第百十話 夕食の感想と帰省最終日
「二人とも楽しそうじゃの~」
「茶々入れるんじゃないよ?」
「わかっとるよ」
「信用ならないね」
「そう言わんどくれよ。わしもちょっと余計だったなと反省しとるんじゃから」
二人を訪ねようと居間に行くと、奏子さんと貴志さんが何か話をしていたので、入っていいのかどうか少し悩んだ。
「料理ができたのかい?」
急に奏子さんが俺達に声をかけてきて、俺は驚いて体がビクついた後、ゆっくりと居間に顔を出す。
「お話し中にすみません。料理のほうはできました」
「おお! できたんじゃな!」
「はい。それで少し早いかもですけど、夕飯にしてもいいですか?」
時間は十七時をちょっと過ぎたぐらいだったので、念のために確認を取りに来た。
「年寄りにはこのくらいがちょうどいいよ」
「えっと、それじゃあできたものを並べ始めますね」
俺はそう言ってキッチンに戻って、和奏と一緒に料理を並べていく。
二人は普段食べないような料理のせいか、随分と驚いていた。
「こりゃまた凄いの」
「作ったのは二品だけなんですけど、イサキの和風アクアパッツァとラタトゥイユです。アクアパッツァの味付けですけど、二人の好みがわからなかったので和奏さんに手伝ってもらいました」
俺が料理について説明すると、横の和奏が自信ありげにドヤ顔している。
そんな和奏を見て、奏子さんが少し呆れた表情をする。
「なんであんたがドヤ顔してるんだい。味付けを手伝っただけじゃないかい」
「うー、お祖母ちゃん厳しい」
「あ、あの。味付けだけじゃなくて、一応調理のほうも手伝ってもらってるんで」
奏子さんは納得していなさそうな顔をしながらも、仕方ないと言った様子で表情を戻して料理に目をやる。
「それじゃ食べていいのかい?」
「はっ、はい! どうぞ」
ちゃんと自分の料理を食べてもらうことなんか、家族以外だと和奏だけなので少し緊張する。
手を合わせていただきますと言った後、二人は食べ始める。
俺と和奏は二人の反応が気になってしまい、食べずに様子を見ていた。
すると、貴志さんが驚いた。
「これは……」
「ど、どうでしょうか?」
貴志さんは箸を置いて、真剣な様子で俺のほうを見る。
「修司君……」
「は、はい」
これもしかして……口に合わなかったか? やっぱり作り慣れなくても、食べ慣れてる和食にするべきだったか。
俺は恐る恐る言葉を待っていると、予想外の言葉が貴志さんの口から出てきた。
「これから毎日家で飯作らないか!?」
「え……?」
「金は払う! いくら出せば作りに来てくれる!?」
「ちょっ、いやあの!?」
俺は貴志さんの勢いに戸惑ってしまって和奏に助けを求めるように見るが、和奏も貴志さんの反応に驚いて戸惑っていた。
「あでぇ!」
この状況をどうしたらいいかわからず困っていると、唐突に奏子さんが貴志さんの頭を叩いた。
それから奏子さんは見たこともない冷たい表情で貴志さんに言う。
「反省は?」
「……はい」
奏子さんはわざと咳をして場の空気を元に戻した後、すぐに俺達のほうを見て話しかける。
「和奏が味付けしたのもあって食べやすいのもあるけど、イサキの旨みもしっかり残ってる。あたしが下処理したとはいえ、解凍から丁寧に調理したのがわかるよ」
奏子さんはそう言いながら、もう一口アクアパッツァを口に入れる。
「ん、ご飯にも合うし美味しいよ」
そう言った奏子さんは優しい笑顔をしていた。
「良かったです。喜んでいただけて」
「修司君、もう一つの料理はなんなんじゃ!?」
「あ、それはですね。ラタトゥイユといってフランス料理なんですけど、旬の野菜を使いやすい料理だったので作りました。一般的にパンと合わせる方が多いんですけど、ご飯とも合うので食べてみてください」
「ほうー!」
それから二人は美味しそうに食べ始めてくれた。
俺は謎の緊張感から解放されて、力を抜くと横から肩を叩かれたので、脱力したまま隣の和奏のほうを見た。
