第3話 プロフェッショナル
からだの緊張が一気にほぐれた。
「ワシは未来のお前じゃ」だと? そんなマヌケなセリフ、CIAが言うわけがない。恐怖におののいて損をした。
だがなおも男はつづける。
「過去と通話ができる電話を開発した。ワシはいま、その電話でかけているのじゃ。過去のワシ自身にな」
「なるほど、すごい発明をしたんですね」
「そうじゃ。世紀の大発明じゃ。60年という歳月をかけてひとりで開発した。ある重要なことを果たすためにな」
「なるほど。それはそれはすばらしいですね」
「いままで何度実験をくりかえしても成功しなかった。だが、いまこの瞬間成功した!」
「要約するとこうですね。過去と通話ができる電話を発明したあなたは、あなたの過去である俺といま話をしている」
「そう、そのとおりだ! 信じてくれたか!」
「信じるわけないだろこのクソ野郎!」
俺は受話器がツバまみれになるほどの大声で叫んだ。
こいつはあれだ。あれにちがいない。新手の詐欺師だ。そうに違いない。斬新なうそでひっかけてお金をだましとろうという魂胆なのだ。
見え見えなんだよ。俺が気づかないとでも思ったのか。こう見えて俺は詐欺師を見抜くプロフェッショナルだ。いままで7回も『幸福をよぶつぼ』という商品をだまされて買ったんだ。もう二度と同じような手口には引っかからない。
ぐるりと部屋を見渡すとそこら中にへんてこな形の壺が飾られている。この壺たちが言っている。この男は詐欺師だと。
「そんなくだらないうそに引っかかると思ったか?」
「う、うそなどではない。ワシは本当に……」
「お前が詐欺師だってのはわかってるんだよ」
「詐欺師? ちがうワシはお前じゃ」
「はいはい、そんじゃ電話切るぞ。じゃあな」
「ま、まて! 切るな! ワシの話を聞いてくれ!」
「なんだよ。まさか『ワシはお前じゃ』なんてことをまた言い出すんじゃないだろうな」
「そのまさかじゃ」
「じゃあ切る」
「8歳のとき親父のだいじなカツラを川に投げすてたじゃろ」
電話を切ろうとした手をとめた。いまこの男、なんと言った?
「あんた、いまなんて」
「8歳のとき親父のだいじなカツラを川に投げすてたじゃろ、と言ったんじゃ。たしかそう、黒目川とかいうところに」
そうだ、そのとおりだ。たしかに俺は8歳のとき、親父のだいじにしていたカツラを川に投げすてた。親父が俺のプッチンプリンを勝手に食べたからだ。そのおかげで翌日親父は頭に光沢を走らせながら会社に行った。そして泣きながら帰ってきたのを憶えている。
だがそれは誰にも見られていなかったはず。何度も後をつけられていないかチェックをした。ぬかりはなかったはずだった。だがどうやら違ったようだ。
「まさかあんた、俺が投げすてるのを見てたのか?」
「ちがう」
「じゃあなぜ知ってる」
「だから言っただろう、ワシはお前なんじゃ。未来のな。お前のことはなんでも知っている」
「うそだ!」
「うそではない!」
「じゃあ俺が中学生のとき好きだった女の名前を言ってみろ!」
当時俺は梅子という女に惚れていた。これは誰にも話したことがない。もしこの男が本当に未来の俺ならば知っているはずだ。まあもちろん答えられるはずないがな。
「梅子じゃろ」
男は即答した。
予想外のことだったのでおもわず狼狽し、うんこを漏らしてしまった。