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第4話 ちがいます! 私は関係ありません!

 ──視界が、思考が、白んできた。


 多分、酸素が足りてないからだ。どうにかして抜け出したいが、拘束している力は透明で正体もわからない。


 誰か、誰かあの女に対抗できる人はいないのだろうか? 王座の周囲に兵士は何人かいたはずだ。それに強情騎士も。僅かな余力でそちらを窺うが、動く影はひとつもない。



「あ〜ん、ダメよぅ、余所見しちゃ〜! 私のこと見えてるのはぁ、貴女だけなんだから〜!」


「……っ、」



 それは、なんとも致命的で、絶望的だ。


 武器があったとしても、見えないものには当てられらない。

 そう、そういうのは少年漫画とかの主人公が修行して、心眼とかを習得するヤツだ。……認めたくないけれど、どうやらその役目は私らしい。

 だというのにこうして完全に動きを封じられ、後手に回っている今、文字通り手も足も出ない。


 無邪気に虚空を蹴る女は、あいさつとやらを終えたらしい。満足感に満ちた様子でこちらへ近づいてくる。女がしなやかなに顔に触れる温度だけが、現実感を伴って焦燥を駆り立てる。そのまま輪郭をなぞる指が、動けないままの顎を掬い上げた。



(……どうにか、しないと……!)



 このままでは嬲り殺されるだけだ。


 ああ、私はただコスプレイベントに行って念願のはぴ怪併せするはずだったのに。

 どうしてこんな目に合っているのか。


 せめて、せめてもう一人。あの女が見える人間がいれば──



「……っこのぉおおおお!!」



 まだあげとけない少年の声が、女の反響音にひびを入れる。

 投擲された諸刃の大剣が弧を描いて空を裂いた。

 しかし鋭い刃先が女に当たることはなく、鬱陶しそうに口をすぼめるだけ。



「もぅ、なによぅ!今いいところだったのにぃ~!」


「なにがいいところだよ!『無理矢理はだめ、愛のないキスは心が欠けちゃう』ってまーめいどちゃんも言ってたんだからな!」



(……それは、その台詞は……!)



 アニメ『はぴねす怪盗♡まーめいどちゃん』第8話『横取りは♡オレの専売特許!』のワンシーン。

 愛と幸せを守るはぴねす怪盗として活躍するまーめいどちゃんの前にライバルであるダークネス怪盗のゼトワールが登場した回だ。


『お宝と乙女の恋心を横取りすんのは、オレの専売特許だからな!』


 という名台詞(お察しかと思うが彼が登場するたびに使われる、所謂お約束というやつだ)と共にまーめいどちゃんの唇を奪ったのだ。好きな人がいるのにファーストキスを奪われてしまったまーめいどちゃん。ショックで目に涙を溜めながらも彼を諭すために発した台詞なのだ。そして彼女はこう続ける。


『私の心もね、少しだけ欠けちゃった。でもね、あなたの心はもっと欠けちゃうよ。本当に大事な人に出会ったときに、きっと哀しくなるから』


 自分より先に相手のことを思いやるまーめいどちゃんの言葉に心を打たれたゼトワールは彼女を好きになり、なんとか振り向かせようとするのだがそれはまた別の話。



「これ以上、“ピーちゃんさん”に手出しはさせないからな!」


「……っ!」



 一瞬、耳を疑った。

 身に馴染んだ、たった一人しか使わない私の名前。

 どうして、彼が。


 少年の姿をちゃんと見ようと使えない身体をめいっぱい捻り、力の限り首を向ける。



「ちょっとぉ、暴れないでぇ聖女ちゃん!」



 女の意識がこちらへ向く。それを見た少年は続けて細身の剣を投げつけた。



「もぅ〜! あぶないじゃない!」



 目の前を過ぎる銀の軌道。

 一瞬の間を置いて、頬に鋭く、一本の熱が走る。

 ……さっきより狙いは良かったらしい。

 私と女の間を抜けた剣先は皮膚と、透明な拘束の均衡を破った。



(……少しだけど、緩んだ……!)



 軌道に沿って捕縛する力が削がれている。

 そのせいで空中に留まっていた身体がバランスを崩し、重力に引き寄せられてしまう。

 このままでは、あの立派な大理石と顔面からこんにちはすることになる。

 趣味とはいえレイヤーをやっている身としては顔面複雑骨折は避けたいのですが……!



