Happy Birthday 涼花-Age6 その1
昨日のアメリカンショートヘア救出劇もさることながら、幼稚園内ではシスター紫子をはじめとする修道女たちが何やら楽しそうな表情で作業を初めていた。
修道女たちはかなり忙しそうだが、そんなことなど苦にもせず結構楽しそうな雰囲気だ。
そこに庭仕事を終えたなべともさんがシスター紫子に尋ねる。
「紫子さん、今日は嬉しそうに園内を走り回っているこど一体どうしたの?」
するとシスター紫子は満面の笑みでこう答えた。
「今日はあの涼花ちゃんのお誕生日会なんです。涼花ちゃんは今日で6歳になるんです。」
「実は涼花ちゃんのお母さんや妹さんもお誕生日会にくるみたいなんですよ。」
するとなべともさんはこう反応した。
「そりゃめでたいねぇ~。でも紫子さん、あんた最近涼花ちゃんのことをえこひいきしていないかい?」
なべともさんの一言に紫子も「自分は特定の園児をえこひいきしているはずはない」というような手ぶりを見せてこう言った。
「私たち修道女は日ごろから365日園児たちに皆平等に接することを心がけています。別にえこひいきなんかしていません!」
それを聞いたなべともさんの反応はこうだ。
「そりゃ~いつもお前さんの仕事ぶりを見ているからわかるけど、紫子さんあんた最近涼花ちゃんばっかし可愛いがってんじゃないの?」
シスター紫子にそう言ったなべともさんは最後に「俺、ちょっとここで屁してくわ」と告げてシスター紫子の目前で大きなおならをしたのであった。
ところ変わって幼稚園内の調理室では、真島神父と田中雅司が男2人だけでお誕生日会のケーキ作りに励んでいた。
真島神父は絶妙な加減で焼きあがったケーキのスポンジをオーブンから取り出す。
その出来映えはというと外はこんがり中はふわふわ、とても食べずにはいられない。
一方の雅司はというと、不恰好な姿と人相の悪さからまったく似合わなさそうなクマのプーさんのバンダナと安物のスーツの上に青紫色のエプロンを着用しながら、ケーキの上に載せる栃木産のイチゴを包丁で半分に真っ二つに分けてきるのに悪戦苦闘していた。
生来手先が不器用なのからなのか、イチゴを切るにしても見た目からして非常に粗雑なものになってしまう。
栃木産のイチゴと格闘しながらも雅司は独りでこう呟く。
「しかし何で俺までもが動員されなけらればならないのだ?たかが一人の園児のお誕生日会のためだけに。」
「でも俺自身がこの場所で今現在必要とされているのだから感謝するしかほかない。」
そこに真島神父がオーブンから焼きあがったケーキのスポンジの上に、早朝からかきまぜておいた生クリームを一面に塗り終えた直後、雅司のもとに向かった。
真島神父は親しげな感覚で雅司に一言声をかける。
「雅司さん、そんなに無理してうまく切ろうとするとかえって駄目になりますよ。」
「僕がつきっきりでコツを教えますのでゆっくりとやりましょう。そうしたらきれいに仕上がりますよ。」
こうして雅司は真島神父と二人三脚で栃木産のイチゴを半分に切り分けて生クリームの上に載せる作業を黙々と続けている雅司の心理状況はというと、創成川に身を投じてから幼稚園にたどり着くまで居場所のなかった自分を受け入れてくれる人たちに出会えたことで心の平安を取り戻すことができたといった具合だ。
人間というのは誰もが一人で生きることのできないようなシステムになっている。
誰かと誰かが繋がってこそ人間というのは互いに〈存在価値〉というものを改めて認識することができるのだ。
二人は栃木産のイチゴを半分に切り分ける作業を終えてから早速それを生クリーム一面に覆われたスポンジケーキの真上にトッピングしていった。
トッピングはちょうどいい具合に仕上がっている。
そこから先に、涼花ちゃんが6歳になるのに合わせて生クリームの上にさらに赤・青・緑・黄・紫・ピンク・オレンジの6色からなる6本の蝋燭を真島神父が手際よく丁寧に載せていく。
こうして横山涼花ちゃん6歳の誕生日を祝うストロベリーショートケーキが完成したのである。
ケーキの出来映えはなかなかのものである。
これならお誕生日会に出しても恥ずかしくはない。
出来上がったケーキを見て雅司と真島神父が閑談にふけっていた。
「このケーキを見ているだけでも分かるけど、真島さんあんた結構料理上手いね。」
「それほど上手ではありませんが、日頃から修道院で男所帯で生活しているせいからなのか自然と上手になれるんです。」
「でもそうやって料理をする機会が多いからこないだのハイチ風カレーもそうだけど美味しいものが作れんだよ。俺なんか自分でお米をを炊くことすらしないし、朝御飯なんて自宅でトースト一枚にコーヒーのブラックか個人経営の小ぢんまりとした喫茶店で580円のモーニングをとるんだよ。しかも俺独りで。それで昼ご飯は何も食べずに晩御飯はインスタントラーメンかカップ麺がほとんど。本当に体に悪いよ。」
