第十話 高嶺の花と下校(後編)
そのまま俺達は一緒に帰ることになったが、特に何事もなく学校を出れた。
周りを見渡しても、うちの生徒は誰一人として見かけない。
「本当に誰にも会わずに学校から出たな」
少なからず、何か起きてしまうと身構えていた。
だが、何も起きなすぎるこの状況は、拍子抜けな結果に終わった。
「でしょ? それに私たちが住んでいる場所は、ほとんどビジネスビルなの。うちの生徒で、こっち側に来る人なんかいないから」
「なるほどな。だから朝登校したときも、学校付近になるまでは誰とも会わなかったのか」
「そういうこと。ほら約束通り鞄持って」
さすが一年間、正体がばれないようにしてきただけある。
そんなことを思いながら鞄を受け取った。
神代はビル街に入ったからか、警戒を解いて、口調も本来のものに戻していた。
俺は、周りの店や人を見渡しながら歩いていた。
ふと神代の方を見ると、何やら訝し気にこちらをじっと見ていた。
「どうした?」
「なんていうか……本当に天ヶ瀬君って、私に。というか女性に興味ないなって」
「ん? どういうことだ?」
どういうことかわからず、腕を組んで考える。
「だから、普通は女の子と一緒に帰るなんて、天ヶ瀬君みたいな目立たない男の子からしたら、ドキドキするもんじゃないの?」
「あぁ、そういうことか」
神代は心底怪しいといった様子で、こちらを見ていた。
「実はこういうこと慣れてるの?」
「慣れているって言えば、慣れてはいる。元々中学の時に妹と一緒に登校したり、幼馴染と帰ることがあったからな」
「……それ妄想の中じゃないわよね?」
「現実に存在するって。まぁ中学の三年になる頃には、そういうのもなくなったがな」
「ふーん。でも他の人と違って、私と話していても緊張していないのは?」
「それは他の奴らが、神代の素の部分を知らないからじゃないか?」
「そうかも。実は女の子に興味がなくて、男の子一筋みたいなのは?」
「ないない」
「だよね。じゃあ好きなものとか嫌いなものとかは?」
質問の意図がわからないが、やたら神代は俺のことを聞いてくる。
正直、自分のことはあんまり話したくないのだが。
こんなことも今日だけであることを、胸の内で密かに願う。
「じゃあ、嫌いなものは目立つことで、好きなものは本なのね」
「ああ、そうだな」
「むぅー……」
何やら納得がいかないような顔をしている神代だが、俺は面倒くさくなってきたため、この質問の意図を聞くことにした。
「なんで俺のことをいろいろ聞いてくるんだ?」
「それは……」
神代は、何か悪いことをして注意された子供みたいな顏をした。
よくわからないが、俺はいろいろ質問された軽い仕返しをすることにした。
「あれか? 俺のこと好きにでもなったか?」
「なっ、違うわよ!」
そう否定する神代の顏は、恥ずかしかったのか少し顔が赤くなっていた。
「じゃあ、俺のこと根掘り葉掘り聞いてくる理由はなんだよ」
「それはっ……私ばっかりいろいろ知られちゃってるのも、なんかしゃくに触るっていうか。天ヶ瀬君の弱みでも、知れたらいいなぁ~って」
「さりげなく弱みを探そうとするのは勘弁してくれ……あいにく、弱みに近いものと言えば、教室で言ったことくらいだよ」
呆れながら答えると、教室で話した内容を神代は思い出そうと頭を唸らせた。
「うーん? あっ、美少女と人気者が苦手ってやつ?」
「ああ、それだな」
「それはどうしてなの?」
俺は少し言うかどうか悩んだ。
しかし、幸太達にも話したことがあるため、細かい部分を省いて話せば、問題ないという結論に至った。
「俺は何かと運が悪くてさ。で、美少女とか人気者って、色々な面倒ことが起きることってよくあるだろ?」
「まぁそうね。大体が嫉妬というか、人間関係が多いかな」
「そういうことに何かしらの理由で、巻き込まれることが多いんだよ」
「え……天ヶ瀬君が全く関係なくても?」
「全く関係なくてもだな。大体そういうことが起きるときは……そうだなぁ。例えば、クラスの人気者でまとめ役みたいなやつがいたとする」
「うん」
「そいつは人気者ではあるけれども、クラスの全員が良く思っているのはまれで、少なからず嫉妬心や対抗意識みたいものを持ったやつらがいたりするだろ?」
「まぁよくあることよね」
「で、その人気者が困ってるところに、たまたま遭遇して助けてやったとする。するとタイミング悪く、その人気者を妬んでるやつらが見ていて、変な因縁つけられて絡まれるとか」
「……うわぁ」
神代はかなり引き気味で話を聞いていた。
実際、幸太達もこの話を聞いてかなり引いてたしな。
「他には色恋沙汰のいざこざとか。巻き込まれる可能性が高いのは、その二つだな」
まぁ、自分から関わらないければ何事もないけどな。
「え……じゃあ天ヶ瀬君と関わっているから、今から何か不幸なことが!?」
「俺にとって不幸なことでも、俺が関わった奴にとっては、結果的に良いことだから。心配しなくていいだろう」
「そうなの? なら安心」
大体関わったやつは結果的に良いことになるはずだ。
だが神代は気絶して、俺にいろいろ知られてしまった。
神代にとって良かったことが、一つも起きなかったことに少し気になった。
まぁでも、神代という面倒なやつに巻き込まれてるため、俺のこの体質は変わってないと思う。
そんな話をしているうちに、俺達は自分の住んでいる部屋の前まで来ていた。
「今日みたいなことがないように、生徒会室でも気をつけろよ」
神代に鞄を返しながら、一応忠告した。
「わかってる。登校初日ってこともあって、気を抜いていたから。明日からは気を付ける」
俺の言葉が親切心からくる言葉とわかったためか、神代は偽りの笑顔ではなく、本来の笑顔で答えてくれた。
「それじゃあ、また明日」
「いろいろありがとう。また明日」
俺達は最後に軽く挨拶をすると、お互いの部屋に帰宅した。