第百三十話 妹の質問と黒歴史
帰り道。
結局、和奏の機嫌を完全に戻すことはできず、和奏は少し素っ気ない態度で前を歩いていた。
そんな和奏の後ろに着いて行く形で、俺と沙希は歩いていた。
「あんな風な兄貴……久しぶりに見たよ」
「……恥ずかしい兄で悪い」
「あっ、そういうことじゃなくてさ」
沙希は少し嬉しそうな顔で和奏を見ながら話す。
「なんか肩の力を抜いて接してるって言うか、私達の仲が良かった頃の家にいる感じが出てたよ。普段からこうなんだろうなぁって思えた」
「前と態度も言葉遣いも違うから、そんなことないと思うけど」
確かに和奏と一緒にいる時は、気を使ってない気はする。
自分が意識しないようにしていることもあるが、和奏と一緒にいる時は変なことに絡まれることが減ったように感じるのもあるだろう。
だから、気を抜いていられてるのかもしれないと思った。
「あくまでも私にはそう見えたってだけだから。で、どっちから告白したの?」
「なっ、は!?」
「え、そんなに驚く? ちょっと気になったから、聞いてみただけなんだけど」
沙希は俺の反応が思っていなかったもので、キョトンとしていた。
正直、今まで自分のこういった話をすることもなかったので、話をするのに抵抗があった。
それに和奏の立場もあったので、誰かに相談することなど全く考えたことがなかった。
ただ、一人くらい相談相手がいたほうがいいのだろうかと思い、渋々沙希に話すことにした。
「……ない」
「聞こえないんだけど」
「付き合って……ない」
「……は?」
沙希は怪訝な顔で俺を見てくる。
「あの距離間で付き合ってないって……まじ?」
「……ああ」
その質問に俺が肯定すると、沙希は残念なものを見る目に変わった。
「……ヘタレじゃん」
「あのなぁ!? こっちも色々事情があるんだよ!」
「えぇ……」
沙希は軽く怒った俺に戸惑いながらも、見る目は変わっていなかった。
その時、たまたま和奏が歩みを止めた。
俺と沙希はどうしたのかと疑問に思うと、和奏が振り返った。
「そういえば早く帰らないと、沙奈さんが怒るんじゃなかったっけ?」
「あっ!」
和奏に言われて、もう日は沈んでいるのにも関わらず、母さんに連絡を入れていなかったのを思い出した。
それから、すぐに母さんに電話を掛けると、ワンコールで出てくれた。
「母さん、ごめん! 今帰ってる途中なんだけど、夕飯の時間を少し過ぎると思う」
「わかったわ。でも心配するから、もう少し早く連絡してほしかったかなぁ~」
「ご、ごめん」
俺は少し焦りながら電話を掛けたが、母さんは軽く愚痴を言うだけで機嫌は悪くなさそうだったので安心した。
しかし、次の瞬間、母さんの声のトーンが一段下がった。
「あっ、あと沙希ちゃんがまだ帰ってきてないんだけど、街で見たりしてない? 連絡しても携帯の電源を切ってるみたいで出ないのよ」
母さんの声は電話越しのはずなのに、冷えた感じして背筋に軽い寒気が走った。
「えっと……実は今隣にいて、三人で一緒に帰るよ」
「そう……ならよかったわ。沙希ちゃんに、帰ってきたら覚悟しておいてねって伝えておいて」
「わ、わかった」
「じゃあ、気を付けて帰って来てね~」
母さんはそれだけ言って電話を切った。
俺は携帯をポケットに仕舞って沙希に話す。
「沙希……常に携帯の電源だけは入れといたほうがいいぞ。母さん、怒ってた」
「え、あっ!」
沙希は自分の携帯を取り出して電源を入れると、そこには母さんからの不在着信が複数並んでいた。
恐らく逃げた後、沙希は誰とも話したくなくて、自分で携帯の電源を切ったのだろう。
怯えた様子の沙希が、俺のほうに顔を向けてきた。
「兄貴ぃ……」
「今回は俺のせいでもあるから……一緒に怒られよう」
俺がそう言うと、沙希は諦めた様子で肩を落として落ち込んでいた。
そんな沙希に和奏が慰めの言葉をかけた。
「私からも沙奈さんに事情を話してみるから、そんな落ち込まないで」
「神代さん……」
まるで女神を目の前にしたような表情で、沙希が和奏を見つめていた。
しかし、和奏は仕返しのつもりか、思わぬ交換条件を沙希に提案した。
「その代わり、妹さんが知ってる修司の恥ずかしい話を教えて?」
「兄貴の恥ずかしい話ですか? それなら黒歴史とかいっぱいありますよ?」
「そんなのあるの!?」
「おい! やめろ沙希!」
「例えば……良く揉め事に巻き込まれてたんで、喧嘩でボロボロになりながらも相手を打ち負かした後、つまんねぇ相手だったぜ、って捨て台詞吐いてたり」
「うんうん!」
「物騒なことじゃない人助けをした時とかに名前を聞かれて、名乗るほどものじゃない、とか言って後で普通にばれてたり」
「もっ、もうやめてくれ……」
俺の制止の言葉は沙希に届かず、そのまま俺の黒歴史を話し始めてしまった。
そのまま和奏と沙希は楽しそうに俺の黒歴史を話していた。
もう誰でもいい……俺を殺してくれ。
二人が話している間、俺は終始穴があったら入りたい状態だった。