺が悩んでいる間に、沙希が海斗に聞いた。
「ずっとこのままの何がいけないんですか? 別に黒田先輩に出会う前の関係に、二人が戻るだけじゃないですか」
「そこから、また少しずつでいいから仲を戻そうということを俺は言ってるんだ」
少し前の言い合いの件があったせいか、海斗は少しイライラしたように沙希に言う。
その海斗の態度に沙希も影響されて、言葉が荒くなっていく。
「黒田先輩と出会って仲良くなってからも、その人は兄貴を信じなかったわけですから、そこまでの関係でしょう? 別にいいじゃないですか」
「っ……そんな言い方はないだろう。琴葉も悪いのはわかってるし、騙されたことは軽率だったと理解している」
「だから、もう一度関係を再構築できないかと言うんですか? 何もしてないのに帳消しにしてくれと?」
「俺はそのチャンスを与えてやってくれと言ってるんだ!」
当事者を置いてけぼりで、また言い合いが始まった。
沙希がまた俺を庇う姿に感慨深いものを感じながら、取りあえず熱くなりすぎている二人を止めようとした。
すると、俺よりも先に和奏が間に入った。
「あの、すみません。私からもいいでしょうか?」
和奏の言葉に二人は驚いて言い合いを止め、そして海斗が答えた。
「……なんですか?」
「差し出がましい話かもしれないですけど……まず天ヶ瀬君は、黒田さんが思っているよりも心に傷を負っています。その出来事から、ずっと自分を責め続けるくらいに……それを踏まえて、天ヶ瀬君の気持ちも考えてください」
「それは……」
海斗はわかってると言いたげだったが、和奏の真剣な様子に言葉に詰まっていた。
「それとここまで、黒田さんは三人のことを思ってのように話していますが、朝倉さんのことしか考えてないように思えます」
「そんなことはっ!」
「落ち着いてください。私が聞いた感じでは、そう聞こえるという意味です。ただ本当にそうだとしたら、一人傷つきながらも泥を被る天ヶ瀬君のことを少しでいいから考えてあげて、寄り添えなかったのかと疑問にはなります」
「……っ」
有無を言わさない和奏の雰囲気が伝わり、海斗は言い淀んでいた。
そのまま和奏は俺のほうを見ながら言葉を続ける。
「ですが、そのことに関しては天ヶ瀬君にも問題はあったでしょう。全部背負い込む癖がなくて、もっと誰かに相談できれば良かった部分がありますので」
……ごもっともです。
和奏がそう言うと、俺は少し申し訳なくなりつつも心の中で同意した。
それから、和奏は自分が少し気になった部分を海斗に話す。
「天ヶ瀬君を信頼してたからということなのかもしれないですが……その頃、黒田さんは彼に言われた通り朝倉さんを支えていたと聞きます。そして、私から見たら今もそう思っているように見えます。ですから、私が言いたいことは友人として、もう少し彼のことを考えてあげてください」
和奏が話し終えると、各々思うことがあったのか神妙な面持ちになっていた。
……俺が自分の気持ちをしっかり二人に伝えればいいだけだよな。
和奏にここまで言わせて、俺が自分の気持ちをあやふやのまま伝えないのは違うと決心した。
「なぁ海斗。朝倉のことを大事に思ってる分かるし、お前が望んでることも分かる」
「……だったら!」
「ただもう昔の俺とは違うから、お前が望んでることを叶えることはできない。正直な話をすれば、こうやって三人が集まって話せば昔のことが頭にちらつくし、地元を歩いていれば少なからず気持ちが滅入るしな」
「っ……」
「あ、別に気にしてほしくて言ってるわけじゃないんだ。でも、今お互いに歩み寄っても、俺のこの気持ちは朝倉にも伝染するだろうし、上手くいかないだろうなって思ってる」
海斗は申し訳なさそうに、朝倉は何処か真剣な様子で俺の話を聞いていた。
「これは俺の気持ちの問題で、朝倉を恨んでるとか二人のことが嫌いとかそういことはない。でも、お互いに離れて考えることはできないかって思う。なんて言えばいいのか……別にこれから生きていく中で、ずっと一緒ってわけじゃないだろう? まぁそういうやつもいるだろうけど、俺はそれぞれの道を進んで大学や社会人になって、偶然会った時に久しぶりって言えるような関係も悪くないと思うんだ」
その頃には、過去のことが気にならないメンタルに俺自身がなっていて欲しいけど……。
そんな補足を心の中で付け加えながら二人に伝えた。
「ここが俺達の分岐点として、成人したときか大人になった時に色々楽しい話や惚気話だったり聞かせてくれよ」
俺が笑いながらそう伝えると、海斗は少し何か言いたそうにしていたが、朝倉が真剣な表情で止めた。
「海斗君、しゅうくんの言う通りにしてほしい。海斗君が私のことを考えてくれてるのは、本当にありがたいなって思う。だけど、しゅうくんもさきちゃんも、皆進んでるのに私達が立ち止まったままなんて迷惑かけるだけだから」
「琴葉……」
それから朝倉は沙希のほうを向いて頭を下げた。
「さきちゃん。私の自己満足になるけど、これだけは言わせて。私のせいで、しゅうくんを傷つけてごめんなさい」
「っ……」
朝倉が沙希に謝罪をするが、言われた本人は何とも言えないような表情を浮かべていた。
それから朝倉は頭を上げて、今度は和奏のほうに目を向けた。
「ありがとうございます」
「はい」
そのお礼にどんな意味が込められていたのかは、本人と受け取った和奏にしかわからないかったのだろう。
俺と沙希は頭にはてなマークを浮かべていたが、和奏は優しく笑い、それに朝倉は笑って答えていた。
「海斗君、いこ」
「……ああ」
ご飯でも食べに行くのか、この場から離れていく二人の背中を、そのまま少し眺めていた。
「疲れた。兄貴、私先に中入るね」
沙希はそう言って、玄関を開けて家の中に入っていく。
「和奏、ありがとう」
「そっちこそ、お疲れ様」
お互いに労いながら顔を見合わせていると、家の中から沙希の謝罪が聞こえて来た。
ああ、母さんに怒られてるな。
「修司、早く行かないと!」
「うーん。まぁ庇うだけ庇ってみるか」
そのまま俺達は、急いで家の中に入って行った。