新人、頭が回る
この仕事に新人さんがやってきた。今年から働く新社会人だ。
随分とやる気があるような言葉を問いかける。
「や、山口先輩。どーやったら、先輩のように仕事ができるんですか!?」
指導係の山口は自分がここに来た頃と重ねた。
厳しい言葉をもらったものだ。
「コツはある。とても簡単なコツがある」
「そ、それは……」
「とりあえず、3年。この仕事をしてみること。まだ覚える事の多い新人が、経験重ねた先輩と並ぼうという事は考える必要ない」
意地悪というか、答えになっていないというか。
教えられないのかと思われる。しかしだ。
「ただ俺達が配達しているだけの仕事だと思っているのか?」
「!い、いえっ……めっちゃ違いました!」
「荷物の整理に、車の運転、お客様個人個人の対応と……。まだまだ仕事を知らない人が、俺達のように仕事ができるには覚えることから。覚えてからコツを教えてもらったり、自分で考えたりするもんだ」
覚えなきゃいけない事をまず、全部覚える必要がある。
英語だったらアルファベットから覚えて、単語覚えて、文法覚えて。そして、ようやく英会話というタメになる技術が身に付くものだ。どーんな仕事もそーいう基礎から始まる。その基礎作りは並大抵ではないこと。一瞬で過ぎ去ったかもしれないが、学生という期間の内に学ばれる身につけ方だ。
この基礎を疎かにしていると、ミスの多発やスムーズな業務が行えないものだ。
とはいえだ。
「でも、なんか。他にあるんじゃないんですか?無駄なことを省くとか」
新人だって焦りがある。1か月なんて研修生程度の扱いではあるが、それからは完全な独り立ちをしなければいけない。焦って技術を欲する気持ちは分かるものだ。誰だってそーして来ている。堪えるとは難しいものだ。
山口はどーいう顔をしただろうか。新人さんにでも、今からできる積み重ね。
「まず、車は安全運転を心がけること。車から降りて配達する際は極力走れ。4階くらいまでなら階段ダッシュ。マンション内も廊下ダッシュな。声掛けする時は、騒ぎ過ぎない程度に大きく声を出せ」
「…………へ?」
「技術や小細工云々より、体力と集中力、気力の持続が仕事において最も必要な能力だからだ。若い内に体力をつけないと、仕事を選べなくなる。明日から頑張って取り組んでみろよ」
「……わ、分かりました……」
◇ 翌日 ◇
『1年間もこんな仕事はできません。仕事辞めます。キツイです。若い内に他の仕事を探したいです』
新人さんの辞表が置かれ、辞めてしまったのだった。
「山口テメェ!!どーいう指導してんだーー!!」
「俺かよ!?俺が悪いのか!?これ!」
賢過ぎると、地道に教えて、身につけさせるという事がとても大変だと思う。
そんな一日であった。