第8話 ちがいます! 私は魔女じゃありません!
「あーほんと痛い……あのやろ、あんなにほっぺつねらなくてもいいと思わない!?」
まだじんじんと痛む頬をそっと労わりつつ、暗い廊下を進む。
夜の空中散歩から戻った私は、ちょっとした用事のために自室に戻らず城内を上へ上と登っていた。
中から見たときも立派だったが、外観も相当手の込んだ作りをしているこの城をせっかくだからと空から城の周りを散歩していたのが少し前のこと。窓からこっそり戻ればいいや、と思っていたところにノゾムくんがいたものだからつい降りてしまったのが運の尽き。瞬く間に兵士に確保されて、あの強情騎士に叱責を受けることになった。
「確かに勝手に抜け出したのは悪かったと思うけど私のせいじゃないから!」
「それってもしかしてオレのせいだって意味?」
「それ以外にないと思うけど」
「へー? あんなに泣いて縋ってきたのに?」
「そっ……それは! 別の問題でしょ!?」
「あーはいはい、“内緒にして……!”だったな?」
「う、るさいっ……!」
振り向きざまに拳を繰り出すが、ふわりと浮いたまま躱されて褐色の身体にダメージを与えることはできなかった。
くそう、浮くなんて反則! それにそのモノマネ似てないし!
「うるさいのはテルミの方だろ? ……ほら、着いたぞ」
「……ここね」
ここに並んでいるどの扉も上等な造りをしているけど、ここは別格だ。
それはそうだろう、国王だという男の部屋の扉なのだから。
脇には見張りらしき兵士が2人ほど控えていたが、私の姿を見るとその槍を収めた。
「国王陛下に謁見をお願いしたいのだけど」
「……確認して参ります」
兵士の1人が隣にある扉の中へ消える。
形式上伺いを立てる必要があったから来たけれど、向こうに断るという選択肢はない。
困っているのも助けて欲しいのも向こうで、私が断れば魔女の侵攻は止められない。
私の存在がこの世界に味方するか敵になるかは国王の対応次第、ということになるわけだ。
このくらいの無理は聞いてもらえるだろう。
「……お入りください」
豪華な扉の隙間から現れたのは、濃緑色の髪を長く伸ばした男性。
この時間帯に国王の部屋に入れるということはそれなりに地位の高い人物だろう。
眉間の間に深い深い皺を刻んだ青年は、ぎょろりという表現がいっとう似合う目つきでこちらを睨んでいる。どう見ても嫌々招いているその青年に『ありがとう』と満面の笑みでお礼を言ってやる。こちとら笑顔の表情筋は仕事と趣味で鍛え上げてるんですからね!
点々とランプの灯る短い廊下を抜けると、また扉が行く手を塞いでいる。
濃緑色の青年がドアノッカーで合図をすると、中から年嵩を感じる声が入室の許可を口にした。
不遜な態度だったが、礼節はわきまえているらしい。
緑髪の青年は部屋にはいることなく、国王の私室には私と褐色の男と、部屋の主人だけになった。
「こんな夜更けに呼び出すからには、それ相応の要件なんじゃろうな?」
「それはそうでしょうね。なんていったって、この世界を救うかどうかっていう話だもの」
「……それは、お主が敵に回るということか?」
「まさか。あれだけ敵意を向けられて魔女側につくなんてことはあり得ないけど。だからといって、あなたの側につくとは、まだ言ってないから」
「……何が望みだ」
終始険しい顔を崩さないあたり、積年の治世の堅実さが窺える。
交渉ごとは下手に出た方が負ける。自分の手札が弱くとも、それが顔に出るようでは青二才も同然だ。
私は口八丁・ブラフ山盛りでなんとかするタイプだが、向こうは相手の出方と真意を探る方を優先するタイプらしい。
「話が早くて助かるけど。……こちらが提示する要求は、」
私が掲げた指の数を見て、国王はその表情を更に険しくする。
その内容を提示していくたびに顔が青くなっていくのは面白かったけれど、こちらとしては頑として譲れない項目ばかりだ。
うんうん唸っていたけれど最終的には全てこちらの条件を全て飲んだ上で、契約書を作成した。私の印鑑は手元になかったから拇印で、国王の決裁印を隣に。
そして、契約不履行にしないために“魔法”を用いた。
褐色の彼に聞くところによると、『オレの手にかかればできないことはない』らしいので、その辺りは彼に一任してある。
「……では、契約成立、ということで」
控えの契約書が光の粒子となって左胸──心臓部へと吸い込まれる。本書は当然、国王の心臓部へ。
「これでお互いに契約を破れない身の上、ということで」
──くれぐれも、ご内密に。
人差し指を唇に当てて、笑みをひとつ。国王の記憶に深く刻み込むように。
これ以上長居する必要はないと、豪華な私室を後にした。
◇◆◇
「……ということで国王と誓約してきたわけだけど……痛っ!?」
「貴女は何を勝手に……!」
「いひゃい! やめひぇってば!! ほっぺちひれひゃう!!」
ご丁寧に昨日もつねられたところをめいっぱいつまんでくるのはなんですかね、嫌がらせですかね!?
