魔法少女ローザ ~仲間は人外ばかり~
朝、テレビを付けるといつものニュース番組でコメンテーターたちがさわやかな笑顔を浮かべながら映っている。
次のニュースです。
昨夜、秘密結社ブラックシェルターの襲撃を受けた会社のビルは魔法少女たちによって建物の一部が消失する損害だけで済んでおり~~……。
いやー、被害が一部だけでよかったですねぇ、一昨日の工場は全焼したとか。
学校へ行くための準備をしながらテレビの内容を聞き流す。
顔を洗い、髪を整え、高校の制服に着替えるとちょうど同居人の一人が朝食を作り終えテーブルへと並べてくれているところだった。
「おはよう、レッドローズテレビ見た? 僕らの事また特集してたよ、謎に迫る! 魔法少女の秘密! って」
こんがり焼けたベーコンから香ばしい香りが漂い、私好みにきっちり半熟で焼いてくれた目玉焼きにしおを振って、別のお皿にはパン屋で売られているようなクロワッサンやテーブルロール、最後にミルク多めに作られたカフェオレを私の目の前に置いて、嬉しそうに話しかけてくれる彼。
「朝からその名前で呼ばないでくれる? スライム」
「もう、僕のことはブルーローズって呼んでくれないとご飯溶かしちゃうよ」
「あー、はいはい、悪かったわね、ってあんたまた床が水浸しなんですけど……」
「あ、いけない、あとで片づけておくね」
てへっとわざとらしく笑いながら透明な液体のような腕を伸ばして近くにあったバスタオルを引き寄せて濡れた床の上に置くスライム。
正直笑ってるんだろうなとかは声のテンションだけで判断してるし顔だと思わしき部分には生まれる直前のメダカの卵みたいなのがあるだけで、本当にそこが顔なのかすら怪しいのだが……。
おそらくご機嫌であろうスライムは放置して、私は定位置である席に座って用意された食事に口を付けつつ時計をみる。
時計の針はちょうど七時を指していた。
「ううぅ……、飲みすぎた……」
「うわっ、ブラックローズ酒くさ! レッドローズに悪いからこっち来ないでよ!」
ご飯を食べていると背後からおびただしい酒の匂いが漂ってくる。
「うるさっ、叫ばないでくれる……、うっ!吐きそうっ!」
「わわわっばか!僕の上に吐かないでよー!」
げーっ
「ぎゃーーーー! やだー! 体に混ざるぅぅううううう! この馬鹿虎ー!」
哀れ、怒りながら近づいたスライムはそのまま被害にあった。
正直私も音声だけで気分悪くなっちゃった……うぇ。
背後から変わらずの酒臭ささ。
それに合わせて何とも言えない匂いと悲鳴で大騒ぎだ。
よし、後ろの惨事は知らん! わたしには時間がないのだ! 振り返ったら負けだ。
そう決意するとすでに失せた食欲を何とか引き出し、味のしなくなった食事をお腹を満たすためだけにかき込んだ。
極力息を止めて。
そうやって食べ終わったあとに時計を見ると七時三十分をさしていた。
持っていくものの確認をするかな。
立ち上がって食べ終えた食器を流しへと持っていく。
ちらりと横目でスライムたちの方を見ると怒ったスライムがジャケットを羽織った虎の首を絞めていたが、とりあえず無視して私に割り当てられた部屋へと向かう。
その途中で背後から軽い衝撃とともに何かがべったりと抱き付いてきた。
「おねえちゃーん、どこいくの?」
「学校だよ、離して」
「えーやだー、ね、僕と一緒に巣穴作ろう、でその中に籠ろうよ~」
「むり、背中に匂いも付けないで」
すりすりとマーキングするようにもぞもぞ上下に動く感触に寒気を感じながら背後に手を回し首根っこ掴むと引きはがして正面へと持ってくる。
「ええぇぇ、だっておねえちゃんは僕のだからマーキングしとかないとぉ!」
「だれがあんたのだ、ウサギの物になった覚えはないわよ!」
小学生くらいの大きさに頭から生えた長い耳がピンと立っているウサギが掴まれたまま頬膨らませながらぶら下がっている。
「だいたい、僕はウサギじゃなくてイエローローズだしぃ~、おねえちゃんはレッドローズだしぃ~、学校なんていかなくていいじゃん」
「朝からそうやって、その名前で呼ぶな!」
ぽいっと勢いに任せてウサギを投げるが綺麗に着地されてしまう。
そのまま抗議の声を無視し自分の部屋へと駆け込むと鞄を持って急いで玄関へと向かう。
このままここに居たら遅刻するっ!