「ピーちゃんさん!」



 金属が床を叩く音が近くなる。

 束の間の空中落下、わずかに自由を得た視界で見た少年は、両手を広げて真っ直ぐに私を見上げている。

 ……うん、大丈夫だ。きっと彼なら受け止めてくれる。根拠はない。けれど。


『信じられる相手は、目を見ればわかるよ。とってもきれいで、触れてみたくなるんだもの!』


 第3話でまーめいどちゃんもそう言っていたし、確かにその通りだと思う。

 少年の瞳は、手を伸ばしたくなるような夜空の色をしていたから。



 ──ガシャン!



 骨に伝わる直地の衝撃。関節という関節が悲鳴を上げているが、大きな痛みはない。



「……間に、合った……!」



 お互いの鼻先が触れてしまうほどの距離にいる少年が抱きとめてくれていたから。

 見えない透明な空気の塊が、私を追って迫ってくる。蠢く波紋が遠くの景色をぐにゃりと歪める。



「……もう、こないで……!」



 必死に目を閉じて、少しでも遠ざけようと手を伸ばした。

 勝算があったわけではない。

 身動きが取れない以上、できることが限られていただけだ。



 ──きゅうううう!



 何か、大きな悲鳴が鼓膜を揺らす。

 いつくるのか、と構えていた拘束も閉塞感も、ない。

 おそるおそる目を開けると、視界が白い布で覆い尽くされている。透けるほど繊細な織物は私と少年を包み込み、透明な何かの猛攻を防いでくれていた。



「もう〜! せっかくこのまま連れて行こうと思ってたのにぃ〜!」


「……魔女って言ってたっけ。あなた、私に何の用?」



 身体にまとわりつく違和感は全て払拭されていた。

 少年に背中を支えらえれ、ようやく自由になった身で女と対面する。



「なにって、そんなの決まってるでしょう?」



 中空でステップを踏んだ女は、にっこりと笑みを湛えて黒のローブを脱ぎ去った。



「あなたとコーデバトルするためよぅ〜!!」



 顕になった黒の下は、ばっちり着こなしたピンクの甘ロリ系の衣装。

 ふんわりレースはふんだんに、カバンや靴もリボンで装飾されていてどことなく既視感を覚える。

 そう、例えば昨日の晩に私が作っていたような。

 例えば、行くはずだったイベント会場にたくさんいるような。

 具体的に示すのならば──コスプレイヤーの、ような。



(そ、そういうことかぁああああ!)



 こんな嫌な気付きって、この世の中そうそうない。


 まだ信じてないし正直認めたくないのだけど、仮に私が“聖女”として呼び出すに至る理由があったとすれば。それはこの趣味を──レイヤーとしての知識を生かすことに他ならない……!



(そんなバカな……!)



 狼狽える私とは裏腹に上機嫌な魔女はそのまま指で空気に文字を綴り始めた。



「今回は邪魔が入っちゃったからぁ、2週間後! コーデテーマは『ふわふわでエレガントキュートなおでかけ服』よぅ〜!」



(うわ、そういうのめっちゃ聞き覚えある……!)



 ピンク色に発光する指先は、何語かわからないけれどテーマを文字に起こしてくれているらしい。親切なんだか迷惑なんだか。



「また来るわねぇ〜! そのときはぁ、」



 ぐんと空気の塊が迫り、目の前がシルキーピンクで埋められる。



「ちゃんと、あそんでね?」



 恐ろしいほど美しい三日月を残して、魔女は姿を消した。

 淡い虹彩の中に映った自分の顔は、3日徹夜したときのようなひどい顔をしていた。



「聖女様! ご無事ですか!?」



 強情騎士の声に、現実感が戻ってくる。

 はっと気が付いたときには、あの白い薄絹は跡形もなく消えていた。

 見下ろしていたときには微塵も動いていなかった兵士たちが、ざわざわと宙に視線を送っている。



「魔女だ……! またやってくるぞ!」



 拘束も魔女もなくなった。

 残されたのは2週間後にと一方的に叩きつけられたコーデバトルの予告状。



「聖女さまっ……!」



 泣きそうな顔をした少女が駆け寄ってきて、大理石の上に膝をつく。



「お、お怪我は……!」


「……多分ない、と思う」


「よかったです、本当に……!聖女さままで連れ去られてしまったら、どうしようって……!」


「……どういうこと?」


「どうもこうも、その通りの意味でな」



 一通りの支持を終えたらしい国王が、元々厳つい顔を更に顰めてミスティリアの頭を撫でる。



「我が国では、魔女にコーデバトルを挑まれ、負けた者は何処かへ連れ去られる。誰一人として、戻ってきた者はおらぬ。……これをなんとかするのために貴殿を喚んだのだ」



 そうじゃなければいいのに、と半ば祈りを捧げていたけれど実際に言われてしまうと逃げようがない。

 どうしてこんなことに、と思いつつ、誰にもバレないように小さくため息を吐いた。

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