第百六話 墓参り
あれから他の映画を一本見て感想を話していると、二人が帰ってきた。
帰って来てから、すぐに奏子さんが俺に聞いてきた。
「祖父さんから聞いたけど、あんたも墓参りに行くんだってね?」
「行ってもよければですけど、そのつもりでいます」
「いいに決まってるさね。あの二人も喜ぶよ」
奏子さんが少し笑いながらそう言った後、もう少ししたら墓参りに行くということなので、俺も和奏も出掛ける準備をする。
準備ができると、奏子さん達は居間で待っていてくれて一緒に家を出た。
場所は少し遠いらしいので車で行くようだ。
運転は貴志さんで助手席に奏子さん、後部座席に俺と和奏が乗って出発する。
車を走らせながら、貴志さんが俺に聞いてくる。
「ゆっくりできたかの?」
「はい。まぁ映画を見てただけですけど」
俺が少し苦笑いをしながら言うと、貴志さんは笑いながら言う。
「そりゃよかった」
貴志さんはそう言った後、ふと思い出したかのように和奏に聞く。
「そう言えばなんか朝からバタバタしてるようじゃったけど、何していたんじゃ和奏?」
「えっ! あーそれはー」
あっ……せっかく忘れさせたのに。
和奏の様子を見ると、慌てた様子で戸惑っている。
その様子をチラッと見た、奏子さんが言った。
「どうせ寝ぼけて、修司君に用意した部屋で寝てたんじゃないかい?」
「あーなるほどのー」
「おっ、お祖母ちゃん!」
顔を赤くして抗議している和奏に対して、妙に二人は落ち着いている。
年頃の若い二人が一緒に寝ていたことに対して、何とも思ってないのか、この二人。
俺が少し不思議そうにしているのを、貴志さんはルームミラーで見ていた。
「修司君すまんなぁ~。あの部屋は昔、和奏の両親が使っていた部屋なんじゃよ」
「そうそう。息子夫婦が実家に帰って来ていた時に、あの部屋に三人で寝てたからね。時々寝ぼけて、あの部屋に入ることがあるんだよ」
「二人とも恥ずかしいからやめてって!」
二人は懐かしそうに話しているが、和奏は顔を真っ赤にしながら抗議し続けている。
和奏が潜り込んできた理由はわかったが、俺が気にしていることについて話が出てこなかったので二人に聞いた。
「えっと、あの、年頃の若い男女が一緒に寝ていたことについてはいいんですか?」
「なっ!?」
「こりゃまた!」
「っぷ、あははは!」
和奏は恥ずかしさが限界に達したのか、顔がゆでだこ状態のまま俯いて黙ってしまう。
それに比べて前に座っている二人は一瞬驚いた後、急に笑い始めた。
「な、なんですか?」
「いやーなんだい。あたしは朝起こそうと思って部屋を開けて、和奏とあんたが気持ちよさそうに寝てるのを見てるんだよ」
「えっ!」
「なんじゃ。婆さんは知ってたか」
「その時、あんたはちゃーんと布団を掛けて寝ているのに、その上に覆いかぶさっている和奏を見れば、だいたい何があったかわかるって話だよ」
奏子さんが気にしていない理由は話してもらって理解できた。
しかし、貴志さんが何とも思っていないのはどういうことなんだろう。
「たっ、貴志さんの方はなんとも思わないんですか?」
「わしか? そりゃさっきは何事かと思ったが、婆さんの言ったことを聞いて納得できたからの」
横の和奏も俯きながら頷いていた。
貴志さんの気にしていない理由を聞き終わると、奏子さんが和奏に言う。
「あんたはちゃんと修司君に謝ったのかい? 恥ずかしがるのもわかるけど、一番困ったのは修司君だからね」
「ご……ごめんね」
和奏は奏子さんに言われ、未だに真っ赤な顔で俺の方を見ながら謝る。
「きっ、気にしてないから和奏ももう気にしないでくれ。な?」
俺は奏子さんに注意された和奏を慰めるようにそう言った。
「着いたの」
和奏を慰めているうちに、お墓がある寺に着いていた。
俺達は車を降りて、手桶と柄杓などの荷物を取り出す。
掃除道具などは俺と貴志さんが、線香や花は和奏と奏子さんが持って行く。
「わしは手桶に水を入れて行くから、先に行っとってくれ」
貴志さんにそう言われて、俺達三人は先に進むと奏子さんが並んである一つのお墓の前に立ち止まる。
「ここが家のお墓だよ」
俺達は墓前で合掌し、掃除を始める。
俺と和奏は墓石の周りを掃除していき、奏子さんは灯篭や香炉の方を掃除していく。
貴志さんが来てからは水をかけながら、墓石をスポンジで汚れを落としていった。
洗っている時に墓石に刻まれた名前が目に入る。
その中には一つだけカタカナで名前が入っていた。
サラサさん……きっとこの名前が写真で見た和奏の母親のものなんだろうな。
和奏の父親の名前は前に会長から聞いていたのでわかっていたが、今は初めて和奏の母親の名前を知った。
