第十三話 お隣さんと昼食(前編)
俺は神代に伝えた通り、ホームルームギリギリに自分の席に着いた。
席に着くと、神代が一瞬こちらを見たが、すぐさま視線を前に戻した。
特に気にせずホームルームを終えると、そのまま午前の授業は淡々と進んでいった。
あっという間に昼休みに突入してしまったので、ひとまずこれからどうするのか聞くために、俺は幸太の元へ向かった。
「おい。これから俺はどうすればいいんだ?」
「こっちに来てもらえればよかったんだけど、もうお前の方から来てくれたから。たぶん神代さんも……」
「はい。今日はご一緒させていただきます」
「……噂をすれば、か」
俺と幸太が話をしているうちに、神代もこちらに来ていた。
教室にいる奴らは、一之瀬と神代の仲が良いのは周知の事実らしく、二人が一緒にいることに対して気にしていない。
だが、俺と幸太がいることに、疑問やら驚きやらの視線が送られていた。
特に俺の方は、誰だこいつのような目で見られている。
あぁ……帰りたい。
「全員揃ったので、早速お弁当を食べちゃいましょう!」
「そうだな。一之瀬の言う通り、さっさと食べ始めよう」
俺達は近くの机を借りて、弁当を広げ始める。
「修司も今日は弁当なんだな。しかも二つ?」
弁当を広げていると、早々に幸太が俺の弁当が二つであることに気づいた。
「ああ、母親が作ってくれた。二つあるのは、片方が妹の弁当なんだが忘れてってな。もったいないから、俺が食べることにした」
「そうだったのか。確かにその大きさ弁当箱なら、全然食えるもんな」
「……そうだな」
とりあえずこれで、幸太の疑問は解消されるだろう。
このまま何も気づかないでくれよ……。
「幸君、今日のお弁当です。今回は、幸君の好きな豆腐ハンバーグがメインです」
「まじ!? 嬉しいなぁ~」
ナイスだ一之瀬。そのまま幸太を黙らせておいてくれ。
そう思いながら目の前を見ると、神代が弁当を開けたまま、中身とにらめっこしていた。
もしかして、何か食べれないものが入っていて困っているのだろうか。
「あれ? 神代さんのお弁当、いつもと違って洋風にしたんですね」
「え? ああっ、はい! 今日はちょっとハンバーグとかオムレツが食べたくて」
え? なんで神代はそんなに驚いているんだ?
そんな驚き方をしたら、何かありますよって相手に伝えているのと変わらないんだが。
「そうだったんですね。いつも健康的な和食のお弁当だったので、少し気になりました。あっ、そうです! 今日の天ヶ瀬君のお弁当みたいな感じです!」
一之瀬さん、察しが良すぎませんかね?
「ほぉんおあ!」
幸太……どんなに好きな食べ物だからって、口の中のものを食べ終えてからしゃべろうな。
「んっく! お前の家って、あんまり和食を作らないんじゃなかったのか?」
こいつ……いらんこと覚えていやがって……。
「今日は俺のわがままで和食にしてもらった。妹が弁当を置いていった理由は、もしかしたらこれかもな」
「そうだったのか! よかったな!」
あー本当に単純でいてくれてありがとう幸太。
一之瀬は何処か納得いっていない様子をしつつも、自分の弁当を食べ始めていた。
俺は、なんとかこの状況を突破できたことに安堵していた。
それは神代も同じだったらしく、同じタイミングで一息ついてから弁当に手を付けた。
神代の作った弁当は、主食が白米で、主菜が鮭の塩焼きと肉じゃが、副菜にきんぴらごぼうと小松菜の胡麻和えだった。
その中で俺が最初に手を付けたのは、肉じゃがだった。
「……うま」
「……おいしい」
俺と神代は、お互いの弁当に驚いて、顔を見合わせながら感想が漏れていた。
「二人とも、顔を見合わせてどうしたんですか?」
「!?」
「いや、なんでもない」
今の俺達の状況を見られて、神代は少し驚いていたが、俺は冷静に返した。
すると、神代も慌てて誤魔化した。
「えっと、大したことではないんですけど、思った以上に冷めててもおいしいお弁当が作れたなと思いまして……」
「そうだったんですね。あっ! 良かったらなんですけど、ちょっともらってもいいですか?」
「え……ええ、どうぞ」
神代は、俺の様子を窺いつつ、一之瀬の頼みを聞いていた。
もちろん俺は、素知らぬ顔で神代の弁当を食べ続ける。
「かなりおいしいですね」
「陽香が言うほどなのか。俺ももらってもいいですか?」
「は……はい。一之瀬さんには敵わないと思いますが」
幸太は一之瀬に食べさせてもらった。
「俺にとって陽香のが一番だけど……かなりおいしいです」
「ソ……ソウデスカ」
幸太と一之瀬にも、俺が作った弁当は好評のようで良かった。
神代は、少し複雑そうな顏をしたまま、何故かショックを受けている様子だった。
そんな中、俺は神代の作った弁当を黙々と食べていた。
鮭の塩焼きは皮の部分がパリッと焼けて、身の部分はちょうどいい塩加減。
肉じゃがはしっかり味が染みており、後から来る甘味がたまらない。
きんぴらは食感を楽しめるように長めに切っており、少し辛みが強い部分が、ご飯のお供にぴったりである。
小松菜の胡麻和えも箸休めにちょうど良く、比喩ではなく箸が止まらなかった。
「神代さんは洋食も作れるんですね! あんまり料理はしないって言ってましたけどすごいです!」
「えっ! あっ……おほほほっ、そうなんですよ!」
神代……テンパってキャラ崩壊してるぞ、よく正体隠せてるな。
「でも、毎日お料理をされている一之瀬さんには敵いません」
「んーそうですか? すぐに私なんか越しちゃいそうですけど」
「俺が言うのもなんだけど、すげー美味かった!」
二人が神代の弁当、もとい俺の弁当を褒めている。
すると、幸太が疑問に思ったことを神代に聞いた。
「でも神代さんって、家のお手伝いさんが弁当を用意してくれるのかと思ってたわ」
「そんなことはないです。お料理をすることが好きなので、できるだけ自分で作っています」
「それで話が合って、私は神代さんと仲良くなれたんですよね」
「はい」
そういう繋がりだったのか。
そんなに仲が良いなら、神代も本当のことを一之瀬に伝えればいいのに。
神代の事情もあるだろうから、一概には言えないだろうけど。
「ご馳走様でした」
三人とも「え?」という声を漏らしながら驚いて、俺のほうを見た。
「ん? どうした?」
「もう食べ終えたのかお前……」
「ああ。かなり美味かったし、和食だったからな」
「そういやお前、和食や和風とか大好きだもんな」
「ああ。味付けとかが全て俺の好みだったし、何よりも肉じゃがが最高に美味かったなぁ。また食べたいくらいだ」
「あははっ、よかったな! また今度頼んで、作ってもらえよ」
……もうないだろうなぁ。
そんなことを思いながら、作った本人の方を見ると、下を向いている。
よく見ると、耳が赤くなっているような気がする。
そんな神代を見て、自分が素で弁当を褒めていたことに気付き、途端に恥ずかしくなってきた。
「あー……ちょっと飲み物を買ってくる」
「おう、いってら」
おそらく、赤くなっているであろう自分の顏を、三人にばれないようにして、飲み物を買いに教室を出た。