第一話 お隣さんは高嶺の花
オタクであれば誰でも一度は憧れる環境があると思う。
例えば、不幸体質だけどお兄ちゃん大好きの可愛い妹と面倒見のいい幼馴染がいる生活で、いきなり神様が自分の不幸体質を治すために宅配便で送られてくるとか。
デザインの勉強をしたいからメイドとして白髪の美少女に雇ってもらい、女装していることを隠しながら生活するとか。
はたまた、誘拐されそうになっているお嬢様を助けたら強制的にボディーガードとして雇われるとか。
憧れは人それぞれだが少なくともこんな環境だったらと、一度は考えたことがあるオタクが大半だと思う。
しかし、そんなものは現実に存在しない。
例えギャルゲーやラノベやらに近しい環境だったとしても、甘酸っぱい青春なんてものはない。
そこにあるものは冷めた現実だけだ。
長々しい前置きであったが、この天ヶ瀬修司はオタクが一度は憧れるという環境で育った。
隣の家には同い年の美少女の幼馴染がいて、他人から見ても可愛い一つ下の妹もいる。
しかし、美少女の幼馴染にはイケメンの彼氏がおり、妹にも好きな男がいて絶賛片思い中である。
さらに妹に関しては俺のことをゴミを見るような目で見ていて、ここ数年まともに話した記憶がないという状況。
というようにこれが現実である。
他の奴らから見たら、その環境を活かさなかったお前が悪いと言われても仕方がないかもしれない。
だが、イケメンでもない俺が恋だ彼女だという憧れを持つ前に、普通に生活しててこのありさまだ。
基本的に主人公というのはイケメンだったり、誰にも言っていない特技があるなど、そういった何かしらの特徴がないとなれない。
それはスポーツ選手がいつでも練習できるような環境が家に用意されていようと、やるスポーツの道具がなければ何もできないのと同じだ。
俺にはそういった特徴というのが何一つない。
ある程度に何でもできたりするが、普通に生活していて特別に見られることなど何もない。
そんな環境で育った俺だが、ギャルゲやらラノベやらのようなイベントがなかったかと言われるとそんなこともなかった。
街でナンパされて困っている女の子を助けることや、不良に絡まれている女の子を助けることなど頻繁にあった。
だが、ナンパされていた女の子は全員彼氏持ち。
挙句の果てに助けに駆けつけた彼氏に誤解され、その彼女のほうは俺のことを新たなナンパだと思っていて、誤解を解くのに苦労したこと。
不良に絡まれている女の子を助けに入った時は、不良たちと喧嘩になった。
しかし、助けた女の子は近くを通った人に助けを求めたらしく、警察に事情聴取されることになった。
あとで女の子にお礼を言われたが、助けを求めた通りがかりの男がイケメンで、なおかつ女の子に親身になってくれたせいなのか、その男に惚れているのがわかった。
大きなイベントであればこんな感じだ。
小さなイベントで言えば、教師に雑用を頼まれた女の子を成り行きで手伝うはめになることや、可愛いが勉強ができない女の子に勉強を教えるとかいろいろあった。
小さいイベントは友達に頼まれたことが多いのだが、それでもそれだけである。
その後に起こる青春の一ページなど何処にもない。
むしろ俺ではなく、俺に頼んできた友達の評価がうなぎ上りである。
もはやわけがわからん。
つまり、そういったイベントが起こっても別の奴の株が上がったりするだけで、自分は面倒なことに巻き込まれたに過ぎない。
実はフラグブレイカーの称号でも持っているのかと思うくらいだ。
そのようなことが子供の頃から続けば、人と関わるのも面倒になってくる。
俺のことを理解してくれている親友と呼べる奴は少なくともいるため、これといって特に困ったことは起こらない。
それ以外の奴らなんか面倒なことを持ってくる赤の他人だ。
決して友達づくりが下手くそとか、コミュ障だから初対面の人と会話できないなんてことなんかじゃない。
誓ってクソ寂しいぼっちなんかじゃない……。
大体一人のほうが自分のことに時間を使えて有意義だろう。
自分の好きなことやりたいことに時間を使って何が悪い。
ほらこっちのほうが実に合理的だ。
といったように俺は人との関わりを最小限で済ませ、この平穏な状況を保ったまま、高校生活を送っていくことを願っていた。
「……神代……和奏……」
「え……どうして私の名前を……」
一体これはどういう状況なんだろう。
目の前にある光景は、学校で立場と容姿で有名な神代和奏が、玄関の扉を開けているところだった。
高校二年の春から一人暮らしを始めたため、隣の部屋の住人に挨拶をしに来たのだが、信じられない状況を目の当たりにしていた。
神代は成績優秀者しか入れない生徒会に所属し、そこで副会長ということで有名だ。
それとは別に髪の毛は綺麗な金髪、アイドルのように整った容姿、それに加えて丁寧な口調であったためか、どこぞのお嬢様というのが全校生徒の共通認識であった。
そのため神代はモテる。
しかし、神代に惚れている男の中で、アプローチをかける奴は誰もいない。
お嬢様の認識で高嶺の花という理由もあるのだろうが、入学当初で神代に告白するやつが殺到した。
だが、全ての告白を一刀両断したあげく、告白してきた奴のメンタルを砕くようなことまで言ったらしい。
そのことが学校中の話題になり、神代は男嫌いという噂が広まったことが理由だろう。
そんな奴が玄関から出てくるのも驚いたが、何よりも信じられなかったことがあった。
それは神代の恰好がラフな服装に、半纏を羽織っているということだ。
言い方は悪いが、イメージに合わない庶民的な恰好をしていた。
もしかしたら他人の空似なのかと思って、目を擦って見直した。
しかし、目の前の状況が全く変わることはない。
そこには紛れもない庶民的な神代がいた。