第百二十七話 言い合いの事情と昔の思い出
沙希をすぐさま追いかけようと思ったが、追いついたところで問い詰める形になって、まともに話をできそうになかったのでやめた。
ひとまず話を聞ける奴は残ってるので、二人に事情を聞くことにした。
「で、海斗。どういう状況だったんだよ」
「ああ、それはだな……」
海斗から話を聞くと、どうやら沙希は真横にある路地裏で、複数人が一人を囲んでいるところを見かけて助けに入ったらしい。
丁度、その時に海斗達も通り掛かって、今にも殴り合いになりそうなところを止めに入った。
海斗達が話を聞けば、肩がぶつかった程度の小競り合いで、ぶつかった相手の虫の居所が悪かったため、一人は絡まれてしまっていたらしい。
幸いにも、ぶつかった相手の周りが冷静であったため、穏便に済ませることができたようだ。
その後は、俺と和奏が見ていた通りだった。
「なるほどなぁ」
「修司が妹を大事に思ってるのは知ってたから止めたんだが……」
「ありがたいと思ってるから、そんな気にするな」
ただ……沙希が朝倉に対して、あんな風になっていたのは少し気になるけど。
そんなことを思っていると、朝倉が俺の隣にいる奴について聞いてきた。
「あの……その隣にいる人は?」
和奏は少し困った様子で、俺のほうを見ていた。
「俺は前に会ったことあるが、修司の彼女か?」
「ちっ、違います!」
海斗がそう言うと、和奏は即答で否定した。
事実なんだが……こうも即答で否定されると、少しショックだ。
関係を進展させようとしていない自分が悪いので仕方ないと思いつつ、海斗達に和奏を紹介する。
「えっと、今住んでるところの隣人で友達だ。ちょっと色々と世話になってな。母親から連れて来て欲しいって言われて、一緒に実家に来てもらった」
朝倉は俺の言葉に少し驚きつつも、挨拶を交わしていた。
「えっと、しゅうくんの幼馴染で朝倉琴葉って言います」
「私は神代和奏です。天ヶ瀬君とは、友達で隣人としても仲良くさせてもらっています」
朝倉と和奏が自己紹介を終えたのを確認すると、俺は沙希を探しに行こうとする。
「事情はわかったから、沙希を探しに行くわ」
「俺達も一緒に……」
「いや、俺一人でもややこしくなりそうなのに、二人が一緒だと更に悪化しそうだから大丈夫だ」
俺がそう言うと、少し申し訳なさそうにしながらも、何か言いたげな表情で俺を見ていた。
「……最悪こいつに間を取り持ってもらって話すから、そう心配するな」
「えっ、私!?」
思わぬ俺の提案に、和奏は自分に指を指して驚いていた。
「少し話したことあるから大丈夫だろ? 頼んだ」
「はぁ……わかりました」
和奏は少し困ったようにため息をついたが、了承してくれた。
「んじゃ、行くわ」
そのまま二人を置いて、沙希が走り去った方向に向かって歩き始めた。
二人の横を通り過ぎる時に、朝倉の表情が少し悲しそうだったのは気づかない振りをした。
「とりあえず修司に着いて歩いてるけど、妹さんの居場所は見当がついてるの?」
「まぁ……一応、何となく」
「……なんか物凄く自信なさそうだけど」
正直、和奏の言う通りで沙希の居場所に自信はなかった。
昔、同じように沙希が家から飛び出して、何処かに行ってしまったことがあった。
その時に、とある場所で沙希を見つけた。
「同じようなことが前にもあったんだが……小学生の時だからなぁ」
「今から行くところは、その時に妹さんを見つけたところなの?」
「ああ。もしその場所に居なかったら、頭を悩ませることになるから居て欲しいんだが……」
自信がないからか、そんな言葉を呟いてしまう。
「その場所には、思い出でもあるの?」
俺の様子を見て何か思ったのか、和奏がそんなことを聞いてきた。
「子供の頃に見つけた秘密基地みたいなところなんだよ。特に学校帰りとかに良く行ってた」
「何で学校帰りに?」
「その場所から見える夕日が綺麗でさ、学校帰りが時間的に丁度よかったんだよ」
あの頃は……よく三人で夕日を見てから帰ってたな。
その日に嫌なことがあっても、それを見れば悩んでることがどうでもよくなるような、そんな場所だった。
「沙希が今日みたいにどっか行ったのは、あの日以来だから怪しいけどな」
俺はそう言いながら、空笑いをする。
「いるよ。きっと」
そんな俺を見ながら、和奏は真面目な表情で即答した。
「それに修司の話や井上さんの話、それとさっきの言い合いを合わせると、修司が思ってるものとは何か違う理由が妹さんにあって、修司に冷たくしてるんじゃないかな」
「何か違う理由?」
「うん。でも、私の考えに確証はないから、きちんと妹さんと話してみないと」
和奏にそう言われて、少し自分でも井上の話や先程の沙希と海斗の会話を思い出す。
話を思い出すと、和奏の予想は的外れなものではなく、確かに可能性としてあるものだと俺も思った。
ただやはり、俺が思っていたものと別の理由について思いつかない。
「ちょっと肩に力入りすぎかも。もし話し合いにならなそうな時のために私がいるんだから。ね?」
少し思い詰めて考えていた俺を見て、和奏が空気を和らげてくれた。
「だな。その時は頼んだ」
和奏の気遣いを嬉しく思いながら俺が笑うと、和奏も笑い返してくれた。