第1話「到着〜ようこそ救世主様〜」
「ねぇ、やっぱり間違いないよね!」
「あぁ、我々と同じ大地の色をした肌。未来を見ると謳われる彼岸花の様な深紅の双眸。まるでガラスの様に透き通っている銀髪。そして何よりその額の赤き紋様!」
男と少女が僕を指差す。何このポエム。
おいおいおい、なんかこれ面倒な流れになっていか? もしかしなくてもさっきの話に出てきた救世主とやらに誤解されてるよね!?
「ま、待ってよ!ボクは救世主なんてそんな……」
「ご自身が救世主だと自覚しておられる!」
「話が早いね! 早速集落にお連れしないと!」
えっ、何。ボク拉致られるの?
しかも、これ話聞いてくれないやつかな。なんかダメそう。
「それでは早速参りましょう! なに、精々2時間程度です。すぐに着きます」
「2時間!? 徒歩だよねそれ? 普通に嫌なんだけど!」
「大丈夫ですよ! 2時間なんてあっという間です。鼻歌でも歌ってれば着きますよ」
少女はクスクス笑っている。何がそんなに楽しいのだろうか。と言うかこの子可愛いな。幼女だけど。……って、ボクも今は幼女か。
「キミさっき遠いってぼやいてたよね!?」 「「さあ行きましょう。すぐ行きましょう。今行きましょう」」
「ちょっ……だから、人の話を聞けぇぇぇぇぇぇ!」
ボクの悲痛の叫びは洞窟内を木霊した。
■■■
「「申し訳ありませんでした」」
2人揃ってボクに平謝りする。
「うん。落ち着いてくれて何よりだよ。えっと、そうだね……。」
落ち着いてくれたのはいいけど何から話せばいいのやら。何せボクはこの世界(?)に来たばかりでわからないことだらけだ。とりあえずは……。
「まず、君たちの名前を教えてくれるかい?」
「はい。私はゴドル。こちらが私の妹で……」
「マレラです」
男はゴドル。女の子はマレラと言うらしい。妹……妹なのか。ゴドルの身長は多分2メートルを軽く越してる。それに対してマレラの身長は1メートルとょっとくらいだ。歳は小学生くらいだろうか。それにしてはかなり丁寧で大人みたいな話し方をしているけど。
「ゴドルにマレラね。ボクはヒカル。早速だけど、さっきは救世主がなんとか言ってたけど、事情を聞いてもいいかな?」
「はい。予言があったのです。我らドワーフの未来を照らす救世主が現れるという内容の予言が」
何それ嘘くさい。どこの新興宗教だよ。ボクは無宗教だ。イエスキリストノータッチ。
「その救世主の特徴がヒカル様と一致していたので、つい興奮して騒ぎ立ててしまいま した。申し訳ありませんでした」
「様!? それやめて、なんかすっごいムズムズする。呼び捨てでいいから」
「しかし、救世主様に失礼な態度をとるわけには……」
「じゃあせめてヒカルくんとかちゃんとかでお願い。ボクは様付けされるような立派な人じゃないよ」
「ではヒカル殿とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「それならまあ……」
……殿かぁ、とりあえず妥協しよう。話が全然進まない。
「えっと、どこまで話してたんだっけ?……そうそう、救世主の特徴がどうのってところだっけ」
「はい。予言にある救世主の特徴がヒカル殿と一致して……」
グゥ~。
――……。ボクのお腹だ。
「……続きは集落に戻り、食事をしながら族長達も交えてお話しましょう」
「うぅ~……。そうだね、お願いするよ」
恥ずかしい。よく見ればマレラの肩が震えている。くっ……。思ったより時間がたっていたのか。話に夢中で空腹に気づかなかった。
「では、参りましょう。少し遠いですが美味しいご飯が待っています。きっとヒカル殿のお口にも合うことでしょう」
これ以上ここにいても仕方がない。と言うか、やっぱり遠いんじゃねーか! とりあえずはこの世界の事情も知りたいし、付いていくことにしよう。
「――でも2時間かかるのか。お腹が背中にくっつくかもしれない」
ボクはお腹をさすりながらぼやいた。徒歩2時間も何も食べずに耐えられるだろうか。
そんなボクの心配は杞憂に終わる。
「それなら心配する必要はないですぞ。確かに徒歩なら2時間です――が」
そう言うとゴドルはボクとマレラを抱えた。
えっ……。
「走れば10分です。少し揺れますが辛抱してください。疲れるので普段はやりませんが、救世主様のため頑張らせて頂きます」
衝撃が走った。ゴドルは一気に加速する。ボクの小さな身体に凄まじいGがかかり内臓に負担がかかる。
ダッダッダッダッ!
ゴツゴツとした洞窟を気にもせずに、軽快に走る筋肉ゴリラ――訂正、ゴドル。
速い速い速い――速いって。腕に抱えられるという不安定な姿勢でジェットコースター並みの速さ。怖すぎる。
「ちょ、ちょっ、怖っ。と、止めて!」
「むむ、救世主様何か言いましたか?」
「だ、だから一回止めて!」
「もっと早く、ですと? かしこまりました」
キリッ、と輝く笑顔でゴドルは答えた。
さらに加速する――。
あああぁぁぁぁ――――。
……10分。
いや、ゴドルが本気を出したから8分と少しくらいだろうか。
今までの人生でこんなにも長い8分は無かった。
「救世主様、大丈夫ですか?」
地面に突っ伏して、酔いをこらえるボクの背中をマレラがさすってくれる。
マレラは慣れているのか、全く酔った様子はない。
「うぅ、大丈夫――じゃないけどだいぶ治った」
口元を押さえてボクは立ち上がった。
「おお、救世主様。急に倒れられたので心配しましたぞ。ささっ、集落はこの先です」
洞窟の曲がり角には大きな門が備え付けられていた。多分集落の出入り口だろう。……門に描かれた紋様は何処かで見たことある気がする。
その門は――何かしらの金属製。しかもこの大きさだとめちゃくちゃ重そうだけどどうやって開くんだ? 機械仕掛けか――
「よいしょぉおお!」
ゴドルが手で押すと、ゴゴゴゴッと門が開いた。はい力技。何このゴリラ。
「さて、では改めまして――」
ゴルドとマレラは開いた門の前に立つとボクの方へ向き直り。
「「ようこそ救世主様、我らの国へ!」」
――――っ!
扉の向こう側は息を飲む光景が広がっていた。巨大な空洞。山をまるごとくりぬいたような大空洞。そこにいくつかの集落があり、その間には牧場と……農地だろうか? 太陽があたっていないのにどうやって作物を育てているのやら。
ボク達が今立っている場所は集落がある位置より少し高くなっている。空洞の壁に沿って造られた階段を使って集落に降りられるようだ。
「すごい……」
「ここは我らドワーフ族が長い年月をかけて山を1つくりぬいて作った――そして今や最後の国。我らの最後の安寧の地です」
いやほんとに山ひとつくりぬいたのかよ……まあゴドルみたいなのがたくさんいるならできそうだよね。うん、納得。
「さあ、我らの集落は降りてすぐのところです。族長の元へ参りましょう」
きっとボクはこの風景と今の気持ちを忘れない。混乱しながらもワクワクしているこの気持ちを。不安を吹き飛ばすほどの感動を。マレラに手を引かれながらそう思った。