第2話 電話の相手はCIA?
「いたずらなら切るぞ」
くそじじい様とのやりとりに辟易したワシ、じゃなくて俺は、電話を切ろうとした。しかし、切ることはできなかった。
「お前、慶太だろう?」
男が俺の名前を口にしたからだ。
「・・・・・・なぜそれを知ってる」
そうだ俺は慶太だ。斉藤慶太。それが俺のかっこいい名前。
だがなぜこの男が俺のクールな名前を知っている。そもそも知っているのにどうして「お前は誰じゃ」などという質問を口にした。
「名前だけじゃないぞ。お前のことはすべて知っている」
男は勝ち誇ったような声でそう言った。
俺のすべてを知っているだと。こいつはいったい何者なんだ。まさかCIAの諜報員か?
そういえば先週、エスカレーターで降りてくる女子高生のパンツを下からのぞき見した。それがバレたのかもしれない。ちなみにパンツの色はあわいピンクだった。ラッキーと思って胸を高鳴らせていたら、直後にオランウータンみたいな顔だと発覚し、思わずその場で失禁した。誰にも言えない苦い俺の秘密だ。
いやしかしそんなことでわざわざCIAが動くとは考えられない。そもそもCIAがなんなのか俺はよく知らない。コンドルイズアメリカの略だということくらいは俺でも知っているが。
いやまてよ。この男『ハッタリ』をかましているのではなかろうか。いまのご時世、名前くらいすぐに手に入る。一メートル高の塀に囲まれた堅牢なセキュリティの我が家にも、俺の名が刻まれた表札が堂々と掲げてあるし、名前などたやすく手に入るじゃないか。
トリックがわかればなんのこともない。きっと、「お前のすべてを知っている」とか言って驚かそうという魂胆だったのだろう。まったく最近のいたずら電話は手がこっている。しかし、残念ながら俺の天才的頭脳の前にはハッタリは通用しないのだ。
「おい、聴いとるのか」
物思いにふけっていると、男が強めの口調で言ってきた。
この男が誰だかはわからない。しかし、下手に出るのはやめたほうがいいだろう。なめられたら相手の思うつぼだ。
俺はいかくするように、そして余裕をもった風をよそおってこう言った。
「ああ、そうさ。そのとおりさ。俺があの殺し屋の慶太さ。アメリカではケイタ・オブ・ブラックの異名で通ってる。あんたの用はわかってる。殺しの依頼をしたいんだろ。それとも、あんた自身への殺害のご依頼かな? ムッシュ」
ふん、俺が殺し屋だとわかればこの男もびびってひれ伏すだろう。もう二度といたずらなどしませんのでゆるしてください、と泣きながら懇願するに決まっている。
しかし男は冷静に返した。
「うそをつくな」
「う、うそじゃない」
「うそに決まってる」
「どうしてそう言い切れる? 俺はいままで何十人も殺してきた。ほんとだ。信じてくれ」
「いいや、うそじゃよ。お前は殺し屋などではない。なぜならお前はウマシカ大学に通う平凡な学生だからじゃ」
バレていた。
殺し屋ではないということはもちろん、ウマシカ大学というおバカちゃんが通う大学に在籍しているということも。どうやらこの男は俺の身辺調査をすでにすませていたようだ。
俺は恐怖を覚えた。
たんなるいたずらで大学名まで調べるだろうか? これは本格的にCIAのにおいがしてきたではないか。逮捕する前に被疑者のことを調べるのは常套手段だ。
俺は想像した。
「日本の底辺が集まることでおなじみの、あのウマシカ大学に通う斉藤慶太容疑者が、女子高生のスカートの中を凝視した疑いで逮捕されました。本人は『スカートの中など凝視していない。パンツは見えないからいいのだ。見えてしまったらそこまでなのだ。つまりスカートの中などには価値はなく、見るはずがないのは自明のことなのだ』などと、証拠の監視カメラ映像を前にしながらも否認しており・・・・・・」
いろいろな番組でそう報道される俺の姿がありありと頭にうかんだ。
この歳で変態の容疑で逮捕されるだなんて、自分が哀れでしかたがない。
足と受話器をぷるぷるとふるえさせていると、男がつつみこむようなやさしい声色で言った。
「ワシの正体が知りたくないか?」
「いったいどなたさまなのでしょうか」
相手を刺激しないよう、おそるおそる聞いた。
「さきほどは失礼いたしました。さしつかえがなければ、あなたさまのお名前をお聞かせいただけないでしょうか」
「いいだろう。ワシの正体はな」
そのあとにつづいた男のことばを聞いて俺は目を見開いた。
彼はこう言ったのだ。
「未来のお前じゃ」