騎士なんてやってるんだからご自身の握力の強さを自覚して欲しいものですけどね!
一晩経った翌朝。軽く朝食を食べた後で、昨日話し合っていた3人を呼び出した。
話さなければいけないことがいくつかあったからだ。
まずは昨晩のことを、と思ったのだがこの騎士、仮にも聖女を労わるという心算は皆無らしい。はっきり言って痛い。めっちゃ痛いんですけど!
数十秒ほど続いたつねられタイムは、ミスティリアとノゾムくんの静止によって終止符が打たれた。私は、といえば絶対に赤くなっているだろう頬をこれ以上引っ張られないように両手で包み込んだ。
「私だって生きるか死ぬかの瀬戸際だからね!? 自分の保身のために環境を整えるのは当然でしょ!?」
「だからといって! 禁呪である誓約の魔法を用いるなんて……!」
「だって聞いてなかったし!」
そう、私が褐色の男──名を尋ねると、“テオ”と呼んでくれとのことだったので以後はテオと呼ぶことにする──に頼んだ魔法はこの世界では禁呪に該当するらしい。だってテオに聞いたら『できるぞ、そのくらい』としか言わなかったのだから、わかるわけがない。
「大丈夫だって、簡単なことしかお願いしてないし」
「……はあ。言いたいことはまだありますが、先に何を誓約したのか聞いておきましょう」
言い方に含みがあるよね? と思って騎士を睨みつけるが、イケメンバリアは強し。
全く意に介さない様子で私の言葉を待っているので、諦めて指を三本立てた。
「国王を甲、私を乙としての誓約内容は『世界を平和にすること』。それを達成するに差し当たって私から提示した条件は、ひとつ、衣食住を保証すること。ふたつ、衣装にかかる諸経費を全て負担すること。みっつ、この世界に滞在する間の安全を保証すること」
「……本当に、それだけですか?」
「心配なら国王にも聞いてみるといいよ」
「……あとで確認させましょう」
確認するんだ。信用ないな、私。
「まあ、そういうことで。ついでに西国に滞在するにあたって紹介状の手配も頼んでおいたから」
「……! 聖女さま、それって……!」
「……そうだよ、ミスティリア。私は、あなたたちに力を貸すよ」
──覚悟ができたかなんて、本当はわからない。
けれど、昨日見た夜空は綺麗で、それでいて──知らない、私のいた場所とは違う景色だった。
ここまできて、ようやく自分が違う世界にいて、世界を救うまでは帰れないのだという事実が実感できた。
それならばと早々に国王に契約を取り付けて、戦う準備を整えたのだ。
「……ミスティリア、昨日のことを謝らせて欲しいの。結論を急ぐあまりに心無い言葉をぶつけてしまって。……本当に、申し訳ありませんでした」
腰を直角に折って頭を下げる。
「いいえ、いいえ! 聖女さま、顔をお上げください! わたくしが、わたくしが最初に申し上げなかったのが悪いのです……!」
「ちがうよ、ミスティリアは悪くない。悪いのは私が……」
「ストップストップ! このままだと謝り合戦になりますから!」
割って入ったノゾムくんがまあまあと仲裁に入る。確かに、ここで時間を浪費するのも勿体無い。
約束の日まであと13日しかないのだから。
「……それにしても、どうして禁呪を扱えたんですか? 本来であれば禁書の類にしか記載されていないはずですが」
「あーそれね、私じゃないから説明のしようがないんだよね……」
「聖女さまが使ったのではないのですか?」
「うーん、この際紹介しておいた方がいいのかな……? ねえ、テオ?」
「なんだ、もういいのか?」
ふわりと頭上から異国の香りが降り注ぐ。透けるような白の布が花開き、褐色肌の男が姿を顕す。
「隠れてろっていったのはテルミだろ?」
「そうだけど後で説明するのも面倒だなって。……そういえば魔力のない人には見えないんだっけ?」
「いや? 今は視えるようにしてるからな」
全員視えてるはずだぜ?
