根暗の戦士は只人の勇者
誰にも秘密だけれど、私のお父さんは『勇者』だった。
5年前に、畑に入り込んだ魔物に殺されてしまったお父さんは、いつだって自分の事を『勇者』だと言い続けた。
『スーヴァ。父さんはな、誰にも秘密なんだが実は勇者なんだ。絶対に秘密だぞ。』
開墾村で畑を耕し続けて、腰を痛めて布団の中で話してくれた言葉だ。
当時の私は当たり前のように冗談だと思っていた。自分でも冷めた子どもだと思う。
時勢が変わり、魔王の軍団が人類とぶつかっていた時もお父さんは畑を耕していた。
毎日怯えていた私に、それでもお父さんは自分は『勇者』だから大丈夫だ。と言って畑を耕していた。
お母さんが6歳の頃に死んでから、お父さんは私を男手ひとつで育ててくれた。お父さんはいつもおどけて見せる。近所の人とも仲が良いお父さんはいつだって私の目からは眩しかった。
―……だってあんな風に、私はなれない。
その日はいつものように過ぎていた。朝ごはんを作って手渡した私に、お父さんはいつもこうやって言う。
『ははっ、スーヴァは今日も暗いなあ!大丈夫大丈夫。父さんは勇者だからな。今日も元気に働くぞ!』
私はいつものように少し呆れて、それでいて大分ホッとして。あまりに能天気な父さんに憤懣やるかたなく、口を曲げていた、はずだ。
昼になった時だろうか。私は窯でご飯を作っていた。
ドヤドヤと外が騒がしくて、何かあったのかなんて、そんな事も思わなかった。
ただ私はお父さんのご飯を作ればいい……-そんな風に思っていた。
ザッ、と近くで音が鳴ったのはいきなりだった。
薪を入れていた私は顔を上に向けて見ると、その足の先はお父さんのお友達のおじさんだった。
『スーヴァちゃん、落ち着いて聞いてくれ……-』
私は逃げ出していた。
真っ白になった頭で、気が付いたら逃げていた。
ただ『私は今走っているけど、どこに行こうか?』なんて考える冷たい自分がいた。
走りながら反吐が出そうな自分に嫌悪して、それでも走ってついたのは村の端だった。
きっと誰もいない場所に行きたかったんだと思う。
立ち止まって、影に隠れるように静かに座って丸くなっていた。頭は依然として動かない。
ただ、今日のご飯作る必要なくなったな、と、そんな事を思ったのだ。
お父さんは勇者だった。
私の勇者だった。
貧困に喘ぐ国中に、少しでも食料を届けようとした勇者だった。
勇者を失った貧困の私は、そのすぐ後にお父さんのお友達のおじさんに見つかって、家に戻っていた。
おじさんの家で世話をしてくれると言われたけれど、一人になりたいといって押し切った。
そうしてふさぎ込んで3日後にはまたいつものように外に出ていた。
自分でも不思議だと思う。お父さんが死んだ畑で、私は働かなくてはと思ったのだ。
やり方は全てお父さんに教えてもらっていた。
……でも、その後すぐに、国からお達しが来た。
『開墾村にいる住人は全て移住するべし。』
考えてみれば当たり前だった。
ここが開墾村になったのは魔王軍が攻めてくる前だ。どこも人が足りない。食料の輸送費だってばかにならない。ならどうするか?近くに集めてしまった方が良いに決まっているのだ。
移住先は一度魔王軍に滅ぼされた村だった。王都にほど近い場所。
鍬を手に持って、私は呆然と立ち尽くした。
馬車に揺られている間、考える時間はいくらでもあったのに、実感が湧いたのはこの時だった。
……-ここはお父さんの畑じゃない。
やる気が起きなかった。
なんでお父さんがいないんだろう。こんなことなら、もっと早くにおふれがでても良かったんじゃないかと思った。
この近くは、『勇者』が魔物を倒して回ったから比較的安全らしい。
ザク、と鍬を地面に突き刺す。突き刺した瞬間、何故か私の目には突き刺したその土が、お父さんの顔に見えた。
幻だとわかっても、私は今自分のお父さんを刺したのだと思って、吐き気がこみ上げた。
そしてすぐさま鍬を引き抜いて、ごめんなさい、ごめんなさいと土に謝った。
私はそのまま、土を抱いて眠ったのだと思う。
夕日がさした時に、新しく近所になったおばさんが私を見つけて抱え起こした。
寝ぼけた私はごめんなさいとありがとうをおばさんに伝えて新しい家に戻って、ぼんやりとした。そして暗示のように思ったのだ。
私はあの畑でしか、動けない。
それはまるで暗示だったように思う。または思い込みか。
でもその時の私はもう恐怖にかられて、そうとしか思えなかった。
結局、逃げ出すように村を出て行って、その日暮らしの冒険者をしている。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。