第百二十二話 お隣さんと眼鏡選び
その後、周辺を案内しながら歩いていれば、目的地に着いた。
「結構歩いたから中を見て回る前に、一旦喫茶店で休憩するか?」
「私は疲れてないから大丈夫だけど、傷の具合が気になるなら……痛っ!」
爺さんのところでしたやり取りを繰り返しそうになったので、俺は和奏の額にデコピンを食らわせた。
和奏は、痛そうに自分の額を擦っている。
「うー……痛い」
「心配してくれるのはありがたいが、約束通り辛かったら言うから」
「だからって、デコピンしなくてもいいじゃない」
「こうでもしないと、また繰り返しそうだからな」
和奏は不満そうな顔をするが、気にせず本題に戻す。
「休憩とウィンドウショッピングなら、ウィンドウショッピングのほうがいいか?」
「気分的にそうかな」
「それなら軽く見て回るか」
そのまま俺達はゆっくり歩きながら店を見て回る。
今いる場所がファッション関係の店が多い階で、和奏は楽しそうに見ていた。
ふと和奏がサングラスをかけたマネキンを見て立ち止まる。
「もしかしてここって、修司の知り合いと出会う可能性があるんじゃない?」
「特に気にしなくていいぞ。もし鉢合わせしても、腫れものを扱うような目で見られるだけだ。絡んできたりする奴なんか滅多にいない」
実際、卒業するまではそんな感じの扱いだった。
時々逆恨みで絡んでくる奴がいたが、それは主に外だったため、施設内で物騒なことはなかった記憶だ。
それに美少女を横に連れてるのだから、今更気にしたところで遅い。
「うーん、決めた」
和奏は少し考えた後、何か思いついたようだった。
すると、すぐに何処かへ向かって歩き始めた。
「あ、おい! どこに行くんだ!?」
「いいから付いて来て!」
そう言われ、俺は訳が分からないまま黙って和奏に付いて行った。
和奏が向かった先は眼鏡屋だった。
「えっーと。あっ、修司これちょっと掛けて見て」
和奏は中に入ると、太め縁で色が少し明るめの茶色の眼鏡を手に取って、俺に渡してきた。
「いや、俺の視力は悪くないぞ?」
「知ってる。でも、これは視力補強のためじゃないから」
和奏にそう言われるが、良く分かっていない俺は言われた通り眼鏡を掛ける。
「うーん、ちょっとこの色じゃないかなー。じゃあ、次はこれ」
次に渡された眼鏡は、同じ型の濃い紺色のものだった。
「これいい感じ」
「いや、結局これは何を見てるんだ?」
「修司の伊達眼鏡を見てるの」
「伊達眼鏡?」
俺はどうして伊達眼鏡なんて必要なのか疑問に思うと、そのまま表情に現れていたのか和奏が理由を教えてくれる。
「私が隣に居ると目立つから、知り合いに見つかる可能性が更に上がるでしょ? だから少しだけでも気付けないようにするの」
「いや、俺は平気だって……」
「私が嫌なの。修司が嫌な思いをするの」
和奏は俺のためを思って、伊達眼鏡を選んでくれていた。
もう腫れものを扱いに慣れてしまっていたが、正直気分のいいものではない。
俺なんかよりも和奏のほうが何倍も優しいよな……。
伊達眼鏡を真剣に選んでいる和奏を見ながら、そんなこと思った。
ただ、その様子は心配がすぎるような気したので、俺は近くにあった女性用の眼鏡を手に取る。
「和奏。これなんか似合いそうじゃないか?」
「どんな……って、女性用じゃない!」
「そうだな。だから、掛けてみろよ」
「いや、私のじゃなくて修司のを」
「とりあえず掛けてみろって」
「えっ! わっ、わかったから」
そのまま勢いで和奏に眼鏡を掛けさせる。
俺が渡した眼鏡は、かなり細め縁でレンズが大きめの丸いもの、色は黒と銀のシンプルなデザインのものだ。
「えっと、どう?」
「おお、シンプルだったけどやっぱ似合うな」
「あっ、ありがとう……じゃなくて! なんで私が眼鏡掛けてるの!」
「まぁ落ち着け。せっかくなんだから、こういうのも楽しんでいこうぜ」
俺がこんなことを言ったのも、母さんに言われたことを意識してるからというのも少しある。
だけど一番の理由は、俺が入院していたこともあって外で遊ぶのは久しぶりなため、和奏には楽しんでほしい気持ちがあったからだ。
「あっ、そっか」
俺の意図を理解したのか、和奏は下を向いて軽く深呼吸すると、普段通りの表情に戻っていた。
その表情を見て俺が安心していると、和奏が鏡を見ながら聞いてくる。
「この眼鏡って、少し真面目過ぎる印象になってない?」
「そう言われると確かにそうだな。じゃあ、こっちなんかどうだ?」
「あっ、ちょっと待ってよ。今度修司がこれを……っぷ、くくっ……ピンクの」
「おい、掛けるまでもなく似合わないもん渡してくるなよ」
「冗談なんだけど、ちょっと見たくて」
「流石に奇抜な色は勘弁してくれ」
「りょーかい」
それから俺達は互いに似合いそうな眼鏡を試着したりしながら、どの伊達眼鏡にするか色々見て回った。