その言葉通り、室内にいる全員が口をあんぐりと開けていた。特にミスティリアと金髪騎士の驚きようと言ったら、まるで神様でも見ているみたいだ。
「……聖女さま、この御方は……!」
「紹介するね、昨日契約したテオ」
「契約って……! 貴女、この方と契約を交わしたんですか……!?」
「痛っ……! ちょっと、いたいってば!」
がたがたと騎士に両肩を掴まれて思いっきり揺らされるものだから肩が悲鳴を上げている。
そろそろ私の扱いに対する告訴状を用意するべきか? なんて思っていると、ぐい、と後ろに身体を引かれた。そのまま逞しい腕が首に回されて、背後から抱きしめられるような形になる。誰か、なんていうまでもなく、鼻腔をくすぐる異国の香りが褐色の男を思い起こさせた。
「……お前、名は?」
テオの言葉の向く先には金髪強情騎士しかいない。
どうして名前なんか、と思ったけどそういえば私もこの人の名前知らない気がするな……?
「……アーデルハルト・ヴェルトミュラー」
「ふうん、オレを前にして容易く己の名を口にするとはな」
「……ねえ、テオ、何言って……」
「それでテルミ、こいつはいつ殺す?」
「……え?」
真後ろにある彼の顔は見えない。
しかし、発せられた言葉は冗談でも怒りによるものでもなく、至って平静のまま、まるで『今日の朝ごはんはトーストにする?』くらいの気安さで。目の前の人間の命の期限を切るようなことを、どうして今?
「待ってテオ、なんで殺すなんて、」
「態度が不遜だろ? それに、オレのテルミに勝手に触った」
背後にいる彼の気配が、急激にぶわりと膨れ上がる。それは魔女の放っていた圧迫感と同質のもので。これが魔力の気配だと理解した途端、急に寒気が背筋を駆け上がる。
このままだと金髪騎士が本当に殺される羽目になってしまう!
