第4話 完全犯罪
「な、なぜ知っている! どこで調べた!」
「調べるまでもない。何度も言わせるな。ワシはお前なんじゃ。未来のお前なんじゃよ」
「そんなたわごとを信じろと? どうせ同級生の誰かに話を聞いたんだろ!」
「話を聞く? それは無理じゃな」
「なぜ!」
「それはお前が一番よくわかっているじゃろ。梅子への想いを誰かに話したことはない。彼女の横顔を盗み見るとき、いつも細心の注意をはらっていた。まるでけんせい球をおこなうピッチャーのようにな。誰一人として梅子への想いに気づいてはいない。自分自身を除いてはな」
ぐぬぬ、と思わず俺はこぼしてしまった。まさか『ぐぬぬ』なんて言ってしまう日がきてしまうとは。
言い返すことばは出てこなかった。梅子への想いを知っている人間はまちがいなくこの世にひとりしかいない。それは自分自身がよくわかっていた。
「いまでもはっきりと憶えておる。梅子を想う強さゆえに行った『完全犯罪』のことをな。かんたんに思い出せるじゃろ。お前からすればつい数年前のことじゃ」
「ああ、昨日のように憶えているよ」
俺と男は過去に犯した禁断の行為をなぞるように、交互に言い合った。
「あれはある冬の放課後のことじゃ」
「理科の時間にこっそりと抜け出して」
「誰にも見つからないよう慎重に」
「俺は校内を走った」
「そして無人になっている教室に行き」
「梅子のロッカーから、彼女のリコーダーを取り出して」
「そこに熱い口づけをした!」「そこに熱いキスをした!」
そのときの感覚を思い出し、俺は興奮して体が熱くなった。
「あのときの味はいまだに忘れられない!」
男の興奮する声と鼻息が受話器からみずみずしく聞こえてくる。
「俺だってわすれてない!」
負けじとそう言った。
「梅子のリコーダーの味は甘いストロベリーのような味じゃったな。もちろんそれはたんなる気のせいだったのかもしれん。じゃが、梅子がよく使っているリコーダーをいま自分が吹いているんだ、そうおもっただけでストロベリーのような甘みが口の中に広がっていったのじゃ」
男は、恍惚とした表情をうかべているのがわかるほどのうっとりとした口調でそう言った。
「そうだ。あれ以上のストロベリーは二度と食べられないかもしれない」
俺も思い出してとろけるような顔をする。
「まあ残念ながら梅子は結婚してしまったがな」
「え、そんなまさか!」
いきなりのバッドニュースに俺は我にかえった。
「何十年も前にIT企業の社長と結婚して4人も子供を作っのじゃよ」
「う、うそだ。梅子がそんなファッキンビッチなわけない!」
「うそなどではない。真実じゃよ。しかし、ワシは別にかなしくもなんともおもっとらん」
「なぜだ。梅子が結婚したんだろ。かなしくないわけがない」
「最初はかなしかったさ。じゃがな、ワシは悟ったんじゃよ」
「悟った?」
「ああ。梅子は中学生のとき誰とも付き合っていなかったな。つまり、ファーストキスはまだだったわけじゃ。ワシと梅子はリコーダーを通じて間接キスをした。つまりそれはワシが梅子のファーストキスをうばったということに他ならない。梅子がどんな男とキスしようが、ワシが最初の男だという事実は永遠に変わらない!」
「な、なるほど!」
「どこぞのIT企業の社長が梅子となにをしようがワシが梅子にとってのはじめての男なんじゃ!」
「俺、バンザイ!」
「ワシ、バンザイ!」
FIFAワールドカップでの熱心なサポーターも驚いてしまうほどの大声で、俺と男はファーストキスの喜びをかみしめあった。
いままで誰にも言えなかった禁断の行為。それを話し、わかちあうことのできる人物をようやく見つけた。
この男は一体何者なのか。その答えはもうすでに出ていた。
「ワシが未来のお前だということ、信じてくれたかな」
「ああ。あんたは間違いなく未来の俺だ」
こんなド変態、俺以外ありえない。