すると、和奏は嬉しそうな顔をしており、表情から良かったねと言われているようだった。
その嬉しそうな顔につられて、俺も笑顔になりながら夕飯を食べ始めた。
食べ終えてた後も、奏子さんと料理について話したり、貴志さんがおすすめする映画などを見たりしていれば、いつの間にか時間が過ぎていた。
そのまま和奏の実家では、最後まで楽しい思い出を作って最後の夜を迎えた。
次の日、俺達は午前中のうちに、貴志さんに駅前まで送ってもらっていた。
「送ってくれてありがとう、お祖父ちゃん」
「気にせんでええ。本当は迎えのほうも行くべき、わしのわがままで行かなかったからの」
「あんたがあんなことするって知ってれば、あたしが無理やり迎えに行かせたんだけどね」
「あはは……」
実家に行くときに迎えがなかったのは、貴志さんがドラマみたいな展開をやりたかったからなのか。
奏子さんは呆れた様子でため息をつき、俺と和奏は困ったように笑う。
俺達はもう一度忘れ物がないか確認し終えて、最後に貴志さん達に挨拶をする。
「お世話になりました」
「ほんとに大したことできなくて申し訳ない」
「そんなことないです。この数日間楽しかったですから」
俺がそう言うと、貴志さんは嬉しそうに笑って返してくれた。
「この前みたいに風邪引かないように体に気を付けるんだよ? 困ったことがあったら、すぐに連絡しな」
「うん、気を付ける。お祖母ちゃんも体に気を付けてね」
奏子さんと和奏が話し終えると、電車が来る時間が近くなっていた。
「それじゃあ、そろそろ行くね」
「次来るときもまた二人で来な」
「そうじゃの。修司君の都合が良ければじゃが」
二人がそう言うと、和奏がどうすると言った様子で俺の様子を見る。
じっと見られていられると照れくさいのだが、俺の答えは決まっていた。
「はい。その時はまたお世話になります」
俺は少し照れく笑いながら答えた。
「じゃあ、次来た時は料理であたしの知ってることを教えるよ」
「いいんですか?」
「あたしがやりたいだけだからね。面倒だったら断っとくれ」
「ありがたいです」
「えー!? 私も教えてほしい!」
「はいはい。その時は和奏も一緒にだよ」
奏子さんが少し呆れたように、和奏は嬉しそうに喜ぶ。
それから俺達は二人に背を向けて、駅に向かって歩き始めた。
駅に入っていく二つの背中を見ながら、二人は話し始める。
「懐かしいの」
「何がだい?」
「婆さんが料理を教えるって言ったことじゃよ。普段、料理を教えるの面倒だからって嫌がるくせに」
貴志の言葉に少しムッとした感じで奏子は答える。
「……別に大した理由はないよ」
「嘘つけ、気に入ったんじゃろ? サラサちゃんの時と同じで」
にやけながらそう言った貴志に苛立ったのか、奏子は貴志の肩を無言で睨む。
そんな睨みなど気にせず、貴志は言葉を続ける。
「はてさて……二人はこれからどうなるのか」
「さぁね。ただまぁ、あたしが初めて会った時よりは少しマシな感じにはなってたけど、まだ昔の腐ってた和志と同じような感じだったね」
「おそらく一人で抱え込むタイプじゃからなぁ修司君。和奏を精神的にも色々と救ってもらってるようじゃったから、何かして助けてやりたいと思うんじゃが」
「……そんなに心配はいらなそうだけどね」
奏子は少なくとも今まで修司の何かを諦めていたものが、なくなっていたので、そこまで心配をしていなかった。
「どういうことじゃ?」
奏子が小さく呟いた言葉の意味が分からなかった貴志は不思議そうに聞いた。
「何の根拠もない女の勘だよ。ほらさっさと帰るから、車出しな」
貴志は納得いかなそうにしつつも、言われた通り車を出す。
次来るのは正月かねぇ……何を教えようか。
奏子は帰りの車の中で、次に二人が来た時のことを考えてしまっていた。
……一番楽しみにしてるのはあたしなのかもしれないね。
奏子は子供っぽい自分におかしくなりつつ、呆れたように外の景色を眺めなら帰宅した。