第百二十四話 妹の友達と話の内容
俺達は近くにあった喫茶店に入って四人席に座る。
その際、先程合流した男の隣に座って、和奏と向かう形となった。
別に気にしてるわけではないが、まぁ怖がられてるなら仕方ないか……。
そんなことを思いながら、飲み物を注文した。
「こ……こんな座り方になってしまってすみません」
飲み物が届くと、女が謝ってきた。
「いやまぁ、俺が怖いなら仕方ないだろうさ」
「えっと……さっきも伝えようと思ったんですけど……沙希ちゃんのお兄さんだけが怖いというわけではなくて……その」
「芹沢、無理しなくていいからな?」
「うっ、うん」
男が女に優しく言葉をかけた。
それでも女は自分で伝えようと、ゆっくり話してくれる。
「わ……私、男の人が怖くて……慣れるまで時間が掛かるんです……」
「芹沢? あとは俺が話すからゆっくり呼吸しよう」
男がそう言うと女は頷いて、ゆっくりと小さく呼吸をする。
「自己紹介が遅れてすみません。自分の名前は井上悟志で、こっちが芹沢弥佳です。自分達は中学から一緒の学校で、高校一年です」
井上は丁寧に自己紹介してくれた。
うちの後輩とは違って礼儀正しいなぁ……まぁ後輩を一人しか知らないが。
速水の自己紹介を思い出しながら、井上に感心した。
それから俺達も自己紹介をした。
「神代和奏です。こんな髪の色ですが、日本生まれ日本育ちです」
「……天ヶ瀬修司だ」
名前を言うのに少し抵抗があったが、隠しても意味がないと思って教えた。
すると、井上は思い掛けない名前に驚いていた。
「天ヶ瀬修司って……あの」
「そうだな。どんな噂があったか覚えてないが、ロクでもない奴って言われてる名前だ」
覚えてないのは嘘で、思い出したくないってほうが正しいけど。
「あ……その、すみません」
俺の言葉を聞いて、井上は自分が失礼な反応をしたと思ったのか謝った。
井上の謝罪は俺にとっては珍しいものだった。
いつもなら軽蔑した目で見られたり恐怖を抱いたりで、噂を信じている反応ばかりだった。
そのため、俺はかなり驚いた。
「いや、俺も嫌味を言ってすまなかった。特に気にしないで、話しを進めてくれ」
俺がそう言っても少し気にしている様子ではあったが、井上は話を進めてくれた。
「えっと……席については芹沢の話の通りで、慣れていれば普通に話せるんですけど、長時間近くに男の人がいると具合が悪くなってしまうんです。自分も机一つ分くらいの感覚を空ける必要があって、この座り方にさせてもらいました」
芹沢と井上の話から、芹沢は男性恐怖症ということなのだろう。
俺に対する芹沢の反応と事情について理解できた。
「そういうことなら、話したいことを和奏に向けて話してくれ。ひとまず、俺は黙って聞いておく」
俺がそう言うと、和奏は頷いて了承してくれた。
「ありがとうございます」
井上がお礼を言うと、芹沢も頭を下げて感謝を示した。
それから和奏に向けて話すように、芹沢が話し始めた。
「えっと、話したいことは沙希ちゃんについてで。ここ最近、見てて危なくて」
「危ないって言うのはどういうこと?」
「なんか何でも自分でやろうとしてるって言うか……困ってる人がいたら、すぐに助けようとするのは変わってないんですけど。前に街でガラの悪そうな人達が騒いでいたところを注意して、喧嘩になりそうになってて……」
芹沢の話を聞いて、和奏が何か言いたげに俺を見てきた。
そんなやっぱり似た者兄妹じゃないかみたいな目で見られても……。
沙希が困ってる人に手を差し伸べる優しい奴なのは知っている。
そんな沙希の行動は仲が良かった頃に何度も見ていた。
ただその頃の沙希は、自ら危ないことに関わるようなことはしていなかった記憶だ。
俺と違って急に巻き込まれたりするわけではないのだから、注意するにしても大人に頼ることや警察に電話したり、そういった行動を取っていたはずだ。
しかし、どうやら今の沙希は俺が知っていた頃とは違うようだ。
「危ないから止めるように言っても、いつもの調子で大丈夫だからと……私、どうすればいいかわからなくて」
「それで修司に話そうと思ったってことね」
和奏の言葉に芹沢は頷いていた。
「修司から妹さんに話してあげられないの?」
話を聞いた和奏が心配そうに聞いてきた。
「そう言われても……しばらく会話なんかしてないし、話したところで暴言を吐かれて終わりだと思うぞ」
顔を上げて話すと、芹沢が怯えるかもしれないと思ったので、俺は自分のコーヒーを見ながら答えた。
「お兄さんとの仲が悪いのは……二人の喧嘩を聞いたことがあるので知ってます。それでも……お兄さんから沙希ちゃんに話してもらえませんか」
「いや、知ってるなら難しいことも……ん?」
なぜか芹沢の言葉に妙な違和感を感じた。
喧嘩を聞いたことがある……何処でだ?
確かに沙希と喧嘩することはあったが、そのほとんどが家で起きたことだ。
外で喧嘩することなど滅多になかった。
しかも、中学の出来事以降に会話した回数は両手で足りるくらいだ。
「えっと……和奏、すまん。ちょっと」
「なに?」
俺は和奏を小声で話せる距離に呼んだ。
芹沢に聞きたいことを和奏に伝え、先程の距離感に戻った。
「えっと、芹沢さん? その聞いたことがある喧嘩って、いつだったか覚えてる?」
「えっと、確か……今年の春休みだったと思います」
あっ、なるほど……それなら事前に言っておいて欲しかった。
不可抗力なのにも関わらず、沙希がどうしてあんなに激怒してたのか、少し理解できた。