第百話 お祖父さんの挨拶と買い物
「いや~さっきは驚かせてすまんの」
「い、いえ。まぁ大丈夫です」
お祖父さんは先程の険悪な空気などなかったかのように笑う。
奏子さんに叩かれた場所が痛むのか、さすりながら挨拶をしてくる。
「改めて、和奏の祖父の神代貴志じゃ」
「同級生でマンションの隣の部屋に住んでる天ヶ瀬修司です。和奏さんにはいつもお世話になってます」
「そんなにかしこまらんでいい。話は婆さんからも聞いているからの」
貴志さんはそのまますぐに頭を下げると、隣にいた奏子さんも座って一緒に頭を下げた。
「この前のことのお礼を言わせてほしい。和奏を守ってくれて、本当にありがとう」
「えっと、守ったのは自分かも知れないですけど、助けられたのは自分です。和奏さんの適切な応急処置がなかったら自分はこの場にいません。こちらこそ本当にありがとうございます」
俺はそう言いながら頭を下げる。
しばらくしてお互いに頭を上げると、お礼を言い合っているこの状況がおかしくて、少し笑い合ってしまう。
それから貴志さんは笑顔で言う。
「それじゃ言葉にするのはこれまでにして、感謝を込めて盛大にもてなそうかの。なぁ婆さんや?」
「もとよりそのつもりだよ」
「えっと、そんな気を使ってもらわなくても」
「何言っとるんじゃ。感謝の気持ちもあると言ったが、わしらがもてなしたいから、もてなすんじゃ。黙って受けとっておきなさい」
「そうそう、爺さんの言う通りさね」
俺は少し戸惑いながら、助けを求めるように和奏を見る。
しかし、和奏はくすくすと笑いながら答えた。
「こうなった二人は止められないから、素直に受け入れてね?」
和奏の言葉に二人とも満足そうに頷く。
二人が絶対に引かないと分かった俺は、もてなしを素直に受け入れることにした。
「ありがとうございます。数日間よろしくお願いします」
その言葉を全員が笑顔で受け入れてくれた。
それから、和奏は夕飯の手伝いするということで、奏子さんと一緒に台所に立っていた。
俺はお使いを頼まれた貴志さんに誘われて、車で一緒に買い物に行くことになった。
「長旅から着いたばかりなのに、付き合ってもらってすまんの」
「大丈夫です。それにここら辺の景色を見て見たいと思っていたので」
「そう言ってくれると、こっちも気が楽じゃ。ありがたい」
貴志さんはそのまま車を走らせる。
周りの景色は一軒家が多く並んでいて、広いところに出たと思ったらほとんどが田んぼや畑だった。
「なーんもないところじゃろ」
「そうかもしれないですけど、こういう落ち着いた感じは好きですよ」
「ほぉ~珍しいの」
「そうですか?」
「だーいたい近所の人との世間話じゃあ、孫がなんもないと文句を言っているなんて話を聞いていたからの」
「あー……外で遊んだりする子達はそう思うかもしれませんね」
「修司君は違うんじゃな」
「ええ、基本的に本を読むことが多いので。あとは携帯で動画を見たりですね」
「動画は今時という感じがするの~」
そう言った後、貴志さんはハッとして何か思い出した様子になった。
「わしもあれは使っとるぞ! 月額で映画やドラマが見放題のやつじゃ!」
「えっ、あのアメゾンプライムとかですか?」
「そうじゃそうじゃ」
和奏からドラマとか漫画が好きだと聞いていたが、まさか映像ストリーミングサービスを使ってるとは思わなかった。
「それじゃあ、いつもそれでドラマとかを見てるんですか?」
「そうじゃな。一人で色々見てる時もあれば、婆さんと一緒に映画を見たりしとるな」
俺も実家で父さんが加入していたため、よく家族で映画とかを見ていた覚えがある。
特に貴志さんみたいなドラマが好きな人達にとって、とても便利なサービスだと思う。
「それじゃあ、一人の時はドラマを見ることが多いんですか?」
「そう思うじゃろ? それが最近はアニメを良く見とるんじゃよ」
「今までアニメは見てなかったんですか?」
「そうなんじゃよ。それでアメゾンプライムに加入してから少し気になって見てみたんじゃが、これがまた面白くての~」
俺も一応アニメなども見るが、ほとんどが原作からアニメ化されたものしか見ていない。
貴志さんは心底驚いた様子で話してくれる。
どうやらここ最近、貴志さんが見た中で一番面白かったアニメは原作アニメのものらしい。
それはアニメ制作会社に就職した主人公がアニメを作るために頑張る話らしい。
「話は上手く行きすぎているところがあるかもしれんが、ありゃ良いアニメじゃ」
「そんなにですか?」
「そうじゃな。わしなんかいい歳こいて泣いてしもうたわ」
そう言いながら、貴志さんは恥ずかしそうに笑う。
俺は少しそのアニメが気になって、後で調べてみようと思った。
そんな話をしていれば、ようやく大きめのスーパーに着いた。
「結構遠いんですね」
「田舎じゃから、しょうがないの。二人が待ってるじゃろうから、ちゃっちゃっと買って帰るとしよう」
「ですね」
俺達はスーパーに入って、手早く頼まれたもの買っていく。
荷物を俺が車に運んだ後、車に乗り込むと貴志さんが缶コーヒーを差し出してくれた。
「いいんですか?」
「付き合ってくれたお礼じゃよ。それにずっとしゃべってたから、喉が渇いたじゃろ?」
「ありがとうございます」
俺は受け取ってすぐに缶コーヒーを飲む。
貴志さんも缶を開けて一口飲んだ後、すぐに車のエンジンをかけて走り始めた。