第百二話 白熱する夕飯と眺める二人
俺は最初に綺麗に盛り付けられたちらし寿司を食べた。
奏子さんは日本酒を飲みながら聞いてくる。
「味はどうだい?」
「とても美味しいです。それにこの盛り付けがとても綺麗で驚きました」
「そりゃよかったよ」
奏子さんはマグロの刺身を食べながら、日本酒を呷る。
そこで、和奏が補足するように話し始めた。
「お祖母ちゃんって、元々家が旅館で小さい頃から曾お祖父ちゃんに教えてもらったから料理が上手なの。ね、お祖母ちゃん」
「別に大したことじゃないよ。しっかり教えてもらったわけじゃないしね」
奏子さんは刺身を食べながら、なんでもないような様子だった。
だから、本当に旅館に出るような料理が並んでいるのか。
俺は和奏の話を聞いて、納得しながら他の料理に目をやる。
主菜は鯛の塩焼きに、天ぷらの盛り合わせや刺身の盛り合わせ、副菜にだし巻き卵やオクラの胡麻和え、汁物は大きめの大根などが入った根菜のすまし汁。
ただ旅館と違うとすれば、主菜は大皿に盛りつけられていて、皆で食べるようになっていた。
俺が大皿を見ながら少し疑問に思っていると、奏子さんが俺の疑問を察したのか答えくれた。
「あぁ、こっちの方が皆で食べてる感じがするからだよ」
奏子さんはそっぽを向きながら言う。
どうやら普段もこうやって食事をしているようで、そこには奏子さんなりの家族との食事を大事に思っているように感じた。
俺は奏子さんの話の中で、ふと気になったことを聞く。
「旅館を継ぎたいと思わなかったんですか?」
「あっ……修司」
和奏が残念そうな顔をしながら俺を見る。
何か聞いてはいけなかったのだろうかと、疑問に思いながら和奏のほうを見ると、正面の方から堪えている笑いが聞こえてきた。
「くっくっく……よくぞ聞いてくれたわい!」
俺は訳が分からず貴志さんを見ていると、貴志さんは嬉しそうにお猪口に入っていた日本酒を一気飲みをして、テーブルの上に勢いよく置いた。
隣の奏子さんは困り果てた様子で片手を頭に添えていて、和奏は苦笑していた。
「祖母さんはなぁ~、わしと一緒になるために旅館を継がないでくれたんじゃ!」
「そうなんですか?」
俺が奏子さんに尋ねると、奏子さんはため息をつきながら答えてくれた。
「はぁ、別にそういうわけじゃないよ。元々継ぐ気はなかったし、あたしよりも継ぎたそうな弟がいたからね」
「じゃあ、少しでも継ぎたいとは思わなかったんですか?」
「んーそう聞かれると、少しはやってみたい気持ちはあったかもしれないね。でも、あたしは弟ほどしっかり継ぎたいって気持ちはなかったさ」
そう言いながら、奏子さんは日本酒を一口飲んだ。
その時、隣に座っている貴志さんがニヤニヤしながら言う。
「祖母さんは恥ずかしがり屋じゃの~」
奏子さんは睨みながら貴志さんを見るが、そんなことは気にしない様子で貴志さんはボソッと言い放った。
「……お側にいさせてください」
「あ……あ……あんた!」
奏子さんは顔を真っ赤にしながら、貴志さんを怒り始める。
貴志さんはお酒で酔っているせいなのか、全然気にしていない様子だった。
「それは二度と言わない約束だって言ったじゃないかい!」
「ふぇっふぇっふぇ~。あの時の祖母さんは、私の大事な思い出だからのう~」
「それで言ったらあんただってねぇ! なーにが、これからの景色を君と一緒に見ていきたいだよ!」
「ちょっ! 祖母さん、それは出しちゃあかんじゃろ!」
「何さ! 先に出したのはあんたなんだからね!」
これはあれだな、蚊帳の外って言葉が今の俺に一番合うやつだ。
それにこのやり取りも、しばらくかかりそうだな。
俺はこのままでは話がわからないため、二人のやり取りを苦笑したまま見ている和奏に聞く。
「すまん、和奏。解説をくれ」
「あ、えーっとね。まず最初に修司が聞いたことが、昔私がお祖母ちゃんに聞いたことなのね。で、多分だけどお祖母ちゃんがお祖父ちゃんと一緒になりたいから、旅館を継がなかったって言うのも本当の話だと思う。ここまでいい?」
「おう」
「お祖母ちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、さっきみたいな昔の馴れ初め話をしたくない。でも、お祖父ちゃんは昔の思い出を話すのとか大好きだから、スイッチが入ると昔のことを話しちゃう」
「あー」
「その時のお祖母ちゃんの対抗策として、お祖父ちゃんは昔からあんな感じだから、キザなセリフとかでお祖母ちゃんを口説いてた黒歴史を暴露し始めるって言うやり取りになっています」
「……解説ありがとう」
和奏は解説の最後のほうを申し訳なさそうに、二人のやり取りを寸劇のように落とした。
それから俺と和奏は二人の寸劇を余興のように見ながら楽しんだ。
二人の言い合いが終わったというよりも、無理やり終わらせるために和奏と一緒に仲裁に入ったのは、昔の話が初夜の話に発展する直前だった。
流石に初夜の話は俺達も聞いてて、気まずくなるために打ち切らざるを得えなかった。
ヒートアップしていて仲が悪いように見えるけど、お互いが昔の思い出を多く覚えているのは、それだけ仲が良いという証拠なんだろうな。
少し困りながらも俺はそう思って、楽しい夕食を終えた。