そう思って玄関を開けようとするとちょうど扉が開いて中に人が入ってくる。
「やぁレッドローズ、もう学校に行くのかい? 早いねぇ」
「だからその名前で呼ぶなぁああ! というかそこ邪魔! どいて司令!」
「元気だねぇ、いってらっしゃーい」
ひょいと退いた司令の真横をすり抜けて私は駆けるように学校へと向かった。
学校。
朝から疲れた……。
教室に着くと時間も早いためか誰もいなかった。
自分の席についてそのままうつ伏せになると朝早い時間であることと静けさも相まって眠気が襲ってくる。
ねむ……、夕べも遅かったもんなぁ……、だいたい未成年に魔法少女とか言って夜に戦わせるっていかがなものよ……。
そう、考えながら私は今の現状になった出来事を思い出していった。
数か月前
「ねぇねぇ、お嬢さん魔法少女に興味ない?」
「は?」
父親が失踪し、母親も心労から倒れ生活が苦しくなってきた私はその日アルバイトの求人を見ていたら、見知らぬおっさんに声を掛けられた。
これが司令との出会いである。
正直全身茶色にサングラスのおっさんにそう声を掛けられた時は警察に駆け込もうとした。
怪しさしかないし……。
でも、詳しく話を聞くと、なんというか金払いがよかったのだ……、うん。
一ヶ月魔法少女するだけで衣食住、各種保険保証付きで十五万くれるって……。
当時貧困にあえいでた私は食いついた。
そして、すぐに後悔した。
紹介された仲間は全員、人外だったから。
ブルーローズことスライム。
家事全般が得意で今住んでいるところの家事はすべて彼がしてくれる。
変身すると青い髪と瞳が美しい少女になる。
ブラックローズこと虎獣人。
酒癖が悪く、戦闘後は興奮するとか言って居酒屋に駆け込む悪癖がある。
変身すると黒曜石のように美しい髪と金色に輝く瞳のコントラストが美しい少女になる。
イエローローズことウサギ獣人。
年中発情……げふっ! 縄張り意識と所有欲求が強いウサギ。家中の物や人にマーキングして歩く悪癖持ち。
変身すると金色の髪に金色の瞳で夜空を舞う美しい少女になる。
そして最後。
レッドローズこと私。
いたって平凡な女子高生。部活は空手。
変身すると赤い髪と瞳が特徴的な美少年に変身する。
「いや! おかしいだろ! 魔法少女じゃないのか!?」
ざわっ!
寝ぼけて飛び起きるともうホームルーム開始五分前だったらしい……。
周囲が驚きこちらを振り返っていた。
「あは、あははははは……、す、すみません」
私は恥ずかしさで小さく縮こまるしかなかった。
お昼休み
「もう、びっくりしたよぉー朝は、突然魔法少女だなんて叫びだすんだから」
「ごめんって、寝ぼけてたんだよ」
いつもの友達といつものようにお昼ご飯を食べる。
私は朝の出来事を話題にされて顔を赤くするしかなかった。
「でも、魔法少女かぁ~最近話題のローザすごいよねぇ」
「うんうん、昨日もブラックシェルターってやつを倒したんでしょ?」
スライムが持たせてくれたお弁当に入っていた卵焼きを口に入れて咀嚼していると昨夜の出来事を数名の友達が話題にして語りだす。
殆ど、朝のニュースで言っていた内容だけど……。
もくもくと黙ってお弁当の中身を咀嚼していると魔法少女談議に花が咲いたのか友達二人はどんどんとテンション高く話をしていく。
「いやー魔法少女ローザいいよねぇ、でも、魔法少女なのにレッドローズ様はいるんだろうね、男なのに私はかっこいいから好きだけど~」
「わかるー、他もすっごい可愛いけど私はレッド様抱かれたいっ!って思う、キャー言っちゃった」
黙して語らない私をよそに友達は好き好きに話しながら勝手に照れたりして騒いでいる。
目の前で語られる萌え談義……。
い、いたたまれないっ、私はそんなっ趣味ないからな!