「それは本当に体が悪いですよ、雅司さん。毎日の食事で大切なのは美味しさと栄養・健康とのバランスです。ただ美味しさばかり求め過ぎても良くないですし栄養や健康を強調しすぎるのも駄目だと思います。だって食事なんで食べる人が笑顔にならなければ意味がないですから。」
「真島さん、美味しさとか栄養とか健康とか全然考えないで好きなものばっかり食べていたけれど間違っていたよ。今日から根本的に食生活を見直すことにするよ。」
「もちろんです、雅司さん。根本的に食生活を見直せば生き方そのものが変わりますし、心身ともに健やかになりますよ。その調子でタバコもやめましょう。」
そんな二人の話が盛り上がっている最中に、園内のモップがけを終えたあのベテラン用務員のなべともさんが途中で割り込んできたのだ。
「廊下を通りかかったらバースディケーキを前に二人でなにやら話をしていたから気になって調理室に来ちゃったよ」
そこから先になべともさんも加えて三人の無駄話はさらに盛り上がりを見せる。
「いゃあ~真島さんと一緒に作ったバースディケーキを見ていて、真島さんは本当に料理が上手だなぁと思ったの。」
「そりゃ真島さんの料理は美味いよ。こないだのハイチ風カレーもそうだけど、毎年秋にこの幼稚園が主催するバザーで真島さんは男爵薯などを使ってクリームシチューを作ってバザーに来てくれた人達に振る舞ったんだけれどそれが本当に好評だったんだよ。俺もそのクリームシチューを食べたんだけれどものすごく旨かったんだよ。」
「でも僕が生活している修道院なんかでは10年以上も炊事係をやっている年配の修道士の方が10人くらいいるんですよ。」
「修道院だからきっとパンを釜で焼きあげたり石狩川でとれた鮭を燻製にしたりぶどう酒を作っていたりと中世ヨーロッパのスタイルなんだろな。ところで紫子さんは料理とかはできるの?」
「実は彼女この幼稚園の先生になってから2週間経ったときの料理会で受け持ちのクラスの園児たちと一緒にホットケーキを作ったのですが、牛乳を入れすぎたり間違えて片栗粉を混ぜてしまったりフライパンで焼きすぎてしまってこげこげになってしまったりと本当に大変でしたよ。」
「本当におっちょこちょいだね、紫子さん。でも他人のために一生懸命になれるのが彼女の一番いいところだよ。」
「彼女半人前なんでしょ。まだまだこれからだよ。」
「そうですよ。彼女はここで働きはじめてから1年ぐらいしかたっていないのですから。だからまだ許せるんです。」
「彼女なんてまだまだ大丈夫なほうだと思いますよ。俺なんか人生の分け目分け目で間違ったほうばっかし選んで損ばっかししてそんで社会に出てからもドジ踏んでヘマこいて失敗ばっかししててこの有様ですよ。
今まで自分のやってきたことをふり返ってみても本当に自分は何をやってきたんだろうと後悔するときが結構ありますよ。そうやってふり返ってみても俺は正真正銘のダメ人間だって肌身で感じていますよ、実際に。」
そんな雅司になべともさんがこう直言した。
「いやでもこれまでの経歴とか年齢とか気にしなければお前さんだって人生を立て直そうと思えば立て直すことができるはずだよ。俺なんか職業訓練校を卒業してから左官だの清掃員だの寺番だの仕事を転々として仕事もしないで一日中家で寝てたり競馬場に入り浸っていた時期もあったんだよ。」
「でもこのまま俺はこんな状態でいいのだろうかと真剣に考えるようになったのさ。そんなときに近所の公園で遊んでいた子供たちの生き生きした姿に元気づけられてこれまで自分が培って来た経験も活かせるかなと思ってこの仕事を選んだのさ。今の俺にとっては本当の天職だよ。」
それを聞いた雅司はこう言った。
「なべともさんもいろいろあったからこそ今の仕事が楽しいんでしょうねぇ~。」
「俺も創成川に飛び込むなんて馬鹿なことをしなければこんなみずほらしい姿で肩身の狭い思いをせずにいられたのかも知れなかったし。」
そんなこんなで横山涼花ちゃん6歳の誕生日を祝うお誕生会まで1時間も切ってしまった。
なべともさんとのやりとりで後ろ向きになっていた正司に真島神父は一言くぎを刺す。
「雅司さん、そうやって愚痴ばかり言い続けてとっくに過ぎ去ったことをいつまでも後悔したってどうすることもできませんよ。今目の前にある仕事や課題をこなしていくしか道はありません。」
「そろそろ涼花ちゃんのお誕生会が始まりますので僕となべともさんと雅司さんの3人で力を合わせて急ぎ足でこのバースデイケーキを教室まで運んでいきましょう。」
