第百五話 映画鑑賞
「とりあえず飯でも食べるか」
「う、うん」
奏子さんが用意してくれた昼食は炊き込みご飯に冷しゃぶサラダ、きゅうりの浅漬けに昨日のすまし汁。
俺達は居間の方に昼食を並べ、手を合わせてから食べ始めた。
……気まずい。
食事自体はマンションで一緒に食べていた時と何ら変わらないのだが、やはりあのアクシデントのせいで気まずい空気が流れているように感じた。
俺が何か話題を振っても、ぎこちなく会話が続く。
そしてそのまま食事が済んでしまった。
食器を片付けた後、特に何もやることがなかった俺達はお茶を飲みながら黙ってテレビを見続けている。
一瞬夏休みの宿題が頭を過ぎるが、入院中に和奏から教えてもらいながら全て終わらせてしまった。
俺はテレビを見ながら、この空気を変えるにはどうしたらいいか考える。
このままじゃなあ……一番手っ取り早いのは忘れてもらうことか。
何か気分転換になるものを考えていると、昨日車で貴志さんと話したことを思い出した。
「なぁ、なんか映画でも見ないか?」
「えっ? 別にいいけど……」
リモコンでテレビの画面をアメゾンプライムビデオに切り替える。
「何か見たい映画とかあるか?」
「特には……」
「そうかぁ」
切り替えて色々な映画を眺めていると、丁度俺が見逃したホラー映画を見つけた。
「これ見てもいいか?」
「……うん」
和奏に了承を得たので、そのホラー映画を流し始めた。
その映画は不気味なピエロが子供たちの前に現れて襲ってくるというもの。
映画の評判も良く、話自体も面白そうなものだったので丁度良かった。
しばらく映画の話が進んでチラッと和奏の方を見ると、映画に集中しているようで俺に気付いていなかった。
よかった……気分転換にはなってそうだな。
俺は少し安心しながらお茶を飲もうとするが、湯呑の中は空になっていた。
和奏の湯呑も空だったので、邪魔しないように静かに二つの湯呑を持ってお茶を入れに行く。
お茶を入れて居間に戻ってくると、何故か和奏の場所が変わっていた。
先程までテーブルを挟んだ向かい側に座っていたのに、俺が座っていた隣に移動していた。
俺は少し気になったが、和奏はそのまま集中して見ているようだったので、元々座っていた場所に座ってお互いの前に湯呑を置く。
「あ……ありがと」
「お、おう?」
和奏は視線をテレビに向けたままお礼を言うと、その声はどことなく震えているように聞こえた。
少し気になったが、和奏は映画に集中しているので、何も言わずに映画へ視線を戻す。
「うおっ……!」
「ひっ……!」
視線を戻した瞬間、いきなりピエロが出てくるところで、驚いて体が反射的にびっくと震えてしまう。
それと同時に腕が締め付けられる感覚があり、それにも驚いてしまった。
俺は恐る恐る締め付けられてる感覚のある腕を見ると、和奏がギュッと握っていた。
こいつもしかしてホラー苦手か?
怖いシーンが終わり、日常の話になってから俺は和奏に聞く。
「和奏……もしかしてホラー苦手だったか?」
「苦手だけど……怖いもの見たさでよく見ちゃう……あっ! 腕ごめんね!」
「いや、気にしなくていい」
和奏は自分が俺の腕を握っているのに気づくと、申し訳なさそうにすぐさま放す。
その和奏の様子を見ながら、遊園地のお化け屋敷前のことを思い出した。
「あー……じゃあ、遊園地にお化け屋敷平気そうだったのは」
「……うん。楽しみな気持ちもあったけど、ちょっと怖そうだなって思う気持ちもあった」
それは知らなかったな。
一応楽しんでいるのだから本人としてはいいのだろうけど、許容範囲を超えた怖さだと恐らくダメなんだろう。
俺は念のため和奏に聞く。
「見てる映画変えるか?」
「ううん、変えなくていい。怖いけど話が面白くて先が気になるから。あっ、でも……袖でいいから握っていい?」
「まぁそれくらいなら」
和奏がそう言って軽く俺の袖を握ると、そのまま映画鑑賞を続ける。
それから何度か怖いシーンの度に、俺の袖は少し引っ張られる感じがしていた。
そんな調子で見続けていれば、ついに映画もクライマックスになる。
緊張と恐怖の連続で和奏が掴んでいる力が段々と強くなり、いつの間にか掴んでいるところが袖から腕に代わっていた。
「ひっ!」
これちょっと痛いんだが、我慢したほうがいいよなぁ。
そんなことを思いながら映画を見ていると、急にピエロが出てくるシーンが来る。
その瞬間、俺の腕に跡が残るんじゃないかと思うような力で握られた。
これには流石に痛みが強く、俺は言わざるを得なくなる。
「和奏、流石にちょっと痛いんだが」
「だっ、だってぇ~」
和奏は少し涙目になりながら俺を見てくる。
そんな目で見られたら、放してくれとは言い辛い。
「……力加減だけ気を付けてくれ」
「う、うん」
和奏は俺が了承したことに少し安心する顔をして、また映画に集中する。
その後はクライマックスを過ぎて、すぐにエンドロールが流れた。
話の内容としてはかなり面白くて、主人公達が恐怖を乗り越えていく姿に感動を覚えた。
俺は余韻に浸りながらエンドロールを見終わると、和奏に話しかける。
「結構面白かったと思うんだけど、和奏はどうだ?」
「かなり怖かったけど、凄く面白かった。最後の方とか結構感動できたし」
「それは俺も思ったな」
「ね!」
俺達はそのまま映画の感想を話そうと、お互いの顔を見合わせる。そこで腕を掴まれていることを忘れていたため、至近距離で目が合ってしまう。
「あっ」
和奏は顔を少し赤くして素早く俺の腕を放し、俺は赤くなった顔を誤魔化すようにお茶を飲む。
お互い少し落ち着ついてから、また映画の話に戻った。
「……この作品、続きのやつも面白そうだな」
「えっ? これ続きなんかあるの?」
「ああ、確か今公開されてる」
「あれで終わりじゃないんだ……」
「次は主人公達が大人になってからの話らしいぞ」
「じゃあ、登場人物はあんまり変わらないんだ。次も主人公達が頑張って乗り越える話なのかなぁ」
「最後の立ち向かう姿とかよかったよな」
「そうそう!」
俺達はそのまま映画の感想を話し合う。
よかった……朝のことはもう気にしてなさそうだな。
話している和奏を見ながら、俺はそんなことを思って少しほっとした。