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「好きな人が 出来たの」



「貴方が 嫌いになった訳じゃないわ」



それが

最後の言葉



曖昧な『さよなら』を残し

振り向かずに

立ち去った



終焉まで

我侭な女だった



”嫌いになった訳じゃない”



どう覆せばいい



まだ

”嫌いになった”と

捨てられた方が

食い下がれる



話し合えば

少しは 直す事が

出来るから





だが

俺より好きな相手が

出来てしまえば




”貴方は此処までの男よ”と

ラインを引かれ



無残に見捨てられるしか

選択肢は ないのだろう



”去る者は 追わず”




そんな悠長な立場ではない




部屋に残された

ガラクタと同化する



不要になった

化粧品の中



肌に合わないと

使いもせず

放置されたままの

化粧水が



無機質な容器に

液体を抱え込み

陳列している



哀れみなど

まるで無関係のように

高価な貴婦人を気取る



失恋の痛手を

腹立たしく

感情に現せたなら



化粧水の瓶を

窓硝子目掛け

投げつけられただろうが



理性を保ち

割れた破片を

誰が片付けるのだと

脳裏に渦巻けば



キャップを丁寧に廻し

内蓋を爪で抉じ開け



シンクに流し捨てれば

透明の液体が流れ堕ち

呆気なく空になる



無意味な抵抗を終え

茫然としながら



捨てずに飲み干してやれば

不快感が持続しただろうにと

くだらない後悔をした



不愉快に置き去りの服



八つ裂きに

鋏で切り刻めば

気が収まるのだろうか



数日前まで

持主のいた

脱ぎ捨てたスエット



髪を巻き上げた女が

背を丸めて

煙草を吸い

着ていた服



有り得ないドラマの展開に

不満を漏らし

食い入って眺める姿だけ

失った服



温もりもなく

残り香を漂わせ

不恰好に攀じれ



「お前も捨てられたのか」



服のくせに

同情を引きやがる



拾い上げ

洗濯機に投げ込めば

面影も消せるだろう




長い年月

過ぎ去った馴れ合いの日々



”さよなら”を告げず

出ていった女は

煙草が切れたと

コンビニに出掛け



新商品のスイーツを

レジ袋に詰め

ふらりと戻ってきそうで



実感が湧かない



唐突な別れ話が

余りにも突然過ぎて

脳からの指令回線が

脱線している



目覚めて

女の寝顔を揺り起こし

悪夢を告げれば



「何言ってるのよ」と

不機嫌に布団を

巻き取りそうだ



夢なら覚めて欲しい

現実




時間だけが

刻一刻と流れ



女の居ない部屋が

広く感じる



いつの間にか

何もない

カラーボックスは

何時から空だったのだろう



クローゼットの中は

隙間だらけで

数枚のコートが

寂しげに吊るさり



小さな食器棚だけ

女の使っていた物を残し

シンクの中で

口紅の付いた珈琲カップが

水に浸かる



積み重なった

雑誌の表紙



外国女性がカメラに向かい

意味なく笑っている顔が

何も考えずに



嘲笑っていた



俺は彼女の

何を見ていたのだろう



数日前までの

会話すら

思い出せない



話をしていた記憶すら

定かではない



捨てられて

当然なのだろう



お互い近すぎて

気持ちが遠く

離れていた



彼女が作った料理さえ

何がテーブルに乗っても

感想さえ告げずに

飲み込んでいた



彼女を先に捨てたのは

俺の方かも知れない



何不自由なく

部屋の中に居られる俺は

彼女の存在を

無碍にしてきたのだろう



何度も繰り返し

答えのない溜息が出る



解決方などない



もう終わってしまった

恋愛



何もしたくないと

ただ布団に顔を埋め

寝腐ってしまおうと

横になっても



ふと蛍光灯を消す彼女が

居ない事に気づく



時計を見て

始まるドラマに

声を掛ける相手がいない



廻しっぱなしの洗濯機が

音もなく佇み

干す人を探している



存在感のない彼女の存在が

あまりにも多く

今更 後悔しても

すべてが 遅すぎた



シンクに飲まれた

化粧水のように



もう

戻っては

来ないのだろう





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