第百十八話 美人教師の素顔
「ごほんっ……ところで二人はどうしてここにいるんだ?」
琴吹先生がさっきまで慌てていた様子から、俺達が知っている普段通りの口調で聞いてきた。
「えっと……」
素直に謝りにきたと言ってよかったのだが、俺が何となく恥ずかしくて言葉に詰まってしまう。
すると、爺さんが俺の代わりに答えた。
「帰省のついでらしいぜ」
爺さんはそう答えながら、家に常備してあるらしき缶に入ったクッキーに手を伸ばしていた。
「……そうか」
琴吹先生は俺の事情を知っているせいか、少し曇った様子でそう呟いた。
そんな先生の様子を見て、俺は申し訳ない気持ちになり、居間の空気が少し重くなった気がした。
「っぷ……くくっく」
しかし、そんな空気などお構いなしで、急に爺さんが堪えるように笑い始めた。
俺と和奏が笑いを堪える爺さんを奇妙に思っていると、琴吹先生が爺さんに問いかけた。
「玄蔵叔父さん、急に笑い出したら不気味なんですが……」
「ちょっ! まじでもう限界! あははは!」
それがきっかけだったのか、爺さんは限界に達して笑いを堪えられなくなった。
「ひぃ~朱美ぃ。そのしゃべり方の違和感がすげぇし、しかも仕事中ずっとそれだと思うと……っぷ、わっははは!」
「なっ、そんなことは別に良いでしょう!? 今はそれよりも!」
琴吹先生は一瞬、顔を真っ赤にして恥ずかしそうになりながらも話題を変えて俺と和奏のほうを見た。
「天ヶ瀬が夏休み中に大怪我をして入院したって聞いたが、大丈夫なのか?」
「あーまぁ……一応こうやって退院もしてるんで」
俺は心配をかけないように笑いながら二人に話す。
どうやら先生達には俺達があの事件に巻き込まれていた話はされていないのか、ただ俺が事故に巻き込まれて大怪我をしたってことになっているらしい。
おそらく会長の根回しのおかげだろうな。
俺が話を合わせながら怪我をした時のことを笑って説明していると、横にいる和奏が何か言いたげに俺を睨んでいたが怖かったので触れなかった。
「それならよかった……」
俺の話を聞いた琴吹先生は安堵した様子で小さく呟き、爺さんはクッキーを食べながら訝しそうに俺のほうを見ていた。
そんな爺さんが少しつまんなそうに呟いた。
「んだよ。お前のことだから鈍った体で揉め事にでも首突っ込んで、痛い目でも見たのかと思ったけどな」
「そんなわけないです! ちゃんとそういうことがあったら、警察に連絡すると天ヶ瀬は私に約束しましたから! なぁ天ヶ瀬!?」
正直、俺は爺さんの図星を突かれて内心焦っていたが、琴吹先生の様子を見てすぐさま取り繕った。
「えっ……と、まぁただの事故なんで、あはは~」
内心焦りすぎて変な汗が出てきてる感じがする。
そんな約束をしているのに結構無茶しているって和奏にバレたため、怖くて和奏のほうを見れない。
気のせいかもしれないが、横からの視線が何かトゲトゲしいものような気がした。
「んだよ、つまんねぇな~」
爺さんは俺と先生の約束を聞くと、退屈そうにしてお茶を飲む。
「玄蔵叔父さん! つまるつまんないとか、そういう話では!」
「あーはいはい、そうだなー。あー昔の朱美はおじちゃん、おじちゃんって素直で可愛かったのになぁ~」
「いつの話をしてるんですか!?」
「ほら嬢ちゃん見て見ろ、これが結婚できない三十路すぎた女だ。さっさとお見合いでも合コンでも行って、いい相手見つければいいのになぁ~?」
「そういうのは本当にしたい人がするべきで! 想い人がいる私は不義理な気がして失礼な感じがするんです!」
「え! 先生って想いを寄せている人がいるんでしょうか!?」
「そうだ! んっ!? って何言わさせてるんですか玄蔵叔父さん!!」
「お前が勝手にベラベラ話してんだろ~。あ~あ、知らね」
「っ~!!」
先生は言葉に出ない苛立ちをぶつけるようにテーブルを叩いた。
その様子に驚く俺と、ニヤニヤしながら笑う爺さん、そして今の先生の言葉を聞いて興味津々な和奏と、三者三様の反応していた。
やっぱり女子は色恋の話に興味をそそられるのか、和奏はお構いなしで琴吹先生に質問する。
「ちなみに先生の想い人はどんな人なんですか!?」
「えっ!? それはその……」
いつもしっかりして厳しい琴吹先生が、頬を少し赤く染めて戸惑っていた。
そんな琴吹先生を見るのは初めてで、俺も興味のほうが大きくなり、和奏を止めずに聞いていた。
「やっぱり男らしくってかっこいい人ですか? それとも包み込んでくれるような優しい雰囲気の人なんですか!?」
「うっ、え~っとだな……」
先生は恥ずかしそうに視線がキョロキョロと動くが、一瞬爺さんと目が合って助けを求めるような表情になった。
爺さんは変わらずニヤニヤしており、なんなら和奏を後押しするようなことを口にし始めた。
「おーせっかくなんだから、授業の一環として聞かせてやればいいじゃねぇか」
その言葉に、先程まで恥ずかしそうだった琴吹先生の表情が怒りに変わっていくのが、傍から見ていてもわかった。
「なんで煽ってるのよ!」
「お~お~、余りの怒りに言葉遣いが戻っちまってるぜ~? いいのかねぇ~教え子の前でそんな姿見せて」
「玄蔵叔父さんのせいでしょ!?」
それから爺さんは琴吹先生に怒られながらも話を続け、そのまま琴吹先生の想い人の話は流れてしまった。
話が終わる頃には琴吹先生は諦めたのか、口調が学校でのものではなく、おそらく普段の口調で俺達とも話をするようになっていた。