シラサギちゃんの放送室
初投稿です。書くことの大変さがわかった気がします。
執筆者の皆々様、素晴らしい作品をいつもありがとうございます。
五月初めの昼下がり、二時限目終了の鐘が鳴った。慌ただしく教室を出ていく者、持参した弁当を手に室内を移動する者、眠そうな目をこする者。反応は様々だが、大声で話す者は不思議と少ない。
「ね、昨日話してたやつ送った?」
「無理ですよ!読まれたら恥ずかしいじゃないですか!」
「えー、倍率超高いから読まれないーっていつも言ってる癖に」
「それとこれとは別なんです!」
「今日のは自信あるよ!」
「それ何回目ー?昨日も言ってたっしょー」
「ほんとにほんと!すっっっっごい可愛い猫描いたからねっ」
「そんなの判別する機能ついてるのー?」
「あっ...」
「センパイすみません、少し授業延びちゃいました……」
「間に合ってるしいいのよ。ほら、席取ってあるから、隣いらっしゃい」
「はいっ!」
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「えっと、今日の連絡事項は...追加、なし、ですね。あー、あー。生麦生米生卵。……喉よーし、マイクよーし、音量よーし。」
いつもの確認を行います。だんだん慣れてきているのが自分でもわかって、成長を感じます。初めの頃はそれはもう酷いものでした。……黒歴史と言っても過言ではありませんね。
『12時14分、放送1分前です。支度は済んでいますか?』
「はい、問題ありません。よろしくお願いします」
『了解しました。40秒後に放送を開始します』
AIに返事をします。これもいつも通り。あとは、心を落ち着けて。
『10秒前。5、4、3』
(2、1、0)
「皆様、こんにちは。白鷺学園中等部、お昼の放送の時間です。本日もスぺ……スーパーAIこと私、通称シラサギちゃんが務めさせていただきます」
5秒で読み間違えました。しかもどうでもいいところです。辛いです。でも慣れました、挫けません。……慣れてはいけない気がします。
「本日の連絡事項です。―――」
このあたりは間違えません。空き時間を利用してきっちり練習しています。
「―――。連絡は以上です。ご清聴、ありがとうございました。お疲れ様でした」
一度マイクを切り、チャイムを鳴らします。問題は、ここからです。
「それでは、本日のシラサギちゃん相談室を始めます。」
――――――――――――
『1通目、放送ネームじゃがバターさんからです。三年生ですね。シラサギちゃん、こんにちは。はい、こんにちは』
『先日後輩から、こ、恋の相談を受けました。お相手は同じ部活の先輩で、来年高等部に移る前にどうにかしたいんだそうです。相談室に送ってみるよう言ってはみましたが、多分へたれて送らないと思ったので私が代わりに送りました。高等部と言っても同じ敷地内だし、私は全然気にならないしどうでもいいんですが、何かアドバイスなどあったらよろしくお願いします。』
『ど、どうでもいいってそんな……あっ、と、その、処理中です、しばらくお待ちください』
「あ、あ、あ、あんた……まさか……」
「まさかほんとに読まれるとは……」
「信っじらんない!!!!ありえないでしょ!!!!」
「ごーめんって、そう怒るなって、バレやしないって。てか今騒いでるだけで自爆じゃん?あと敬語どっかいってるぞー」
「うっ…恨みますからね……!」
――――――――――――
『放送短期中断を受理、20秒後に再開します』
AIの無慈悲なカウントダウンも気になりません。なぜならば。
「わ、猫の絵が描いてある……かわいい……」
現実逃避しているからです。
『5秒前。4、3』
「っ……お待たせしました。僭越ながらお答えさせていただきましょう。じゃがバターさんの仰る通り、高等部に上がったとしても物理的な距離はさほど離れないでしょう。同じ部活であれば尚更です。しかし、精神的な距離はどうでしょうか。今、二年生と三年生と仮定しますが、学年の違いに溝を感じることがあるのではないでしょうか。そうであるならば、来年になれば中学生と高校生です。より溝が深く感じることは間違いありません。もちろん、溝がどれだけ深くとも飛び越えることはできるでしょう。しかし、わざわざ険しい道を選ぶことはありません。急がば回れと言いますが、善は急げとも言います。あなたの心に従ってください。……なお、責任は取りかねます。成功を放送室から陰ながら祈っております。」