「待って待って! そんなことで人ひとり殺してたらキリがないし下手したら国中の人間が死ぬから!」
「ん? そうか? テルミがそれでいいなら今はやめておくか」
命拾いしたな、ヴェルトミュラー。
そう言って魔力を引っ込めたテオにほっと安堵の息を吐く。
こんな些細なことで殺す殺さないの話になるようでは先が思いやられる。後でしっかり言っておかなくては。
「ごめんね、みんな。こんなはずじゃなかった、んだけど……あれ?」
金髪騎士以外の人影が見当たらない。
よくよく室内を見渡すと、ノゾムはテーブルの下、ミスティリアはぺたんと床に座っている。どうやら腰を抜かしているようだった。
「ごめんね、ミスティリア大丈夫?」
後ろからガッチリと抱えられているため駆け寄れないのもどかしいが、呆然と目を見開いたままの少女に声をかけた。
「……聖女さま、いつこの御方とご契約されたのですか……?」
「ん? 昨日の晩だけど」
「……では、いつお喚びになったのですか?」
「……ミスティリア、どういうこと?」
「……濡羽色の髪、白銀の双眸。純白の真綿を纏う一朶の雄蕊。そのお姿をしているのは、一人しかいません」
「……この世界の創造神。創世の真綿の、種蒔き人。本来、このような場所にいるはずのないお方です」
「…………そうぞう、しん?」
ぱちくりと数回瞬きする。ミスティリアと金髪騎士の表情は真剣を通り越して最早怖いくらいだ。
いやいや、そんなまさか。だってあんな強引に契約を迫るような男が創造神などという高貴な身分なわけが……
「よく知ってるな。流石は王の系譜か」
「……え? え、ええぇえええ!? なんで!? 聞いてない!!」
あっさりとテオの口から肯定の言葉が飛び出し、勢いよく振り返った先の彼は私の動揺とは対照的にきょとんとしている。
「聞かれてないからな」
「聞かれてなくったって自己紹介のときに言うべき項目でしょそれは!」
「なんだ、知らなかったのか?」
「知るわけないでしょ!? 起きてまだ1日も経ってないんだから!」
「ふうん、そうか」
“そうか”じゃないってば!
流れに飲まれた私にも非はあるけど、それならそれで互いのカードは明かすべきじゃない!?
ふすふすと憤慨している私の頭の上に顎を乗せてくるテオ。全然わかってないな、こいつ。使える手札は多いに越したことないのだが、それを把握できていないのでは意味がない。
最善の道を選ぶために、できることは全て。私が選択しなければならないのだから。
「ついでに言っておくと」
「まだ何かあるの!?」
「オレを喚んだのは、そこのガキだぞ」
「……そこの、ガキって……」
顔の真横から褐色の腕が伸び、人差し指を向ける。
形の良い指先が示すのはテーブルの下、まだ少し怯えた顔をした少年。
「……へ? ……お、俺えぇえええ!?」
声を上げるのと同時にゴツン! と痛々しい音が響く。衝撃で思いっきり頭をぶつけたらしい。
ずりずりと這いずり出てきたノゾムくんはそのまま後頭部を押さえていた。
「でも俺、そんなことした覚えないですよ!?」
本人が一番驚いているらしく、指を折り数えて記憶を探っているようだが心当たりはないという。床にへたり込んでいた王女は騎士の手を借りて近くの椅子に腰かけ、少し考え込むような素振りをしたがすぐにその口を開いた。
「いいえ、聖女さまが目覚める前に一度。刺繍術式による魔法陣に触れて頂きました」
「確かに触りましたけど……アレって失敗じゃなかったんですか?」
「……本来の使い方ではない、ということを失敗と呼ぶのなら、あの結果は失敗ということになります」
「……どういうこと?」
「王家の術式は、召喚と使役に特化しています。ノゾムさまにお渡ししたものもそのひとつ。下級の使役獣の召喚術式でした。しかし、現れたのは……」
「あ! 白い布だった!!」
「そうです。本来であれば小さな魔獣が通る門を開くものですから、高位の存在の召喚には耐えられません」
「……それを無理矢理通ろうとして、布の状態になったってこと?」
全員の視線が私の頭上に集まる。それに気付いたテオはニヤリと不敵に笑って、
「まあオレ、なんでもできるから」
それはそうだろう、創造神なんだから!
どこの天才女医だよ、とツッコミを入れようとして、ここにいる半分がわからないネタを振るのもなと考え直して口を閉じる。
彼の言うことが真実なら、私は創造神の力を手に入れたらしい。まだ実感はないけど、魔女に対抗し得ることは折り紙つきだ。
「まあ契約するまでは力も根付いてなかったからな。テルミの側で寝てたってわけだ」
「……もしかして、『3日も一緒に寝た』って言うのも、」
「オレの寝心地は最高だっただろ?」
……私のベッドシーツは、確かに白い布だったけど。
触った感じでは高級シルクのようなしっとりした手触りだと思っていたけど。
「……聖女さま、創世の真綿はこの世界の中で最上の織物です。……その、城内の客間は全て真綿製の布を使用しておりまして……」
「……っ! まぎれこんでたっていうこと……!?」
私は気付かず3日間、この男の上でぐーすか寝てたってわけ!?
