第1章 『新たな生活の始まり』 ①
「……ここって……渋谷?」
目を開けると、俺の横を大勢の人が歩き、こいつ邪魔くさすぎる、という冷たい目線を周囲いっぱいから浴びていた。
俺は地面に寝ていた。
「なんで……って、うわぁ!す、すいません!あ、痛っ!すいません!」
俺は急いで立ち上がり周りの状況を確認する。驚きすぎて、周りの人にぶつかったり人の足をふんずけたりしてしまった。
「……スクランブル交差点?なんで……さっきまで六本木にいたのに……」
なぜ渋谷にいるのか。なぜ地面に寝ていたのか。なぜ無傷なのか。訳がわからない。
俺は点滅する信号を見て、急いで交差点を渡った。
とりあえず、人の多いハチ公側に渡った。そしてゆっくりと周りを見渡しながら、頭の中を整理する。
六本木から渋谷に飛ばされて、しかも夜から昼になっている。そして暑い。太陽眩しいな……今もしかして夏か?
渋谷の電光掲示板を見ると、7月4日、午前11:33分、気温32°Cと書かれていた。
俺は10月5日の午後11:30時くらいに飛んだはずだ。時刻はほぼ半日ずれているが、日付がかなり逆戻りしていた。
さらに、長袖だったのに半袖に変わり、金のネックレスが首にかかっていることに気づいた。
服は、同じデザイン、サイズだがなぜか袖が短くなっており、首には見覚えのないネックレス。というか、人生で初めて身にまとった。
そしてジーンズのポケットには
「ん?なんだこの紙束……さ、札!?しかも大量に!全部諭吉!」
俺はポケットから札束を取り出した。そして枚数を小さく声に出しながら数えた。
「1、2、3、4……ひょっとしてこれ20万くらいあるんじゃないか……?」
俺は若干恐怖を覚え、途中で数えるのをやめた。
ポケットに他に何か入ってないか色々と探したが、俺の所持品はこの大量の万札だけ。衣服だってもちろん今着てるものしかない。
衣・食・住全てが揃っていない。特に住がまずい。
俺はこれから一体何をすべきなのか。そしてこれは何の世界なのか?
まぁ間違いなく俺が今まで生きてきた世界ではないだろう。でもフィールドは一緒。ここは東京の渋谷。ヒカリエもストリームもちゃんとある。
ただ全体的な人数が前より少ないのと、外国人の割合がかなり高いのは気になる。
「何をすれば……まぁ、お金を丸裸で持ってるのは流石にまずいよな……」
俺はとりあえず財布を買い、あと近くのカプセルホテルに泊まることを決意した。
* * * * * * *
渋谷は若者文化発祥の地、様々な飲食店、アパレルショップが並ぶ日本で一番活気のある街。そして人口密度の高い街。
なので多少空気が悪かったり、ゴミが落ちていたり、変なヤツがいたり……。そういう側面もあった。
だが、今の渋谷は俺が見てきたものとは大きく異なっていた。
俺がさっきまでいたハチ公前こそ前とそんなに変わらなかったが、中へ入ったセンター街や道玄坂はかなり汚くなっていた。
コンビニのレジ袋や弁当の空容器、さらになぜかボロボロの服やガラスの破片まで落ちている。
ホームレスの数も以前より増え、海外の繁華街、という感じにになっていた。
この状況に関して、考えられる可能性は3つ。
1つ目。俺は並行世界に飛ばされた。
2つ目。俺は未来へ飛んだ。
3つ目。俺は仮想世界の中にいる。
俺は多次元の宇宙と何らかのコネクションで並行世界へ移動したのか。時間を3ヶ月ほど戻って、あるいは7ヶ月ほど進んでこの世界に来たのか。誰かが作り出した世界に俺が入り込んでいるのか。
分からない。どれも非現実的すぎる。そもそも、飛び終わった際に体に傷一つないというのがおかしい。
ただ、もともとの世界と大きく変わった点は、数自体はそう多くはない。
渋谷109の位置も、センター街のごちゃごちゃ感も、そして今俺が到着した東急ハンズも
「……変わってねーなぁ。よく分からん。」
位置的にはあまり多くは変わっていない。ただそこにいる人間だけが一掃された感じがある。
俺は色々考えつつ、ハンズの店内へと入った。