自分にとって壮絶な内容に耳を塞ぎたくなる衝動にかられながらも必死で何でもないように相槌を打つ。
絶対に目が死んでる自信がある。
私にパラメータケージがあれば音を立てて勢いよく減っていってるんじゃないかと思いながら友達二人を眺めているとさらに爆弾が投下される。
「あ、そうそうレッド様っていえば最近私ね、レッド様の夢小説書き始めたんだぁ」
「えーうっそぉ、そこに手を出す? ナマモノやばくない?」
「いやそれが結構大手サイトとかでもあがっててぇ~」
何だ……、ゆめしょうせつって? は? わたしの?
恐ろしい、目の前で地獄の会話がなされている。
恐ろしさのあまり手を止めて意識が飛びそうになったその時。
ドカーン!
ジリリリリリ!
けたたましい音ともに緊急サイレンが周囲に鳴り響いた。
「え? うそ! 火事?」
「でも今爆発音が!」
騒然とする教室に生徒たちがおろおろとするなか校内放送が鳴り響く。
『緊急放送です、たった今本校は秘密結社ブラックシェルターからの襲撃を受けました! みなさん危険ですからむやみに外に出ないように!』
「ブラックシェルターって、うっそ! 学校なんて襲うの!」
「やだぁーーたすけてぇレッド様ぁああああ」
校内放送が終わると一層生徒たちは騒ぎ泣き始める。
サイレンの音と生徒たちの喧騒の中、私は場所を変えるべく携帯を片手に教室を飛び出した。
飛び出した際に背後から友達が叫んでいるのが聞こえたが、適当に返事をしてそのまま廊下を走る。
「なんでブラックシェルターが学校なんか襲ってくるのかわからないどっ、とにかくどっかで変身してっ」
「あー、レッドローズいたぁ~」
混乱し泣き叫ぶ生徒たちであふれる廊下の真ん中でスライムがのほほんと立っていた。
周囲の生徒は気絶したように倒れている。
阿鼻叫喚図じゃないか。
「スライムって、まさかお前そのままの姿で来たのかぁ!」
「うん、大丈夫だよ、僕の姿を見た子はもれなく、健やかな眠りにつけるから~」
うふふ~と笑いながらスライム目撃者に対してスライムは透明な腕を伸ばし手から出た透明の液体をかける。
掛けられた生徒はそのまま気絶したように倒れて寝息を立ててしまう。
「いや、これ完全にスライム加害者」
「そんなことないよ、全部ブラックシェルターのせいになるから大丈夫」
「何一つ大丈夫じゃない、あああもう、早く変身して倒すよ」
「おっけー、ブルーローズ、メタモルフォーゼ!」
どこから出したのかわからない携帯を天に掲げるとそのまま白い霧のようなものが現れスライムは美しい美少女へと変身していく。
手足がすらりと伸び、ぱっちりとした青い瞳に美しい海を連想させる髪を頭の上で一つに結び青いリボンでデコレーションする。
フリルのついた青色がベースのショートドレスは背中にリボンと星をちりばめた大きめのリボンがアクセントになっている。
スライム時から比べたら完全に人間でそれも美少女だ。
「うん、おっけ~、あれ、レッドローズは変身しないの?」
「いや、目撃者とかいたら困るから」
「だいじょうぶだよ、この辺の子はみんな僕らで寝かせてるから~」
「あ、そう……、まぁじゃあ早く変身しよ……、レッドローズ、メタモルフォーゼ」
手に持っていた携帯を天に掲げると赤い炎が周囲に広がり私一人の空間を作り出す。
体は普段より一回り大きくなり、髪は黒から赤へ。
短くなるとアクセントのように黒いミニハットが現れ髪を彩る。
手足が伸びてたくましく筋肉が付くと赤を基調とした燕尾服をまとい、手にはグローブ代わりのテーピングがまかれる。
変身が終わると私は元の面影も一切ない男へと変身していた。
「きゃー、やっぱりレッドローズかっこいい、僕お嫁さんにしてほしいよ~」
「勘弁して……、それよりもイエローローズとブラックローズは? ってか敵は?」
腕に抱き付くブルーローズを引きはがして周囲を見回す。
すると運動場で敵と戦うブラックローズとイエローローズの姿をとらえることができた。
「もう、戦ってるじゃない!」
「そうだよー、だから早く行こう~」
「えぇ!……っと、口調口調、さぁ!いくぞ!」
気合を入れなおすと窓から飛び出し運動場へと降り立つ。
魔法少女というだけあって多少高いところから飛び降りてもダメージなどは一切入らない。
身体能力も上がっているおかげで視力なども普段とくらべると倍で相手の動きがよく見える。
「あああぁ、おそいよ~レッドローズ、ブルーローズ、ぼくもうつかれたぁあ」
「はん、お前らが来なくてもあとちょっとで倒せたんだがな!」
敵と対峙しながら泣きわめくウサギ獣人ことイエローローズ。
こちらを振り向きながらも勢いのいい言葉を放つ虎獣人ことブラックローズ。
二人とも普段の姿など想像がつかないほどの美少女である。
そんな美少女の前に立ちふさがる敵は赤い瞳を怪しく光らせた灰色の巨大化ネズミである。
溝にいたのかわからないが、とてもきついにおいを周囲に漂わせている。
「おい、こいつ臭いからレッドローズお前弱らせろ」
「なんでだよ! ここは普通にみんなで攻撃だろ!?」
ブラックローズが手で鼻をつまみながら私に向かって偉そうに指示を出す。
というか、さっき倒せたっていってたんだから来る前に倒しておけよ!!
