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第3話 ちがいます! 私は聖女なんかじゃありません!

(……ここは、一体どこなの?)



 彼にエスコートされ、連れて来られたのは出口などではなかった。それらしい階段なんかもあったのだが、『そちらではありませんよ』とやんわり誘導され、現在5mはゆうに越えるだろう大きな扉の前に立たされている。彫刻には詳しくないが、それでも彫られた人物の精緻さや造形の緻密さは圧倒されてしまうほど。教会や大聖堂のそれと類似する荘厳さ。少なくとも、コスプレイベントに貸し出しするような施設では絶対ない。



「着きましたよ」


「待って!? ここ、どこなんです!?」


「大丈夫ですよ、説明は中で」



 そうだった、こいつ話通じないんだった。


 身体を捻って駆け出そうとするが、彼に触れていた手をがしりと掴まれる。

 目に精一杯の疑心と怒りを込めて見上げるが、彼の笑顔が崩れることはない。



「大丈夫です。心配することはありませんよ」


「今まさに懸念事項が増えたんですが!?」


「悪いようにはしませんよ、ね?」



『ね?』じゃねえ! 可愛く小首を傾げても疑わしさは消えないからな!?


 全体重を後ろにかけて抵抗するが男の力に敵うはずもない。

 ずるずると引き擦られる形で扉へ接近する。重々しい石の扉が、開いていく。



「…………すごい」



 こんな状況にも関わらず小さく呟いてしまうほど、その空間は神秘と静謐さに満ちていた。

 広く開けたドーム状の天井は目一杯首を持ち上げても終わりが見えないほど。

 両側にあるアーチの窓からは光の梯子がかかり、キラキラと空気に色をのせる。

 壁にも柱にも使われた白い石材はロマネスク建築を思わせ、見るものをそれだけで引き込んでしまう。

 扉から真っ直ぐに引かれた青い絨毯の先には、威厳をそのまま形にしたような立派な椅子がひとつ。

 どう見ても、権威者の座る代物だった。



「……来たか」



 その威厳の象徴に腰掛けている一人の男性。たった一言発するだけで空気が凍る。

 この強情紳士の主人、そしてこの場を支配する人物だということは言われなくとも十二分にわかった。


 最早エスコートと言う名の連行のままに、眼前へと移動させられる。近くで見ればなるほど、壮年の男性らしい皺や髭をたっぷりとたくわえている。ほとんどロマンスグレーに染まった頭髪は、丁寧に手入れされているのが見て取れた。衣服にも随分と手間暇がかかっているようだ。胸元の金糸の刺繍の合間には宝石類も縫い止められ、1着作るのにいくらかかるか計算するのも嫌になりそうだった。



「……よくわからないんですけど。私に何か用事があるんですよね?」



 できることなら早く済ませて欲しいんだが。


 言外に含めた本音に気付いたらしい男性は右目に皺を寄せる。流石に失礼だったか? とも思ったが、会話の主導権まで握られては敵わない。ただでさえ身動きを封じられているのだ、多少強引なやり口でも許してもらいたい。

 壮年の男性は上から下まで私を見定めるように眺め、何度目かの瞬きの後に大きな笑い声をあげた。



「な、なんです? どこかおかしいですか」


「あっはっは! いや、なに、儂にそのような口をきく者はおらんからのう! 久方ぶりに会話を楽しめそうだと思ったまでよ」



 クツクツとまだ終わらない笑いを殺しているのを尻目に、周囲の様子を確認する。

 逃げられないよう私の腕を掴んだままの強情騎士の笑みは崩れ、さあっと血の気が引いているように見える。意識していなかったが、玉座の横には同じような鎧を着た人間が何人も並んでおり、総じて顔を青く染めている。その中で、一際若い少年だけが顔色を変えずこちらを見ている。しかし何故だろうか、まんまるに目と口を開いて、“驚いた”をそのまま具現化したみたいな表情をしている。


 少し気になったけど、「それにしても!」と国王みたいなかんじの人が大声で話を始めたので意識はそちらへ向けることにした。



「流石は聖女じゃな! 一国を治めただけの若輩者ではまだまだ青いということかのう?」


「……は? いや、そういう設定もういいので。早く用件だけ聞いて戻りたいんですが」


「まあ、そう慌てるでない。一口に戻る、と言ってもそういうわけにもいかんのでな」


「……? どういうことです?」


「ミスティリア、ここへ」



 ここまで全く説明がないことに少しだけ苛立ちを覚えながら、呼ばれたらしい人物を待つ。

 硬い床を叩くヒールと、上質な布の衣摺れの音。しゃなりと華奢な金属音を纏わせているのは、澄んだ青の髪を揺らした少女だった。俯向かせたままの顔は、ここからでは窺えない。整った身なりと胸元の刺繍から、壮年の男性と同じ、或いは近しい身分だと言うのは見て取れた。



「ここからは儂の娘が説明しよう」


「はあ、まあ、どっちでもいいですけど」


「ほれ、ミスティリア」



 急におじいちゃんみたいな口調で娘を促す国王(自称)に従って、少女──ミスティリアというキャラ名らしい──は緩慢な歩みで距離を詰めてくる。数歩分の隙間を空けた少女は、それでも顔を上げることなく床を見つめている。



「……も、」


「……ん?」


「申し訳ございませんでした!」



 ひええええ、なんだなんだ!?


