最終話 つながる電話
事故にあってから50年の歳月が経った。
ワシは相変わらず電話を作りつづけていた。何度も何度も失敗したが、それでもめげなかった。
国からの援助は一切もらえなかった。
学会のみならず、一般の誰からも理解を得られなかった。そればかりか、ワシのことをマッドサイエンティストと言ってみんな馬鹿にしていた。
多くの新聞にトンデモ博士だと紹介されもした。
変態ロリコン博士とののしられたこともある。
まったく失礼な連中だ。なにもわかっていない。ワシは変態ロリコン博士などでは断じてない。変態ロリコン紳士である。
そんな荒波にもまれながら研究をつづけていたのだが、ある日ワシは自分の命がそう長くないのだと知る。医者にあと数ヶ月の命だと言われたのだ。
こころのノートブックを開いて、いままでの人生をふりかえってみたとき、そこにはこの電話のことしか書いていなかった。まさみ似の女にだまされたくらいしか、ほかに思い出はない。
『ワシの人生は本当にこれでよかったのだろうか』
余命を宣告されてから何度も自問自答をくりかえした。
完成したところでなにになるのか。
過去を変えることでいまの自分も変わるかもしれない。そんな淡い希望を胸に抱きつづけていた。だが仮に過去を変えることができたとしても、いま現在のワシが幸せになれるかどうかはわからないではないか。
正直もう電話の完成は半分あきらめかけていた。けれど今更やめることなどできない。親も知人もみな死んだ。子孫も残していない。ワシにはなにも残されていないのだ。この未完成の電話を除いては。
そんなときのことだった。
いつもどおり通信テストのために電話のスイッチを入れた。これで通算7億5432万1233回目の通信になる。いつもは受話器に耳をあててもノイズだけしか発生しない。うんともすんともわんとも言わない。しかしこの日は違った。
ルルルルルル。
受話器から聞き覚えのある電子音が流れてきたのだ。
「な、鳴った!」
ワシの心臓は急速に拍動した。
『奇跡が起きた』
そう思った。
死ぬ真際になって神様が奇跡を起こしてくれたのかもしれない。
感動のあまり涙が出そうになる。それをぐっとこらえる。
まだ油断はできない。間違えてとなりのおばちゃんの家に電話をしただけなのかもしれない。
と、その瞬間、とつぜんたいせつなことを思い出した。
事故にあった直後に見た夢のことだ。
その夢のなかでは事故を防ぐことはできなかった。通信はできたのだが、会話が予想以上に長引いてしまったせいで防げなかったのだ。
ワシは思った。
夢と同じことを犯してはいけない。ようやく起きた奇跡を無駄にしてはいけない。かならず過去のわたしに伝えて事故を回避するのだ。
受話器から聞こえてくる電子音がとまった。誰かが電話をとったのだろう。
「はい、もしもし」
それは男の声だった。
聞き覚えのあるようなないような声。すくなくとも隣の家のおばちゃんではない。
この男は過去のわたしなのだろうか。まずはそのことを確かめなければならない。
ワシははこころを落ちつかせてこう聞いた。
「お前は誰じゃ」