「ほらぁ、みんなで一斉に攻撃するわよ~」
「そうそう、ぼくらがえんごするから、レッドローズとブラックローズは前をがんばって~」
ロケットランチャーを構えたブルーローズと手りゅう弾を構えたイエローローズが少し離れた所から大声を出す。
いつの間にそんなに離れた。
「ってか、その武器は何!?」
「「マジックウェポン(現代武器)」」
「当て字と漢字が合ってない!?」
普段から後衛の二人だけどそんな武器持ってるの見たことないぞ!? 銃刀法違反で捕まるよね?!
痛む頭を抱えてうずくまりそうになるのを必死に耐える。
そういえば、昨夜もなんか武器持ってて爆発起こしてなかったっけ?
「っち、仕方ない行くぞレッドローズ、イエローローズがまた建物壊す前に敵を倒すんだ!」
「あぁ、やっぱり昨夜も壊してましたよねぇえぇえええ」
記憶の隅に追いやっていた昨夜の惨劇がブラックローズの一言で思い出される。
昨夜の二の舞を阻止すべく、私とブラックローズは溝の匂いがする巨大ネズミへと攻撃を開始したのであった。
その後、私とブラックローズの健闘あって学校は破壊されることなく巨大ネズミを倒すことができたのであった。
とある空間。
本来であれば人間が行き来できない空間に司令と呼ばれた男が大きなモニター画面の前に立っている。
周囲には人間とは思えない生物たちが集まって食い入るように画面を見つめている。
「どうですか?皆様、魔法少女たちの活躍は」
戦いが終わり、司令がそう問いかけると周囲の生物たちは、それぞれ嬉しそうな表情をたたえ口々に語り始める。
「すばらしい」
「なんという、活躍、こちらでいた時には考えられない動きだ」
「本当に、先生にまかせてよかったわぁ」
「うちのこ、楽しそうでよかったわ、レッドちゃん本当にお嫁に来てくれないかしら?」
「あら、それならレッドちゃんはうちに来てほしいわぁ、でも人間だからねぇ」
「そうねぇ、残念だわぁ」
まるで子どもの授業参観をしているようだ。
そう、司令は感じつつ頭を振る。
違う違う、しているようだ、じゃなくて本当に授業参観だった。
秘密結社ブラックシェルター。
その正体は魔法少女をしている人外たちの親である。
元居た世界では不良扱いされていたスライムと虎獣人とウサギ獣人。
そんな彼らとたまたま出会った元研究者だった司令は、彼らの超能力を研究させてもらう代わりに人間界で立派に暮らせるようにサポートする。
それが始まりだった。
子ども達を預からせてくれと親たちに願い出た際、親から「子供を見守り力を付けさせてあげたい」と願われ秘密結社ブラックシェルターを設立。
気付けば魔法少女VS秘密結社ブラックシェルター(授業参観)が恒例になってしまった。
しかも、魔法少女、意外と儲かる。
テレビ取材や雑誌取材、秘密結社ブラックシェルターがらみじゃなくても警備の仕事を請け負うこともある。
研究もできる。
レッドローズに金を払っても余りある儲け。
しばらくは、彼女たちには悪いが儲けさせてもらおう。
そう、司令は思いながら目の前の親御さんたちの相手をこなしていった。