 勢いよく下げられた頭と謝罪に困惑する。



「わ、わた、わたくしのっ……せいで! せ、聖女さまが、目覚めなくて……!」


「よ、よくわからないけど落ち着こ? ね?」


「み、3日も……! 意識がっ……戻らないって……!」



 うーんわからん! 事態が不明瞭すぎる!


 わたわたと下げられた頭を撫でてみるが、少女の喉から嗚咽は止まない。

 どうしたものかと強情騎士を見上げるが、彼は私の捕獲に勤めていて彼女を慰めてはくれないらしい。

 仕方がないので艶のある青髪をそのまま抱き抱え、とんとんと背中を叩いてみる。



「ほら、誰も怒ってないからね? ゆっくり話してごらん?」


「ほ、ほんとうです、か……? 貴女さまも、怒って、ないです……?」


「怒ってない怒ってない! だからほら、ね?」



 そもそもどこに怒ればいいのかがわかっていないだけだなのだが、それで少女が泣き止むならと適当に言葉を連ねる。

 くしゃりと歪んだ少女の顔が、ようやく私へ向いた。涙を溜めた瞳は、深海の色彩を汲み取ったような深い碧。まだ発達途中の幼い顔立ちは可憐という言葉が似合う、美少女と呼んで差し支えない顔面力だった。


 少しだけしゃくりあげた後、次第に呼吸が落ち着いたようで。すんすんと小さな啜り泣きを残して少女はようやく説明を始めた。



「……まずは、召喚に応じて頂きありがとうございます、聖女さま」


「待って、ちょっとまって!」


「はい、聖女さま」



 第一声から理解不能で頭を抱えたくなる。

 まあ実際は強情騎士に捕まったままなので片手で押さえることしかできないのだが。



「まずね、その“聖女さま”って誰のこと?」


「……? 貴女さまのことですが……」



 いやマジで『心底不思議です』って顔やめてくれないだろうか!



「説明させて欲しいんだけど、私は聖女なんてものになった覚えはまったく、これっぽっちもないんだけど?」


「……えっと? そんなことはありません、聖女さま。貴女さまは3日前、王家のしきたりに則り、召喚の儀によって異世界からお呼びしました」


「うん、だからね? そういう設定のラノベが流行ってるのはわかったから、私を巻き込まないで欲しいんだけど?」


「……ら、のべ、ですか? すみません聖女さま、わたくしたちの世界には存在しない言葉のようで……」



 申し訳ございません、と再び謝罪祭りを始めようとする少女を慌てて止める。



「いやいや、待って! おかしいでしょ! そんなことは実際には起こり得ないし、仮に召喚? だったとしても何の特徴もない一般人が選ばれるわけないでしょ?」



 一応向こうの説明に沿うように反論するが反応は今ひとつ悪い。

 一軒丸ごと、それもこんな豪勢な建物を貸切にするくらいの気合いの入れようなら撮影にキャラ設定とか口調とかもを持ち込む気持ちもわかる。だが、通りすがりの一般人を巻き込まないで欲しい。



「あっはっは! 面白いことを言うのう!」



 説明は任せる、と口を噤んでいた王様コスのおじさんが、堪えきれないとばかりに笑い出した。



「ただの一般人が、そんな奇抜な格好をしているはずがなかろう!」



 うーん確かに!!


 そう言われてしまえば、ぐうの音もまったくでない。

 普通に考えればこんな、着脱のしにくい上に装飾の多い服を着ているはずがない。


 そう、気が狂ったコスプレイヤーでもなければ!



「いや、おかしな格好なのは認めますけど! それはまた別の話で、」



 ──ドゴンッ!



「うぇええ!? な、なにっ……!?」



 堅牢なはずの白壁が大きく揺れる。音の大きさと衝撃からして、かなり近い。



「聖女様、失礼いたします」


「え? うわ、ちょっと……!」



 今まで片手を拘束するだけだった強情騎士が私の身体を抱え上げる。これがお姫様だっことかなら完全に乙女ゲームだったのだが、彼は右手で私を子どものように抱えて胸元まで持ち上げた。急に高くなった視界と不安定な足場に、思わず彼の頭にしがみつく。決して、断じて不純な動機などではない。けれど目の前でふわふわ揺れる金色のの髪からはびっくりするほどいい匂いがした。……いやいやそうじゃないでしょ私!



