第1話 世紀の大発明
「電話とは、人に情報を伝達するための機器である」
―カマンベール・斉藤 自伝『人は私を漆黒の堕天使と呼んだ』より―
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俺は数秒前まで『メリコンダ』というDVDを鑑賞していた。
巨大なコンドルが人々を食い殺したあげく、最後には地面にめりこんで死ぬ、という衝撃的につまらない映画だ。
スタッフロールを早送りをしていると、電話がいかれた女のようにけたたましく鳴った。
俺は受話器をとると、一般的な日本人がそうするように「はい、もしもし」と言った。当然「あ、○○さんのお宅ですか?」みたいな返事がくるとばかり思っていたのだが、このときばかりはちがった。
相手は第一声にこう言ってきたのだ。
「お前は誰じゃ」
それは男の声だった。しわがれた、80歳くらいの男だと容易に想像できるような、濁った声質。
「誰じゃ」と聞かれるとは露にも思ってもいなかったから少々困惑した。こちらが「誰だ」と聞きたい。
「おい、はやく答えるんじゃ。お前は誰じゃ」
俺は不快感をあらわに口を開いた。
「お前こそ誰だ」
「いいから、名乗るんじゃ」
「お前が名乗らないなら俺も名乗らない」
「時間がないんじゃ。はやく名乗らんかい」
そっちがそういう態度をとるならばこっちにも考えがある。
「俺さまの名前を知りたければ土下座をするんだな。そうすれば教えてや・・・・・・」
「もうわかった。名乗る必要はない」
人をおちょくっているのだろうか。もし目の前にいたら鼻をへしおってやるのに。
「そのえらそうな態度でわかった。成功したんじゃ。ワシは成功したんじゃ!」
男は急にきゃっきゃと喜びだした。まるでアポロ11号の打ち上げに成功したかのような騒ぎようだ。
「なにに成功したって?」
「聞きたいのか?」
「いや、べつに聞きたくはない」
「そうか、そこまで言うなら聞かせてやろう」
「いやいいよ、言わなくて」
「ワシの長年の研究が実を結んだんじゃよ。世紀の大発明じゃ!」
「は?」
「君はいま、とてつもなく大きな奇跡に遭遇しているのじゃ。ワトソンとクリックによる二重らせんの発見なんかよりも、はるかにすごいことなんじゃあ!」
まるで意味がわからなかった。
このときは、頭のいかれたくそじじいの戯言としか思っていなかった。
しかし、そうではなかった。
たしかに大きな奇跡、世紀の大発明だったのだ。