第百七話 踏み出す一歩
「俺の中にある答えか……」
あれから夕飯などを済ませて、貴志さんの言葉を思い出しながら布団の中で考える。
刺された時に自分が和奏をどう思っているのかは気付けた。
じゃあこれからどうすればいいのかという答えについては、勇気を出して一歩踏み出していかなければいけないと思う。
そんなことを考えていると、部屋の扉をノックする音が鳴った。
「今大丈夫?」
部屋の外から聞こえてくる声は和奏のものだった。
「どうぞ?」
俺は起き上がりながら了承すると和奏は扉を開ける。
扉を開けた和奏はぬいぐるみを抱えており、どこか心配しているような感じで部屋の中に入って来た。
「どうしたんだ?」
「あーえっと、その」
和奏はぬいぐるみを抱えたまま俺の横に座ると、少し言い淀みながら聞いてくる。
「大丈夫?」
「え?」
「あっ、いや! 何もなかったらいいんだけど! お墓参りから帰る時に少し様子が変だったから、何かあったのかなー……なんて……」
そういうことか……あれから俺が悩んでいる様子を心配してくれたのか。
どこか慌てた様子の和奏は急に恥ずかしそうになり、ぬいぐるみで顔を隠しながら俺の様子を窺っていた。
そんな和奏を見て心の中で愛おしいと思っている自分がいる。
あーこれが心底惚れてるやつか。
改めて自分の気持ちを理解すると、少しだけ呆れるように笑いが込み上がってきた。
急に笑った俺を見て和奏は不安そうに聞いてくる。
「え!? なんか私変なこと言った!?」
「あーすまん、和奏に対して笑ったわけじゃないんだ。ちょっと自分に呆れてさ」
「そ、そう?」
「あっ、様子を見に来てくれたんだったよな? あれは少し考え事をしていただけでさ。心配してくれて、ありがとな」
「べっ、別にそんな気にしてたわけじゃないけど」
俺は微笑みながらそう言うと、和奏は照れた様子で少し焦りながら言う。
そんな焦ってる和奏を見て、また笑いそうになってしまう。
「そうか。ならよかったよ」
俺は笑いを誤魔化すようにしながら、感謝の気持ちを込めて和奏の頭を撫でていた。
「……え」
「あっ……悪い! 急に男から触られるの嫌だったよな!」
思わず撫でてしまったので、すぐに撫でていた手を引こうとした。
しかし、手を引かせないように和奏が自分の手を重ねてきた。
「べ、別に嫌じゃないから……もう少し……」
和奏はぬいぐるみで顔を隠しているため、表情からはどんな様子かわからない。
ただ少なくとも手を引かせないところ見ると、和奏は撫でられることをご所望のようなことはわかったから、そのまま頭を撫で続ける。
正直、今もこの関係から一歩踏み込むの恐れている自分がいるのは確かだ。
しかし、こうやって安心して俺の隣にいてくれる和奏を見て、今よりももう少し進んだ関係で、これからもこうして隣にいてほしいと望む気持ちが大きくなっていた。
和奏が怖がっていないところを確認して、こんな風に考えるって現金なやつだな俺って。
そんなことを思いながら、一歩踏み出すそうと緊張して早くなる鼓動を何とか落ち着かせる。
それから、俺はゆっくりと撫でていた手を引いて、和奏に話しかける。
「あー……なぁ和奏」
「ん~?」
和奏がぬいぐるみで隠していた顔をあげると、その様子はどこか嬉しそうな様子が残っていた。
あーなんというか、ご満悦の様子だなぁ。
その表情を見て俺の緊張も何処かへいってしまった。
勇気を出して……よし。
それと同時に覚悟を決めた。
「俺達の住んでいるとこの近くで、毎年八月の終わりに夏祭りがあるよな」
「うん。花火も上がるやつだよね?」
「ああ。よかったらだけど、それに二人で行かないか?」
「……え?」
俺の誘いを聞いて、和奏は目を丸くして固まってしまう。
その少しの沈黙で断られるという不安が込み上げ、今の誘いをなかったことにしようと思う言葉が口から出そうになる。
それでもここでぶれてはいけないという気持ちを強く持ち、何とか言葉を飲み込んで和奏の言葉を待つ。
それから、ようやく和奏が口から言葉が出た。
「それって……デート?」
「……そのつもりで問題ない」
不安や緊張、それに恥ずかしさも相まって思わず和奏から視線を逸らしてしまう。
あー! なんで目逸らした俺! もっと上手く答えられないのかよ!
咄嗟に動いてしまったや受け答えに対して、心の中で自分を責める。
そうやって一人問答を繰り返していると和奏が言う。
「ねぇ修司。こっちを見て」
「……お、おう」
俺は言われた通り、ゆっくりと和奏のほうに顔を向ける。
そこには少し照れて顔が赤くなっているが、とても嬉しそうに笑っている和奏がいた。
そして、その笑顔があまりにも可愛らしく俺の心臓の鼓動が跳ね上がる。
「デート楽しみにしてるね」
和奏はそう言って静かに立ち上がり、最後におやすみとだけ伝えて俺の部屋から出て行った。
その様子を静かに見送った後、早々に電気を消して布団を被った。
布団の中で、誘いを受けてくれて安心する気持ちや嬉しい気持ちが溢れ出す。
和奏が部屋を出て行ってしばらくしても、その感情は収まらない。
心臓の鼓動は全く落ち着いてくれず、目を瞑れば先程の和奏の笑顔を思い出す。
ああ、こんなん寝れるわけないな。
その夜、俺は一睡も出来ずに朝を迎えることとなった。