そう言って雅司・真島神父・なべともさんの3人は、呼吸を合わせて足元を確認しながらゆっくりとした速さで直径24センチ以上もある大きさのストロベリーショートケーキを調理室から外庭に隣接した涼花ちゃんのお誕生日会がおこなわれるシスター紫子と彼女が受け持っている15名の園児たちの教室まで運んでいった。
一方教室ではシスター紫子がいまかいまかと今回の涼花ちゃんのお誕生会の進行役を悔いが残ることがないようにつとめあげることができるように万全の準備を整えていた。
女子修道院長に諭されたこともあってかシスター紫子は先日までの雅司への態度や接し方を猛省し、360度心を入れなおすかたちで自分自身のものさしで人に接することを改めどんな人にも分け隔てなく接することを心がけることにした。
特定の園児をえこひいきにしたりするのは〈平等と博愛〉の精神に反する行いといってもよい。
勉強のできる園児もいればそれ以外のことが得意な園児もいる。
かけっこの速い園児もいれば絵が上手な園児もいるし楽器の演奏が得意な園児や物まねが非常に上手い園児と千差万別だ。
どの園児にも皆全員に忍耐強くかつ愛情深く接していくのがこの幼稚園て働く修道女たちの原理原則なのである。
しかしながら今日この日は、園児のひとりである横山涼花ちゃんにとって一番大切な日なのである。
特定の園児をえこひいきにすることがダメなことはシスター紫子にも良く分かっている。
だがこのお誕生日会は園児たち一人一人にとって一年で最も大切な瞬間を見届けなければならないのだ。
シスター紫子はいつになく緊張しており、彼女の胸中は〈自分にこの役割がつとまることができるのだろうか〉という不安と〈ここにいる園児たち全員を幸せにすることが自らの使命であり園児たち一人一人が周囲の人間に祝福されながら晴れがましい雰囲気にしたい〉といった希望や使命感が重なりあっていた。
そんな時だ。あの3人が今日この日のために早朝から時間をかけてつくりあげた上等のバースディケーキ=ストロベリーショートケーキを持って教室にやってきたのは。
真島神父を筆頭に三人はこの上等なバースディケーキを力を合わせて運びながらようやく涼花ちゃんのお誕生会が行われるこの教室へとたどり着くことができた。
シスター紫子は教室までケーキを運んでくれた3人に労いの言葉をかけると同時にバースディケーキのとてつもない大きさに仰天した。
「3人とも朝早くからこんな美味しそうなケーキのために一生懸命頑張ってくれて本当にありがとうございました。それにしても真島さん、このケーキ大きすぎるんじゃないですか?」
「僕自身聖職者として神に仕える人間ですからここにいる園児たち一人一人の幸せを祈っています。今日の涼花ちゃんのお誕生日会に限らず僕たち三人はケーキ作りには全力投球で挑みますよ。」
他の二人も異口同音に口をそろえる。
「俺も昔左官とかやっていたから生クリームを塗る作業なんか結構自信あるよ。2週間後に二階堂君のお誕生日会があるじゃない。今度のお誕生日会では俺自慢の職人技を披露してやるよ。」
「僕もケーキ作りなんて小学生の時以来で最初はいやいや手伝っていたけれどやっているうちにだんだんと楽しくなってきましてね。その二階堂君のお誕生日会のケーキ作りもわくわくしているんですよ。」
三人の話を聞いたシスター紫子は忠告するかたちでこう言った。
「三人ともケーキ作りに精を出すのはとてもいいことなんですけれど材料や経費のことを考えてやってくださいね。それとなべともさん、さっき私の目の前でおならをしたことを今この場所できちんと謝罪してください。」
なべともさんはこう反論する。
「紫子さん、あんた意外に現金だねぇ~。だって外庭で栽培しているイチゴなどを使えばまったく問題ないでしょ。」
「あの庭で栽培されている野菜や果物は私たち修道女が日々口にする食糧として大事に育てているものなのです。勝手に採ったりなんてしないでください。」
「紫子さんって本当にいじっぱりだねぇ~。俺この前女子修道院でジンギスカンパーティーをやっているところをちらっと見てしまっちゃったんだからね。」
「あれは女子修道院の奉仕活動の関係で・・・・・その・・・・・ボランティア先の障害者福祉施設の方々と親睦を深める目的で施設の人が誘ってくれたものです。私たち修道女なんて肉を口にすることなんて滅多にありませんからね。そういうときに口にしたっていいじゃないですか!」
そう言いながらシスター紫子は顔を真っ赤にしてほっぺたを膨らませながらやきもちを焼いていた。
そんなこんなでシスター紫子とベテラン用務員のなべともさんが丁々発止のやりとりをしている中、長い黒い髪をもった品のある洋服を着ていてどこか影のあるようなミステリアスな雰囲気を醸し出した背の高い美しい女性が上品なワンピースを着た黒髪ツインテールの小さな女の子を連れて教室へとやってきた。