第百三話 月明りの下で雑談
眠れないな……。
入浴も済ませ、部屋で布団を敷いて横になるが、全く眠気が来ない。
特に枕が変わって眠れないというわけではないが、しばらく暗闇の中で目を瞑っていても何故か目が冴えていた。
ふと携帯で時間を確認すると、すでに寝ようと横になってから一時間半が経ち、午前零時になっていた。
俺は起き上がって、頭を掻きながらどうしたものかと悩む。
……少し外の風でも浴びてくるか。
このまま悩んでいても仕方ないと思い、静かに階段を降りて行く。
一階に着くと、どこからか綺麗な音が鳴る。
俺は気になって音の鳴る方に歩くと、夕食を食べていた居間の前に着いた。
居間の扉は閉まっていて、外からは時折綺麗な音が聞こえてくる。
俺は静かに居間の扉を開けると、風鈴の綺麗な音と共に縁側で座って空を見ている和奏がいた。
その姿はまるでおとぎ話に出てくるお姫様のようなだった。
しばらく呆然と見ていると、和奏が俺に気付いた。
「いるなら声かけてよ」
「わ、悪い。何となく声かけづらかった」
「ぷっ、なにそれ」
和奏は俺の呆けている顏に少し笑う。
そのまま隣に座るか聞いてくるように、首を傾げながら自分の横を軽く叩いた。
俺はその誘いを受けて、和奏の隣に座った。
「この風鈴、夕飯時になかったよな」
「夏の夜にだけ、お祖母ちゃんが出すの。あっ! 湯呑持ってくるね」
縁側にいた和奏が幻想的過ぎて気付かなかったが、和奏の側には急須と湯呑がお盆と一緒になって置いてあった。
和奏は湯呑を持って戻ってくると、すぐにお茶を入れて俺に渡してくる。
「ちょっと渋いかもしれないけど、はい」
「ありがとう」
俺はお茶が入っている温かい湯呑を受け取りながら聞く。
「夏だけど温かい方なんだな」
「夏でも風が少し冷たい時があるからね。あ、冷たい方がよかった?」
「今はこれで丁度いい」
眠れない状態で冷たいものを飲めば、更に目が冴えてしまうので、今は温かいお茶で丁度良かった。
俺がそのままお茶を飲むと、和奏も同じようにお茶を飲んだ。
お互いに一息ついて、最初に口を開いたのは和奏のほうだった。
「修司は眠れないの?」
「寝ようとは思ってるんだけどな」
俺はそう言いながら苦笑すると、和奏は月を見ながら聞いてくる。
「やっぱりいつもと環境が違うから?」
「そういうわけじゃないな。子供みたいな理由になると思うが、多分楽しかったからじゃないかってな」
和奏はいまいちわかっていない様子で首を傾げた。
俺はその様子を見て、何かいい例えがないか考える。
「うーん、あれだ。日が暮れるまで遊んだけど、その遊んだ興奮が夜まで続いてるような感じなのかもしれない」
和奏は俺の例えを聞いて少し考える。
「んーお祖母ちゃん達がじゃれ合ってただけだと思うんだけど」
「確かにそうかもしれないけど、仲が良さそうで見てて楽しかったぞ。それにこういうところに来るのも初めてだしな」
和奏は俺の言葉を聞いて、少し驚いている様子だ。
俺は首を傾げながら何か変なことを言ったかと考えていると、和奏はゆっくり言う。
「……意外。二人を見て、ちょっと呆れてるかなって思ってたから」
「お互いに少しは抑えてもいいとは思ったけど、あれは二人のコミュニケーションの取り方なんだなって思ったからな。取り方の種類は違えど、俺の両親も似たようなもんだしな」
「沙奈さんと司さんが?」
「ああ、しょっちゅう二人で何処かに出掛けてるぞ」
和奏は意外そうに驚きながらお茶を飲むと、何かを思い出したように聞いてきた。
「沙奈さんと司さんの話で思い出したんだけど、なんで修司って沙奈さんと司さんと話すとき、少し口調が変わるの?」
訳ありではあるが、すでに過去の話は和奏にしているため俺は特に気にせず答えた。
「昔の名残というか、配慮って言えばいいか。和奏に話した過去の出来事までは、ずっとあの話し方だった。だけど、人と関わらないようにするために口調を少しきつくするようにした。母さん達と話すときは違和感を感じるだろうから、出来るだけ昔と同じようにしてるってだけの話だ」
そう考えると口調を変えてから、もう二年くらいか。
そんなことを思いながらお茶を飲むと、和奏が恐る恐る聞いてきた。
「てことは……沙奈さん達と話すときの口調が本当の口調ってこと?」
「別にどっちが本当とか、そういうのはないぞ。ただ時と場合で使い分けてるって思ってもらえたらいい」
「そうなの?」
「ああ。それにもし母さん達と話す口調が本当だからって、急に変えられても反応に困るだろ」
俺はそう言いながら、湯呑を片手で持ちながら月を見る。
「……あっちの方がいいんだけどなぁ……」
「ん? どうかしたか?」
「へっ? あっいやっ、何でもないから、あはは! あっ、それじゃ私そろそろ寝るね!」
「えっ? あっ、おやすみ」
「おやすみ!」
和奏は少し俯いていたので気になったのだが、慌てながら自分の部屋に戻って行った。
和奏が何でもないと主張している時、月明りに照らされて見えた和奏の顔が少し赤く見えたのは気のせいなのだろうか。
月を見ながら和奏の様子について考えるが、答えは出なかった。
それからお茶を飲み終えて急須と湯呑を洗った後、俺も自分の部屋に戻って眠りについた。