昨日の発言の意味はわかったが納得はいかない。わざわざ私の部屋を選ぶ必要なんてないはずだ。ジト目でテオを見上げるが、悪戯っぽい白銀の瞳はどこ吹く風。
「怒んなよテルミ。ついでにお前の服も修繕してやっただろ?」
「修繕って……あ、」
作りかけだった衣装が完成していたのは、テオのせいだったのか。
……なんか不思議なことは全部こいつのせいな気がしてきた。
「……一度、状況を整理しませんか?」
険しい顔をした金髪騎士が進言する。流石の彼もこの情報の多さに平静を保てていないらしく、甘い微笑みが剥がれ落ちている。かくいう私も処理が追いつていない。
ひとまず情報の整理と休憩を兼ねてお茶でも、ということでティーセットの準備を。途中でテオが『オレは腹が減った』などと言い出すものだから、厨房からは貴賓用の豪勢な食事が運び込まれた。
「……神様って食事するの?」
「種が根付けばこっちでの食事が可能になる。栄養にはならないけどな」
じゃあ今食べなくてもいいのでは? と思ってしまったのは内緒だ。フレンチのコースにも匹敵する品々はいくつもの食用花で飾られていて芸術品のような煌めきを放っているというのに、全て嗜好品として消費されてしまうらしい。ちなみにこの食用花、私の朝食にもでてきたけど、めちゃくちゃ美味しかった。メイン料理よりも花の方に力が入っているのは世界観というか、お国柄というやつだろう。
「……そろったよね。じゃあはじめよっか」
ガサツそうな物言いの割に音もなくナイフとフォークを使うテオは置いておいて。
喉をあたたかい飲み物──花を用いた紅茶、紅華茶がこの王都で主に飲まれているものらしく、グラスの中では美しい花が咲き誇っている──で潤したミスティリアとノゾムくんは先程より少し落ち着いていた。
金髪騎士の顔はまだ厳ついままだが、私の顔も似たようなものだった。
「わかってることをまとめる。まずは、やるべきことを」
羽ペンにインクをつけて書き連ねていく。
ミスティリアたちとは言語表記が異なるらしいのでこれは純粋に私の記録用。頭の中の整理をつけるのにはこれがやはり一番だ。
「最終目標は5人の魔女の封印。先だってはその第1の魔女、仮称シルキーピンクとの対決が2週間後──今日を除くと13日後に迫っている」
へにゃへにゃと棒人間を5人、そのうちの一人に名前と“2WEEK”と期限を書き添える。隣に座ったノゾムくんが私の棒人間を見て『うわ、これは……人……?』と失礼なことを口にしているので思いっきり溝尾に肘を食らわせる。絵はちょっとだけ苦手なの! ほんとにちょっとだけね!
「コーデテーマは『ふわふわでエレガントキュートなおでかけ服』。……ちょっと意味がわからないので、まずは資料探しのために西国の国家服飾術師を訪ねる確約を取った。これが昨夜の話」
「本日紹介状を送るのなら、明日には手筈が整うはずです。最短で明朝には出発できるでしょう」
「おっけー、じゃあ私もその心算で準備をする」
ミスティリアの言葉を紙に書き入れる。
王都から西国のヴェステン・リープリッヒまでは馬車で丸一日かかる、とのことなのでそれも。ということは今日一日で支度を済ませて明日出発、明後日に入国が現時点での最短ルート。帰り道も1日使うと考えると資料探しと衣装製作に使えるのは実質10日間。
(……時間がない)
仕事がないことだけが唯一の救いだ。圧倒的に資料と材料と手数が足りない。
一週間で衣装を作ることもままあるが、それは文明の利器とレイヤーの味方、100円均一が近くにあったから。金銭面での心配は誓約によって解消したが、それ以外の問題に関しては全くの手付かずだ。
「次に、こちら側が使える戦力の確認ですね」
「……そうだね」
騎士の言葉に頭を切り替える。
すぐに解決できないことは後回しだ。紙に“王国側”の欄を加える。
「国王はもう私と誓約済み。余程のことがない限り敵には回らない」
きゅきゅきゅ〜っと私の似顔絵と王冠を被った棒人間を王国側に。隣から『モンスター……? いや、これは悪魔かもしれない……』などという小さな呟きが聞こえたので鎧の隙間を狙って羽ペンの尖った方を突き刺した。メモ書きなんだから文句言われる筋合いはありません!
