第十二話 お隣さんからのお礼
その後、幸太から話がないまま、放課後になった。
午後に一度だけ、神代の様子を確認したが、特に変わった様子は見られなかった。
恐らく一緒に食べることを断ったのだと思った。
俺からしても、その方が助かるため好都合だった。
普段通り早々と帰る準備をしていると、携帯が震えた。
携帯を確認すると、通知画面に幸太からRINEのメッセージが来ていた。
『神代さん、おっけーらしい!』
急いで周りを見渡して神代を探したが、すでに生徒会室に向かったようで教室にはいなかった。
どうやら俺にとって、良くない方向に話が進んでしまったようだ。
この結果にがっかりすると同時に、神代がわざわざ許可したことが全くわからなかった。
正体をばらす危険性のある人物を、自分の監視下に置いておきたいとかなのか。
しばらく携帯と向き合いながら考えていた。
だが、結局理由はどうであれ、明日が憂鬱になったことには変わらない。
俺は考えるのをやめて、気落ちしたまま帰宅することになった。
次の日、俺は朝早く起きて弁当を作っていた。
昼食に人と食べる約束があるのに、わざわざ購買まで飯を買いに行くのが面倒くさいためである。
もし幸太に突っ込まれたら、弁当は親が作ってくれたとでも言えばいいだろう。
メニューは主食がチキンライス、主菜が昨日作っておいたハンバーグにキノコと玉ねぎのオムレツで、副菜はベーコンとほうれん草のバター炒め。
最後に軽くミニトマトを添えて、弁当の完成だ。
初めて自分で弁当を作ったが、ちゃんと作れてよかった。
今までは、時々母親が作ってくれていたので、自分で作ることはなかった。
朝早く起きることも含めて、作ってくれていた親のありがたみを感じた。
弁当を作り終えると、結構いい時間になっており、俺は急いで支度をして家を出る。
すると、神代も今出たところなのか鉢合わせになった。
「あっ……天ヶ瀬君。おっ…おはよう!」
「……おう。おはよう」
神代は鉢合わせになったことに驚いてなのか、何やら焦っていた。
「すまん、驚かせたか?」
「へっ? あっ、いや、そうじゃなくて、えーと。あぁもうっ、これ!」
「え!?」
神代は俺に向けて、布で包まれているものを差し出してきた。
神代の勢いに押されて、俺は差し出されたもの受け取る。
「これ、もしかして弁当か?」
「そうっ、この前助けてもらっちゃったから、そのお礼! 天ヶ瀬君って、学食か購買で何か買って食べてるみたいだったから!」
これを俺に渡すタイミングが急にやってきたから、それで焦ってしまったと。
意外と律儀な奴だな、もっとこう図々しいやつだと思ってた。
「いやなんていうかすげーありがたいんだが……」
「……えっ何?」
「俺、実は今日の弁当作ってきちまった……」
「えー!?」
そういう反応ですよね、なんかすみません。
俺は申し訳なさ過ぎて、心の中で神代に謝る。
「じゃあ、このお弁当は無駄だったってこと?」
「いや、せっかく作ってくれたから、これも一緒にいただくわ」
弁当を作る大変さを学んだ俺には、流石に作ってくれたのにいらないから返すなんて、そんな鬼みたいなことはできない。
おそらく満腹にはなるだろうけど、完食はできると思う。
神代は、少しほっとした様子で安堵していた。
そこで、ふと疑問に思ったことを俺は聞いた。
「ちなみになんだが、俺に弁当を作ることって、一之瀬には伝えているのか?」
「え? 何も言ってないわよ」
「つまりあれか? 昨日の一緒に食べることを許可したのは、これを渡すためってことか?」
「うっ……。まぁ……そういうこと」
照れくさそうに少し頬が赤くなっている神代を他所に、俺はかなり焦っていた。
昨日の疑問がスッキリしてよかったよかった、ってなるわけない。
このままだと、神代の手作り弁当を食べる奴ということで、絶対に目立つ。
俺としては、何とかしてこの状況を回避したい。
「お前も自分の弁当あるんだよな?」
「何言ってるの? 当たり前でしょ」
「じゃあ、それも寄越せ」
「はぁ? そしたら私のお昼どうするの!?」
「お前の弁当はこれだ」
そう言って、俺は今朝作った自分の弁当を神代に差し出した。
「え? これって天ヶ瀬君の?」
「そうだ。昼食はその弁当を自分の弁当として食べてくれ。俺はお前の作った二つの弁当を、自分のものとして食べる」
「え? どうして?」
こいつ……わざとか?
「……このまま昼食を迎えると、俺がお礼として受け取れなくなるからだ」
神代はその言葉で察したようで、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん……。天ヶ瀬君のこと考えてなかった」
「あー……別に気にしないでくれ。忘れてたんなら仕方ない」
わざとというわけでもなさそうなので、これ以上何か言うと俺の方が申し訳なくなる。
「それにここでお礼の弁当を受け取っちまったからな。昼食の時に、他の奴らにいつ渡したのか疑問を持たせることになる。そういう少しでも俺たちのことがばれるようなことは、神代にとっても好ましくないだろ?」
「うん。そうしてもらいたい」
「じゃあ、そういうことで」
俺達は、お互いに弁当を交換した。
神代にとっては少し量が多いかもしれないが、そこは残すなりしてくれるだろう。
「私の弁当箱って可愛い感じだけど……それは大丈夫なの?」
「そこは、妹が忘れていって勿体無いとでも言うさ」
「そっか」
「何かあっても、適当に理由つけるから安心しろ。それよりも、そろそろ学校に行かないとまずい」
「あっ、やば!」
俺が携帯で時間を確認すると、少し早歩きしないと間に合わないくらいまで時間が迫っていた。
「神代は先に行け。俺は、ホームルームにギリギリ間に合うくらいに行くから」
「わかった。じゃあ、お昼はよろしくね!」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
そう言って、神代は急ぎ足で先に学校へ向かって行った。
俺は神代を見届けると、神代に追いつかない程度の速さで向かい始めた。