少し名前を眺めた後、俺はすぐに墓石の掃除に戻った。
掃除が終わって打ち水をした後、花立に花を添える。
奏子さんが最後に線香をあげ、皆でしばらく合掌した。
俺は心の中で二人に挨拶をする。
(初めまして、天ヶ瀬修司と言います。和奏さんとはお隣さんで仲良くさせてもらっています。自分は和奏さんに返しきれない恩があります。自分にできることは少ないかもしれないですけど、和奏さんのためにできることは全部やって行くつもりです)
俺が挨拶を終えて目を開けると、すでに奏子さんと貴志さんは合掌を終えていて、後ろから俺達の様子を眺めていた。
俺は二人を視線の先を追って横の和奏を見ると、まだ合掌していた。
俺達がしばらく待つと和奏は目を開け、振り返って俺達に言う。
「お待たせ」
そう言った和奏の表情は少し寂しそうではあるものの、明るいものだった。
奏子さんはその様子を見て、どこか安心したように言う。
「それじゃあ、帰るかね」
「うん!」
「今回はいつもよりも長かったね」
「話すことがいっぱいあったから」
そう話しながら、奏子さんと和奏は並んで先に歩いて行く。
二人の後ろ姿を眺めながら俺は歩き始めようとしたが、立ち止まったままの貴志さんが俺に話しかけた。
「修司君。ちょっとだけいいか?」
「どうしたんですか?」
貴志さんは優しそうに和奏のほうを見ながら話す。
「去年までのあの子は墓参りをする度に寂しそうでの……それが今年は明るくなっとった。きっと修司君や仲の良い友達が出来て、学校が楽しくなっているんじゃろう」
「それは……自分も本人から聞きました。今までと違って、学校が楽しいと」
「そうじゃったか……あの和奏がの」
少し沈黙を挟んで、貴志さんは振り返った。
「修司君、和奏と一緒に来てくれてありがとう。婆さんの提案を断り切れなかったと云うこともあるのかもしれんが、修司君のことだから色々あった手前、話さないといけないとでも思って一緒に来てくれたんじゃろ?」
「それは……」
俺は貴志さんに図星を突かれて、答えに戸惑ってしまう。
俺の様子を見て察したかのように、貴志さんは笑いながら話す。
「いいんじゃ、いいんじゃ。普通じゃったら、付き合ってもいない異性の実家に来るなんて断られてもおかしくないのに、来てくれただけで嬉しいからの」
そう言った後、少し間を空けて貴志さんは話を続ける。
「修司君が少しでも和奏のこと想ってくれているのであれば……なんて思うが、二人ともまだ若いんじゃ。これから二人にいつどんな出会いがあるかわからんからの。わしから何か言うのは野暮ってもんじゃ」
そう言った後、貴志さんは真面目な顔になった。
「ただ、わしがこうやって頼むのはこれっきりにする。この先、二人の関係に何があるかわからんが、どんな関係だったとしても和奏のことをよろしく頼む」
貴志さんの言葉を聞いて、自分の気持ちを確認しようとすると同時に、自分の体質についての悪い方向の考えが頭を覆っていく。
その中で奏子さんが電話をしてきた日の朝に、考えていたことを思い出した。
ああ……和奏の気持ちを考えているつもりでいたけど……結局俺はこの体質のことで、和奏を幸せにする自信がないだけなんだな。
気付いてしまえば結局自分のことばかりで、俺は自己嫌悪に陥る。
「俺は……」
そんな俺が何か言いかけようとするが、貴志さんは優しくそれを遮った。
「答えは修司君の中にあればいい。勝手にわしが頼んどるだけじゃからの、ほれ帰ろうか」
そう言って貴志さんは歩き始めた。
俺は貴志さんの背中に向かって思い切って聞く。
「貴志さん!」
「ん?」
「貴志さんは奏子さんを幸せにする自信があったんですか?」
貴志さんは少し悩んだ後に答えてくれる。
「自信って言うのとは違うかもしれんが、自分が婆さんを幸せにしたいって気持ちだけは持っとったなぁ~。まぁ昔のことじゃから、他にも色々思ったかもしれんがの」
「ありがとうございます」
せっかく貴志さんに答えてもらったが、俺にはしっくりこなかった。
貴志さんは、俺が立ち止まって考え込んでいることに気付いて俺を呼んだ。
「ほれ、帰るぞ」
「あっ! す、すみません!」
俺は急いで隣に並んで歩き始める。
隣に並ぶと、貴志さんはどこか楽しそうな様子だった。
「色々と悩んで出した答えは、時として人を成長させるじゃったか」
貴志さんは何かのドラマか漫画のセリフを呟いた。
「それは?」
「大したことじゃない。年寄りの戯言じゃよ」
その後は言葉を交わさすことはなく駐車場へ歩いた。
駐車場に着くと、奏子さんに遅いと少し小言を言われながら車に乗って、貴志さんが車を走らせた。