第1章 『新たな生活の始まり』 ④
俺は鏡で自分の姿を確認したあと、エドの車に乗ってとある場所に向かっていた。どうやら4人が待っているらしい。
「さっきの件だが」
エドが話す。俺はエドに次を喋るよう目で諭した。
「実はな、これから会う4人の中に1人だけ、お前と似たようなことを言ってる奴がいた」
まさか。そいつも……
「ああ、お前と同じ」
俺と同じく、死を選んだ人……
「"異世界転生者"だ」
「…………は?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「い、異世界転生、ですか……俺そんなこと言ったっけ」
「いや、お前は言っていない。だが、そいつが『私は異世界から来た』と言っていてな。最初は頭を強く打って勘違いしているのかと思ったが、何も異常は無いし普通に言葉だって通じる。なのに異世界から召喚されましたの一点張り。無茶な話だろ?ちなみにそいつは一番最初に保護したやつだ」
「はぁ……」
尚もエドのペースで話が進む。
「最初のやつがそんな感じだったから、次に保護したやつも頭のイカレてるやつだと思ったけど、そっちは至って普通。まぁ気づいたら渋谷にいるっていうのはちっとも普通じゃないけどな。」
「じゃあ、1人目以外は全員この世界の人なんですか?」
そうだ、とエドが頷いた。
「つまり2〜4番目までは、ただ意識を失って渋谷に倒れていただけだと。そういうことですか?」
「そう、現金を裸で持ったまま、"宮下公園"に倒れていたそうだ」
「え?宮下公園ですか?」
何だと?俺は思わず聞き返してしまった。その反応を見たエドは薄ら笑いを浮かべ、
「反応がいちいち1番目のやつと似てるな。そうだ。お前と1番以外は宮下公園。お前ら2人はスクランブル交差点に寝そべっていたんだろ?通行人の邪魔すんなよ」
「別に俺が好きで倒れてたわけじゃないですし!俺のせいにしないでくださいよ……」
エドの悪口にツッコめる程度には俺も落ち着きを取り戻した。
ところで、
「そういえば、エドさんってどこ出身なんですか?」
「……お前それ聞く?ああお前この世界の住人じゃないもんな」
「……出身地聞くことに何かまずいことでもあるんですか?第一、この世界の住人じゃないとか言ってますけど、恐らく世界線が違うだけじゃないんですか?」
「……世界線が違うだけ、か。多分それ間違えてるぞ?」
「そうなんですか?」
「恐らく、お前が1人目と同じなら、」
エドは一呼吸置き、
「この世界は、お前らが生きていた世界から見た未来だ。」
「未来……」
俺はエドに質問したことを完全に忘れ、今は未来だというフレーズに釘付けになった。具体的にいつなのだろうか。俺はエドに尋ねた。
「実はそのセリフ1人目も言ってたんだよ。今は西暦何年か、って。でもな、そいつ、俺が年を言ったら、急に頭が痛いとか言って、暴れはじめたんだよ。拒否反応っていうの?そんなのが起こってたぞ。」
「……そんなにやばかったんですか?」
「ああ。言葉で表せない。というか言葉にするのがタブーじゃないか?」
「……そうですね。今その子はもう回復しているんですか?」
エドの倫理観と俺の考えはどうやら似ているようだ。俺はその言葉に同調し、その子の容態を確認した。
「『その子』って。お前の方が多分あいつより年下だと思うけどな」
そうなのか。
「まああいつも寂しがってるだろうから声かけてやれよ。同じ異世界人同士何か通じる部分は出てくるだろ」
「だから異世界人じゃないですって」
* * * * * * *
俺らは渋谷署を出発し明治通りを進んだあと、狭い入り組んだ道路を走っていた。一体どこに向かっているのか。
あと、車に乗っていて、一つ気になることがあった。
「……なんか車少ないですね」
「そりゃそうさ。組織が『走行税』なんてものを作り上げたせいだな」
走行税。まさか本当に実現していたとは。
「走行税ですか……。それを毛嫌っている人が多いんですかね」
「まあ大半はそうだろう。規定も色々と細かいし」
俺はエドから走行税について色々と聞いた。警察車両、救急車、消防車は特例で税金がかからず、都営バスは運賃に既に組み込まれているようだ。
その他小型車両と大型車両、走行距離、走る道路によって税額が変わってくるらしい。
また、前を走る車を見てみると
「うわ、ガチで無人運転じゃん……すげー……」
俺はCGとニュースでしか見たことがなかった自動運転の様子を間近で見れてとても嬉しく、そして興奮している。
「俺のいた時代はまだそこまで普及していなかったんですよね。これタクシーですか?前走っているのって」
俺は前の車を指差す。
「多分そうだろうな」
エドは素っ気なく返す。
やはり未来の日本、いや世界は自動運転しかり、AIがかなり働いているのか。
「でも警察車両は自動運転じゃないんですね」
「別にこの車だってやろうと思えば出来るぞ?自動運転くらい。だけどな、俺は自分で運転するのが好みなんだ。」
人によって自動運転する人としない人がいるらしい。
「本当に何も知らないのかお前」
「いや知らないってわけじゃないです。俺の知っている東京と変わっていない部分も少なくないですし」
「さっきも同じようなこと言っていたな。例えば?」
「東京タワーがあるところ」
「お前……どれだけ前からあると思ってんだ」
俺はあえて当たり前のことを言った。なんとなく、フランクな気分になりたかった。
当たり前のことを言って、相手に苦笑いされる。けどその苦笑いはのちに笑いの種となる。俺は保険をかけたのだ。それは逃げと捉えられるかもしれない。
俺が今適当に返した言葉は、なぜか、一種のしこりとなって自分の心に残ってしまった。
俺は今まで見ていた景色から目を逸らし、下を向いた。肩の力を抜きたかった。
「どうした急に。緊張してんのか?」
そうかもしれない。ただ、何に対しての緊張か。
「まあお前の保護者となってくれる、橋本先生は必ず優しくしてくれるぞ。」
「橋本『先生』?学校で先生やってるんですか?それか塾か」
「いや、研究者だ」
その話題に興味が湧いた。俺はうなだれた首を上にあげた。
「研究者?何の研究をしているんですか?」
「それはお楽しみだ」
エドにもったいぶられてしまった。俺は若干の苛立ちを覚えたが、こんなことでいちいち怒ってはいられないと、気持ちを切り替えた。
俺は再び窓の外を眺める。大きな通りに出ていた。道路標識には「山手通り」と書いてあった。本当にどこまで行くのだろう。
車窓を眺めつつ俺は考える。なんというか、やはりこの短時間でエドとは随分親しくなった。彼の人柄の良さのおかげだろうか。旅行先で知り合い、仲良くなった人。感覚的にはそんな感じなのかもしれない。
「あぁ、あと大事なこと言い忘れていた」
俺は車窓から目を離しエドの方を見る。
「この世界では、極めて重要なことだ。これから行く場所でももう一回説明されるとは思うが、まぁ先に入れ知恵しておくのもいいだろう」
「分かりました」
俺はエドの話を真剣に聞く。
「簡単に言うと、この後お前の体内にマイクロチップを埋めさせてもらう。これは義務だ。従わない限りは未来はないと思え」
……なんだって?