「わたくしとアーデルハルトにはこの世界を守る義務があります。裏切ることはありえません」
「何なりとお申し付けください」
調子が戻ってきたのか、イケメンスマイルをふりまく騎士に胡乱げな目を向けてしまう。言葉と行動が合ってない気がするんですけど私の気のせいですかね?
魔力を失うという犠牲を払ってまで召喚の儀を執り行ったミスティリアを疑うほど疑心暗鬼ではないので彼女の姿絵と、ちょっとだけ当たりが強い気がするけど王都に対しての忠誠心は本物だろうと騎士の姿を描き込む。
流石に難しいな、と思っていると『この世のものとは思えない……地獄の鬼も両手を挙げて逃げ出すレベルだ……』とか聞こえてきたので耳たぶを力の限り引っ張ってやる。私もこれは難しいと思ってたから! 下手でも仕方ないの!
「テオは私と契約関係にあるからこっち側。最終兵器にもなり得る、核爆弾級のとっておきね」
「……かくば、くだん?」
「……ごめんミスティリア、こっちの世界の兵器の名前だから忘れて」
くい、とかわいらしく小首を傾げた少女に余計な言葉を教えてしまった。
魔法という概念がある分、化学分野の発達が未熟なことをうっかり失念していた。失敗失敗、と内心で反省しつつ、未だ食事中の褐色の男も紙に。『わかったぞ、これはチョコレートだ……!』とかなんとか一人で納得している少年の頭蓋骨に手刀を落とす。そろそろその口縫いつけてやろうかしら?
「それで最後に少年を入れてっと」
きちんと勇者に”のぞむ“とふりがなを振ったら『そういうことします!?』とぽかぽか左肩を叩いてきたけど全部スルー。
これで5人の魔女と、王国サイドの人間が出揃った。
「国王はパトロンだから戦力外、ミスティリアにも無理はさせられないからできれば王都待機、後方支援かな」
「そんな! 聖女さま、わたくしだって……!」
「とりあえず今回は、っていう話。馬車で1日ならそう遠い距離でもないし、紹介状を受け入れてくれる国ならある程度友好的でしょ?」
「むぅ……そうですけど……」
むくれている王女さまは置いておいて。
国王を抱き込んだから一般兵力に関しては十二分に揃っている。問題はその中にどれだけ魔法を扱う人間がいるか、ということだ。
「この城に国家服飾術師はいないの?」
「何人かいますが、襲撃のこともあって王都を飛び回っています。早急に、ということであれば王家の血筋を継ぐ者が何人かおります。お父様も魔法に長けていますし、兄が3人、弟が1人がこの城に滞在しています」
「他に特筆するとすれば宰相でしょうか。歴代最年少で資格試験を突破したと記憶していますが……少々、正確に難ありといったところですね」
「……なんか思い当たる人物を知ってる気がする」
私の予想が正しければ、昨晩案内役だった濃緑色の男性。騎士に特徴を伝えると首肯が返ってきた。
宰相にしては若いと思ったが、10歳の頃から王宮勤めで今年で20年だというから軽く目を見張る。年上だというのも驚きだが、20年も社会人生活をしていて愛想笑いのひとつもできないとは恐れ入った。……こほん、個人の感想です。煽ってないよ?
