第1章 『新たな生活の始まり』 ③
「ちょっと、手、貸してくれませんか?」
俺はそばに寄ってきた、"POLICEのジャケットを着た人"に向かって言った。
「どうされましたか?床に倒れ込んで」
女の人の声だった。さっきまでいた数名の警官の中に、女性はいなかったはず。となると、
「……なるほど、業務交代の時間だったのか……。あいつらその隙を狙ってやったのかよ」
交代の時間を知っているところを見ると、やはり彼らはここら辺にいる常習犯なのだろう。
「?」
女性警察官は俺の独り言に首を傾げる。
「いや、財布を盗まれちゃって……。で、俺が無理に抵抗しちゃったせいでここ蹴られたんすよ……」
俺は肋骨を押さえながら女性警察官に向けて言った。
「そ、そうだったんですか!えっと、犯人の特徴は?」
「男3人組です。簡単に言えば銀髪と金髪と革ジャンですね。3人とも180cmほどあって、特に革ジャンはラガーマンみたいな体格でした」
「分かりました。肋骨の骨は今どのような状態ですか?立ち上がれます?」
俺はなんとか自力で立ち上がることができた。そして歩行も、おぼつかない足取りではあるものの、なんとかできた。
思ったほど重症ではなさそうだ。
「大丈夫そうですね。でも念のために一度骨の画像撮った方がいいかもしれませんね。軽く詳しい事情を聞いた後、近くの病院まで送りますので——」
「おい佐々木、何をしている」
横から突然男の声がした。身体はかなりデカい。
「あ、エドさん。怪我人の手当てです。」
「何があった?」
エドと呼ばれた警官はは俺の方を向き、事情説明を要求してきた。俺は答えようとしたが、
「あ、支部の中にしませんか?暑いし、なんか周りに人だかりできているので……」
警察の佐々木さんが提案をしてくれた。だがその前に、俺はさっきから気になっていたことを聞かずにはいられなかった。
「あの……あそこに誰か代わりの人いなくて良いんですか?」
俺はさっき警察官がいた場所を指差す。
「…………そうだな。代わりに誰を置く?まぁマスクと岸田でいいよな」
「それが順当ですね。……あの2人なら絶対渋るでしょうけど」
「まぁ俺だって急に言われたらそう思うさ」
少々の沈黙の後エドがそう言った。2人の間で会話が弾む。ただ、両者ともに代役を置くのに抵抗があるのか、苦笑いで話している。
会話を終えたあと、エドは腕につけていた腕時計のようなものに向かって何やら声を録音し始めた。
「『緊急事態発生。井の頭通りにて急病人発生。これから処置を行うため、岸田、マスク、以上二名の応援を要請する。』……これであいつら来るだろ」
「そんな緊急じゃなくても良いんですけど……なんかすみません……」
「別に気にすることないわ。私たちも何回かやられたことあるし」
そうなのか……。俺は後ろめたい気持ちになった。
やがて岸田とマスクが到着し、ぶつぶつ文句を言いながら、「15分で終わらせる」という男の言葉を信じ、警備をすることになった。
* * * * * * *
2人が位置についた後、俺らは渋谷警察署に向かった。渋谷署は、六本木通りと明治通りの交差点角に立っている。茶色いビルで14階建て。かなり交通量の多い場所に立っている。
俺らは渋谷署まで徒歩で向かった。その道中、実は色々街並みが変わっていたことに気づく。
例えば、かつて首都高速渋谷3号線は歩道橋の上を走っていたが、現在の渋谷は東口西口共に歩道橋がきちんと整備され、見た目が良くなり歩きやすくなっている。
また渋谷スクランブルスクエア、ストリーム、ヒカリエが立ち並んでいるエリア周辺はとても混雑しており、警官2人に連れられる俺は通りすがりの人にめちゃくちゃジロジロ見られた。
俺が今までニュースの中で見てきた光景が今現実となっている。東口も西口も中央口も、見違えるように変化していた。再開発が完了していた。ということはやっぱり俺は未来に飛んできたのか?
そんなことを考えていると、あっという間に渋谷署に到着した。俺らはエレベーターに乗り6階で降り、エレベーター近くの部屋に入った。人の出入りが激しいフロアだ。
部屋に入ると、そこにはデスクが並ぶ至って普通の会社同様の光景が広がっていた。そして俺はその大きな部屋を進み、応接室と書かれたガラス張り部屋に佐々木さん、エドを含めた3人で入る。
2人がけソファーが2つあり、俺と佐々木さん&エドという配置で座った。
俺が座ると、エドはいきなり質問をしてきた。
「じゃあまず、最初に一つ質問。盗まれたのは本当に財布だけ?」
俺はもちろん頷く。
「え、っていうことは、その時持っていたのは財布だけなの?」
「そうです。ちょうど東急ハンズで買ったばかりのやつを取られました」
俺は佐々木さんに対し事実を述べた。だが、この俺の発言にエドが鋭い一言を返す。
「……じゃあお前、それ以外の荷物は?スマホとかカバンとか。もしかして財布だけ持っていたのか?」
あ、、、
「確かに。普通財布だけで出かけないもんね」
やばい。エドと佐々木さんに突かれ、俺は動揺する。そして、エドが信じられないことを呟いた。
「お前もしかして、現金だけ持ってなかったか?」
「……え?」
なぜそれを知っている?俺はエドの推理能力にびっくりして、声が思うように出なかった。
「図星か……。これで5人目だぞ。しかも3ヶ月で」
「やっぱり変ですよね。しかも全員、気づいたらポケットに金が入っていたとか言ってましたし。……もしかして君もそうなの?」
「…………はい」
俺は沈黙したあと頷いた。というか、頷くしか選択肢がなかった。
ただ、今の会話で気になるところがあった。
「5人目ってなんですか?俺以外にもいたんですか?こういう経験した人が」
「ああ。過去に4人いた。だからお前は5人目だ。そいつらは全員気づいたらなぜか渋谷で金だけ持っていたそうだけどな。お前もそうなんだろ?」
俺は再度頷く。でも、過去にこういう事例があるということは思いもよらなかった。
「その4人に会ってみたいな……」
思わず本音が出てしまった。俺は慌ててすいませんと言ってしまった。すぐ謝るのは俺の癖だ。
「ふふ、会いたい?でもその前に」
佐々木さんが立ち上がり応接室のドアを開けた。
「自分の姿見てみな?きっと驚くから」
驚くとはどういうことか。俺はよくわからないまま、佐々木さんの後をついて行った。
フロア内を歩いて俺らがやって来たのは給湯室。未だにあるのか、と俺は感心する。
「鏡見てごらん」
俺は自分の姿を見る。
そして、驚くことに
「えっ……誰?え?は?顔……誰の?」
見たことない顔が、驚いた表情をしていた。俺は動揺を隠しきれない。
俺が鏡でいつも見ていた顔と大きく異なる。目の色や髪の長さ、体型至る所が変わっていた。唯一声はそれほど変わっていなかった。
「なんか……子どもっぽくね?子供っぽいっていうか若返ったというか……」
「ちょっと待て。若返っただと?」
俺が独り言を呟いていると、エドが俺の一言に食いついて来た。
そう、俺は実は前世界を終えた時、すでに成人、いや社会人になっていた。24歳、大卒社会人2年目。これからの働き時という時に、俺は、
自殺したのだ。