「ねえ、降ろして!」


「お怪我はありませんか?」


「怪我!? な、ないけど……」


「でしたら、そのまま掴まっていてくださいね」



 軽々と人間一人を抱えながら、左手で剣を抜いている。飛び降りようにも、右手の力が強すぎて抜け出せない。片手ならいけるだろうと思ったけどこれ無理です、鍛え方が違う。混乱に乗じて脱出、は早々に諦めることにした。


 場は混乱しているのに急に思考だけは暇になって、そういえば部屋に来たときも右側に帯刀してたな、などとどうでもいいことを思い返している間に王様っぽいおじいちゃんは怒号を散らしている。


 椅子の周りに規則正しく整列していた兵士コスの方々は王様おじいちゃんを守るように陣形を組んでいるらしい。金属の擦れ合う音の狭間で、先程の少年の目線がこちらへ刺さる。本当にどうしたんだろうか。


 覚えはないが知り合い? 人の顔を覚えるのには多少自信があるが、あのくらいの年頃の子に面識はない、と思う。けどレイヤーとして出会っていればわからないかもしれない。メイクで顔など540°くらいかわってしまうのだ、素顔だったらわからない可能性はあるが。


 取り留めのないことを考えているうちに、広間に走り込んでくる一人の兵士。おそらくは見張り役のレイヤーだ。ほんとに設定を徹底してるな、感心する。この心意気は見習わなければ。

 長い絨毯を駆け抜けた兵士は、息を切らせて椅子の足元に跪いた。



「報告致します! 襲撃です、魔女の襲撃です!」


「なんだと……!? 予言より早いではないか! 一体何処の国の、」


「はぁ〜い! ご紹介に与りまして〜!」



 この場に似つかわしくない、ゆったりとした女性の声が。

 右から、左から。上から、下から。──そして、真後ろから。

 空気の全てを伝って響いてくる。



(……なに、これ……!)



 スピーカーなどではない。鼓膜の裏側をゆっくり、ゆっくりと。

 官能的に指でなぞられているような、強烈な忌避感。普通では感じ得ない、異常な感覚。五感ではないところが刺激され、バクバクと心臓が警鐘を打ち鳴らす。

 ぎゅっと身が竦み、無意識のうちに金の髪に縋りついた。



「あ〜! そこねぇ〜?」



 なにかを見つけたらしいその声は、心の底から楽しくて仕方がないと、笑いを含んだままゆらゆら揺れて、



「あは! みぃつけた」


「……っ!?」



 甘く、脳髄に届く異常感。

 耳朶を食むほどの近さに、声の塊があった。

 咄嗟に払い除けよるほどの余裕は、私にはなかった。



「聖女様!」



 突如視界が反転し、全身を浮遊感と圧迫感が這い回る。

 見えない力の奔流で上に巻き上げられている、らしい。



「……ぐ、んぅっ!」



 喉元が締め上げられて、声はおろか呼吸すらまともにできない。

 酸素を求めて開いた唇に、しっとりと濡れた柔らかいものが押し当てられる。



「や〜っぱり! あなたね? 噂の聖女ちゃんは〜!」



 逆さの景色の中に忽然と顕われた女はぺろりと舌舐めずりし、ぱっちりと快活そうなシルキーピンクの瞳を三日月の形に歪める。揃いの色の長い髪は緩く巻かれ、風もないのにふわふわと宙を舞う。肌は陶磁器のようにほの白く、よくできた人形なのではないかと錯覚するほど。

 けれどその儚げな色の全てを、真っ黒に染まったローブが黒く塗りつぶしていた。



「あらぁ、自己紹介がまだだったわ〜! うふふ、いけないわ! 今日はご挨拶に来たのだもの〜!」



 空中で軽やかにターンしてみせたその女は、口元に悠然と弧を浮かべて麗しくお辞儀をひとつ。



「はじめまして、聖女様! 私たちはクーチュリェール! そうねぇ、貴女にわかりやすく説明するのなら〜、」



 優雅に伸ばした手は黒のローブへ。

 真っ黒なフードがシルキーピンクの髪を覆い尽くし、蠱惑的な瞳は暗い光を帯びる。

 ……この目を、私はよく知っている。相手を敵だと知覚する強い眼光。

 己の正義を成すためなら、何をしても構わないと信じている色。

 ──私の、一番見たくない色。



「わる〜い魔女でぇ、あなたたちの敵なの!」



 花を散りばめた美しい微笑みは、この世で最もおぞましいものに見えた。

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