「魔女の狙いが“コーデバトル”だけなら、魔力のない一般人は戦力にならないからね、できるだけ視える手駒を揃えておきたいとこだけど」
「今のところオレとピーちゃんさんくらいですよね……」
「……今回は間に合いそうにないから今後の課題ってとこね」
“問題点”と書いたところを四角で囲い、箇条書きで『人材の確保』と書き足していく。
「……問題点はまだあります」
深刻な顔をしたミスティリアがきゅっと服の裾を握る。
「囚われた服飾術師の居場所が、全く掴めていないことです」
「……なるほどね」
勝利だけでは意味がないということか。青い顔をしている王女の様子からすると、王家の人間も何人か捕まっているのかもしれない。『捕虜の捜索』を問題点に加える。
「これは人材に余裕ができてからになりそうね」
「さすがにこのメンバーを分散するのは無理ですもんね……」
「まあね。……で、私が危惧してる最大の問題点は、」
「……最大の、問題点……?」
「……私のミシンがないこと」
どんな修羅場も共に乗り越えてきた白い機体。
時々無茶な縫製をさせて針が折れるなんてこともあったけど、なんだかんだ壊れずに頑張ってきた相棒。
「ミスティリア、聞きそびれてたんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「この国では、どうやって服を作ってる?」
「どう、と言いますと……」
ぱちくりと青の睫毛を瞬かせた少女は騎士と目を合わせ、どうしてそんなことを聞くのだろうとでも言いたげに首を傾げつつ。
「材料と生地、型紙を用意して、魔法を発動させますけど……」
「……やっぱり」
この世界は、魔法が発達している分、化学や工学の発展が私たちの世界よりゆるやかだ。
移動は馬車、明かりはランプ、主な武器は剣。電子機器などの高度な機械は存在しない。……当然、電動ミシンも。
「足踏みミシンがあればラッキーくらいの気持ちだったけど……まさかオートで魔法任せとは……」
「魔法じゃダメなんですか?」
「……ノゾムくん。君はどうして私が作った服に“SSSS”っていう価値が生まれてると思う?」
「え? それは、こう……想いが籠ってるから?」
「……ファンタジー的な回答なら満点かな」
よくある想いの強さが云々のことは私も検討したけれど、3徹した女の妄執が宿る衣装が王女の衣服に勝るというのもおかしな話だ。いや推しへの愛は盛りだくさんなんですけどね! それなりに時間とお金もかかってるんですけどね! だけど、一般市民の努力が最高級の素材で作った服より優れている理由にはならない。
「……聖女様は、そうではないとお考えなのですね?」
「そうだね。……明確な理由を示すにはまだ論拠がないけど。1つ言えるのは、この世界の魔法で製作された衣服と同じ方法を取るなら、わざわざ異世界から人を呼ぶ必要がないってこと」
まだ推測の域を出ないけど、自分の手で衣装を作るならミシンは必須。
手縫いでは約束の日に間に合うかどうか、だ。
「……あの、聖女さま、」
「……ん? なあに、ミスティリア」
「その、”みしん“は、聖女さまのお部屋にあるものですか?」
「直前まで作ってたからね、部屋の真ん中にあるけど……」
「……でしたら、きっとあそこにあると思います」
ミスティリアが少し顔を赤らめながら窓を指差す。
理由はわからないけど、それ以上話すつもりがないようなので窓際に歩み寄る。居館の3階から見えるのは外壁との間に広がる立派な庭園。遠目に見てもバラ園とか噴水とかが設置されているのがわかるのだが──
「……なにあれ?」
美しく剪定された庭の端に、あまりに不自然な立方体がドンッ! と存在を主張している。
オブジェだと言われればそれまでなのだが、芸術性があるわけでも特異性があるわけでもない。そして何より、グレーの無骨な表面が庭園の景観をぶち壊しているのが素人目線でもわかる。どうあがいても無理矢理に後から付け足した感が否めない。
「……あちらは、聖女さまのお部屋です」
「……なんですって?」
「儀式の際に、聖女さまをお部屋ごとお招きしてしまったのです……!」
「思ったより召喚の座標ガバガバだね!?」
マンションの壁面コンクリートごとってことですね!?
見かけによらず豪快なことしますね王女さま!?
