第百二十八話 和解
「ここって神社?」
目的地に着くと、階段の上にある鳥居を見ながら和奏が不思議そうに聞いてきた。
「ああ。今は手入れがされてるかどうか怪しいところだけどな」
階段を上って鳥居を潜れば、すぐ目の前に古びた神社が建っていた。
和奏は神社を少し眺めた後、何か気になるようで周りを確認していた。
「さっき、夕日が見えるとか言ってたけど……」
「ああ、こっちだ」
和奏は俺の後ろに着いて、神社の横を進んでいく。
神社の裏側に着くと、そこには細い獣道がある。
「この先なんだが……」
和奏が通りたくなさそうなら、待っててもらおう。
そう思って振り返ると、嫌そうな表情はまったくしておらず、むしろ俺が振り返ったことを不思議に思って首を傾けていた。
しかし、すぐに俺の考えていることに気付いたのか、少し怒った目で俺を見てきた。
「田舎出身なの忘れてない?」
「悪い……気にするほうが野暮だったな」
そのまま一列になって、細い獣道を少し進むと開けた場所に出る。
そこは崖の上で、もうすぐ完全に沈もうとしている綺麗な夕日が良く見えた。
和奏は声を出さずに、夕日に照らされた街の景色に感動しているようだった。
久しぶりに来た俺は、昔とほとんど変わっていない場所に懐かしくなるが、それよりも安心した気持ちが勝った。
よかった……俺の予想が当たってて。
こんな場所に一人、体育座りをして夕日を眺めている見覚えのある背中があった。
俺はゆっくりと、その背中に近づいていく。
「こうやって探すのは、あの日以来だな」
「……探してなんて頼んでないじゃん」
「……そうだな」
沙希は沈む夕日を見たまま答えてくれた。
少し沈黙が続いてから、また沙希に話しかける。
「今日……お前の友達二人と、たまたま会って少し話した」
「っ……」
沙希は言葉を出さなかったが、少し驚いているようだった。
「……話を聞いて色々と少しわかった」
「……何が」
「あの日、沙希が怒った理由……友達のことを思ってのことだろ? それに俺のせいで、お前に嫌な思いをさせていたと思う。すまなかった」
和奏と話をした、もう一つの理由はわからない。
今はあの日のことや俺のせいで肩身の狭い思いをさせたこと、それに対して謝ることしかできなかった。
俺の謝罪を聞いた沙希は、黙ったまま肩を震わせていた。
「…………違う」
やっと口にした沙希の言葉はその一言だった。
「違う?」
俺が聞き返すと、沙希は怒った様子で立ち上がった。
「何もかも違う! 私が許せなかったのは、あんたが男性恐怖症の弥佳に話しかけたからじゃない! ただ弥佳と話したから! それに私は肩身の狭いなんて思ったことなんかない!」
「それは……」
「私が大好きだった兄貴は正しいことをした! だから周りに何を言われても信じなかったし、屁でもなかった。だけど!」
沙希は涙目で怒鳴りながら俺を睨んでくる。
「弥佳が絡まれてる時、兄貴は助けてくれなかった! 見て見ぬ振りをして、その場から立ち去った! 私が大好きだった兄貴はそんなことしない!」
「っ!?」
「あんたは覚えてないかもしれないけど……一年前、一人の女の子が変質者に絡まれて、路地裏へ連れて行かれそうになった。幸いにも助けに入った男の子が時間を稼いだおかげで、警察が間に合って女の子は無傷で済んだ。その時の女の子が……」
「芹沢か……」
沙希に言われて思い出した。
俺がむやみに人助けをしないと誓って、ちょっとした頃に見かけた出来事だった。
すぐに警察に電話をすると、一人の男が助けに入ろうとしていたので、その場を離れた。
それが沙希が俺に冷たい態度を取っていた本当の理由。
あの時の俺が精神的に弱っていたとはいえ、それは言い訳にならないだろう。
俺は罪悪感で何も言えず俯いていた。
「……でも」
沙希は涙を堪えながら話し続ける。
「本当に悪いのは変質者で……兄貴が悪くないのもわかってる。私の友達かどうかも兄貴にはわからなかっただろうし……兄貴は心が弱ってたから。それなのに兄貴に対して、勝手に絶望して許せなくて……弥佳のことが絡むと頭に血が上って、苛立ちを兄貴にぶつけることしかできなかった……」
俺は静かに沙希の言葉を聞いていた。
沙希は涙を堪えるのも限界で、少しずつ涙が流し始めた。
「それなのに……大変な時に……家族なのに大好きなのに……どうすればいいかわからなくて、何もしてあげられなかった自分も許せなくて」
「……沙希」
「もう昔の兄貴はいないから、自分が憧れた兄貴みたいになろうって思ったら、昔みたいにまた誰かを助けてて……嬉しさとなんであの時はって言う怒りが混じって。もう……どうやって兄貴と話してたのか……思い出せないよ」
沙希は涙を流しながら悲しそうに笑った。
その顏を見てから、和奏のほうを一瞬だけ見る。
和奏は何も言わず真剣な様子で頷いた。
それは何故か俺の背中を押してくれたように感じた。
俺は謝罪と自分の気持ちを正直に伝えようと心に決めた。
「あの時のことは謝ることしかできない……妹の大事なものも守れない不甲斐ない兄貴でごめん。ただ、沙希が憧れた誰でも助けるような兄貴には……もう戻れない」
「……どうして」
「俺はヒーローでも何でもないから……誰でも助けるなんてことは手に余るんだ。でも、自分の大事ものは守れるように……助けられるように努力する。その大事なものの中には、もちろん家族も含まれてて……沙希の大事なものも守れるように頑張るよ。だから一度失敗したけど、これからの俺を見ててくれないか? 兄ちゃん、頑張るからさ」
「でもっ……わたしっ……くちもきかなくっって、おにいちゃんにっ……ひどいことっ!」
「そのくらいで嫌いになんかなるわけないだろ。理由は違ったけど、元々沙希が俺を恨んでると思ってたから、最初から気にしてない。もし、それでも自分を許せないなら、俺が沙希を許す! だからもう気にすんな」
泣いている沙希の頭を撫でてやると、色々と限界だったのか沙希が俺の懐に飛び込んできた。
「うぅ……ひっく……いまっまで……ごめっ……さい!」
「俺も駄目な兄貴でごめんな」
そのまま沙希が泣き止むまで、俺は沙希の頭を撫で続けた。