必死に思いついたセリフを口に乗せながら、私は速やかな撤退を決意しました。
「処理能力の限界につき、本日の相談室は1通で打ち止めにいたします、申し訳ありません。リクエスト曲を流しつつ、お別れとさせていただきます。本日のリクエスト曲は―――」
――――――――――――
まるで逃げるように放送が終了し、軽快な吹奏楽が流れ出した。
「だってよ。どしたの黙っちゃって」
「……です」
「は?」
「好きです!!!!!!!!」
「うわ、声デカっ……善は急げどころか猪突猛進じゃん」
「……なんでそんな反応薄いんですか」
「いや、知ってたし...」
「なんでそんな反応薄いんですかぁ……!シラサギちゃんも言ってたじゃないですか、高校生と中学生で溝が深まるってぇ……ぐすっ」
「な、泣かないでよ……大体あれ書いたの私よ?ちゃんと聞いてた?」
「何をですかぁ……」
「あーもう……私は全然気にならないって言ってたでしょ!ちゃんと聞いとけ!」
「ぇ、じゃあ……えっ……!」
「ああ、もう……だから泣かないでよ……」
大音量の告白、嬉しそうな涙、当然であるが衆目を集めた彼女らが周囲から囃し立てられるのも無理はなかった。
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『放送終了を受理。お疲れ様でした』
玉虫色の返答。さらっと責任逃れまで付け足してしまいました。心に従えってなんですか、丸投げじゃないですか。私は酷い女です。……というか、恋の相談に狼狽えて考えていませんでしたが、この学園女子しかいませんよね?……考えるのをやめました。大体、そんな大事なことをAIに相談しようっていうのが間違いなんです。いくら高性能になってきたからといって人と同程度の会話はまだまだできません。今こうしてお世話になっているから知っています。
……私は人間ですけど。
どうして華の13歳、ピカピカの女子中学生である私がAIのフリをして拙い敬語を使い校内放送をしているのか、それにはマリアナ海溝よりも深い理由があります。……嘘です。その辺の用水路くらいです。ちょっとした事故?事件?で超重度の人見知りの才能を開花させ、めでたく人前で喋れなくなった私を見かねた祖母、つまり学園長がリハビリの為に私の住所を放送室にしてしまったのです。住所です。本当に住んでいます。
放送室から間接的に受けているとはいえ、授業に出ていない私の存在はトップシークレット。秘密です。それなのに、私という人間がいることを隠蔽しつつ放送室を任せるだなんて無茶が過ぎます。……まかり通ってしまいましたが。近年急速に発展しているAI産業は多くのテストケースを欲しているらしく、学園長は中等部の校内放送をAIに任せるなどと宣い、本当に最新型AIを引っ張ってきてしまったのです。確かに校内放送(の全面的な補助)に使っていますし、非常に役に立っています。ですがおばあさま、大人の汚いやり方を垣間見てしまったようで私はなんだか複雑です。
そんな訳で、私はテストAIの変わり身としての役割を全うすべく、バレないように、毎日の校内放送をAIらしくこなしています。
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「猫ちゃんじゃダメだったかぁ……今日は虎描こーっと」
「絵も描いていいと思うけどー、やっぱ内容だよー」
「内容……あたしも、コイバナを……?」
「相手もいないのにー?縁遠そー」
「ひ、人のこと言えない癖にぃ!」
「おー?そんなこと言うなら私書いちゃうからねー」
「え、ほんとに……?誰………?」
「ひみつー」
「ちょっとドキドキしちゃいました」
「わかるわ……」
「特に最初の噛んじゃったところ、最高でした……」
「スペシャルでもスーパーでも変わらないのにね。はぁ、シラサギちゃん……どんなスーパーな女の子なのかしら……」
「あ、ダメですよセンパイ、シラサギちゃんは一応AIってことになってるんですから!私たちAI同好会だけの秘密なんですよ!」
「わかってはいるのよ。でも……会いたいでしょう?」
「…………それは、まあ」
「あぁ、シラサギちゃん……貴女の処理能力の限界を越えさせたいわ……」
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……こなせているはずです。
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