先程の赤面は失態が恥ずかしかったからのようで、今は耳まで真っ赤になっている。
「……でもこれはこれで好都合。テオ、行くよ!」
「おい、オレまだ食ってるんだけど」
「状況確認が先!」
行儀良く口元を拭っているテオの腕を掴んで行き先を示すと、諦めたのか腕を振って魔法を行使した。
視界が透けるような白布で埋め尽くされ、次第に折り重なって濃密な純白を作る。
一瞬の浮遊感の後に開けた視界には、不恰好なグレーの立方体がそびえ立っていた。
芝生の上に降り立つと、立方体の側面にとてもよく見覚えのあるベランダ。テオの手を借りてベランダを乗り越えると、鍵の開いたままの窓から室内に入る。
見える光景は、端切れや布で床の見えない乱雑な部屋。中央で埋もれる白いミシン。間違いない、私の部屋だ。
「うわ、改めて見るとやばい散らかり具合……ミシンも電気つけっぱだし……」
王女にとっては失敗でもこちらにとっては思ってもみなかった収穫だ。部屋ごと手元にあるということは衣装も素材もメイク道具もおおよそ揃ってる。10日しかないのに手縫いで衣装とか死ぬかと思っていたところだ。最悪の場合、布用のりでひたすら貼り付けることも考えてたし。この世界にあるかは知らないけど!
ともあれ、最大の懸念事項が片付いた。バレないように、少しだけ安堵の息を漏らす。
「よかった……これで型紙作ってミシン叩いて……うん、多分間に合うよね!」
あーほんとによかった、仕事押し付けてくる上司もいないしこれはもう楽勝では? などと調子に乗っていたからバチが当たったのだろうか。ガシャン! とガラスの割れる音が真後ろから響いて、びくっと肩が跳ね上がる。
「ひぇええ!? な、なに!?」
「テルミ、敵襲らしいぞ」
「敵襲って……やだ、割れてるの私の部屋の窓なんですけど!?」
「いいから一旦引くぞ!」
続けてひゅんひゅんと何かが飛んでくる。テオに抱きかかえられてよく見えないが、とすんとフローロングに刺さっているのは弓矢。ちょっと! 賃貸なんですけど!? 修繕費出してくれるんでしょうね!
懐かしの我が家が白い布に覆われたかと思うと、一瞬のうちに視界はグレーの立方体を見下ろす位置に。私の家に向かって弓をつがえているのは青い鎧を身につけた騎士団。その中心に、殊更立派な装備を纏った青年がいる。短い青髪を逆立て、目を三角につり上げ、追撃の指示を送っている。あの青年が指揮系統のトップらしい。
これ以上部屋を荒らされては困る、本当に困る!
何か手はないかと見回しているところで、地上にいる青髪の青年と目が合った。部屋の中にいるはずなのにどうして、と言いたげな目線に、それはそうですよねと同意を込めて目線を送るけど通じるはずもなく。こちらに向かって大声を張り上げた。
「出たな“魔女”め!!」
「……はい?」
頭上に”?“がアーチを作る。
念のためあたりを確認するが、周囲に私とテオ以外はいない。……わかってる、宙に浮く人間なんてそうそういないってことは。
「……もしかして、私のこと?」
「お前以外に誰がいるんだ!」
あーそうですよね! わかってましたよ私だって!
勘違いだったらいいなーとか思ってたんですけどね!
さっきまでフローリングを貫いていた鉄の鏃が、きらりと陽光を弾いてこちらへ向けられる。
「抵抗せず投降しろ! さもなくば……」
ギリギリと弦が引かれる。青年の号令があれば、その全てが放たれるだろう。
「……射ち落すぞ!」
……なんでこんなことに。
一難去ってまた一難とはよく言ったものだけど、別にここで発揮してくれなくてもいいんだけどね!
最初から説明してもいいのだが、頭に血の登った状態で私の話を冷静に聞いてくれるかどうか。
「……困ったなあ」
どうしてこうも、事態がややこしい方向へ転がるのか。まだまだやることは山積みだっていうのに。
なんだか頭が痛くなってきて、小さな溜息を吐いた。