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商店が軒を連ね、それらが営業している限り人の姿が絶えることのない大通り。
都市の中心地に大きく広がったそこは、それ自体が小さな町のようでもあった。
その一角に、中でも大きな店がある。細分化された食材店が小さな店舗で分散する中、だからこそ、ここは利便性と客引きを兼ねて巨大さを売りにしていた。
『コンパティ書店』――
人目を引くよう派手に装飾された巨大看板を見上げて、彼は満足げに数度頷いた。
いかにもな中年で、小太りの男。スーツにエプロンを重ねた仕事着が絶妙に似合わない、古めかしい顔付きをしている。相応に灰色の髪は、彼が同じ色だと主張するスーツよりも明らかに白んで見えた。
彼は片手に下げたコートを持ち直しながら、自らの顔が悪辣さを湛えていると自覚して力を抜いた。温和さを意識した表情を作り直し、店の扉を開ける。
一階層しかない造りだが、照明を効率よく反射する真っ白で清潔な壁や書棚が空間を大きく見せ、そして実際に、吊り看板によって明確に区分けされた各コーナーは広々として、今も多数の客がぶつかり合うこともなく行き交っている。
「あ、コンパティ店長。おはようございます」
そんな中で声をかけてきたのは、最も近く。入り口付近にいた若い女の店員だった。この店の店主である中年男――コンパティは、それに軽く手をあげて応える。
そのまま通り過ぎようとする彼に、女店員は会釈しながら、窺うように言葉を続けた。
「店長、このところ毎朝どこかへ寄っているみたいですけど……」
「ん? まあ、ちょっとな」
返答を濁しながら、コンパティは手にした黒いコートを隠すように折り畳む。
その時にふと、足元に紙が一枚落ちているのを見つけた。
咄嗟に脅迫状を思い浮かべ、拾い上げる。しかしそれは血文字を模して相手を脅す類のものではなく、ただの広告だった。
ただしだからといって心温まるものでもなく、コンパティの胸をむかつかせることに変わりはない――それは魔本堂が配っているチラシだった。客の誰かが落としていったのだろう。
女店員が覗き込もうとしてくる前にそれを握り潰し、彼はコートを収納するために大股でロッカーへ向かった。
その後ろから、女店員が慌てた様子で小走りに追いかけてくる。元より相談したいことがあって、店主の出勤を待っていたのだろう。彼女は最近、主任格に昇格したばかりだった。責任感を持った瞳で、しかし絶対の雇い主であるコンパティの機嫌を窺いながら、恐る恐る言ってくる。
「ところで店長、オカルトコーナー縮小の件ですが……」
その瞬間、コンパティは怒りの形相で鋭く振り返った。女店員が小さく悲鳴を上げて肩を縮こまらせながら後ずさるのを、追いかけるように一喝する。
「縮小などせん! むしろ拡大してやるくらいだ!」
「そ、それはちょっと……うちの売りはオカルト本ではないわけですから、そんなに……」
怯えながらも逃げ出さなかったのは、やはり責任感のなせる業か。それともここ数日、同じように店の改装を提案するたび、同じように激昂するためか。
その中で反対意見として発せられる店主の立案が本気でないことは明白であり、事実として行われることはなかったが、かといって女店員の提案が受け入れられることもないまま、コンパティ書店は現状維持を続けていた。
店主はそれ以上話すことはないと言わんばかりに背を向け直すと、ロッカーにコートを押し込み事務室へと入っていった。
「コンパティ書店に縮小などない! うちの店をなんだと思っている!」
そう告げると同時に強く扉を閉め切る。
立腹したまま椅子に腰を下ろすが、恨みの言葉は終わらない。
「あの店さえ……あんなインチキ本屋さえなければ!」
売り上げの記された書類に目を通しながら――その数字に大した変化は見られなかったが、彼はそれでも悔しげに机を叩いた。
「だいたい、あんなでかいだけが取り得の店なんて、でかいだけの……くそ! 店はでかさじゃないんだ!」
握り締め続けていた魔本堂の広告をとうとう破り、丸めてゴミ箱へ投げ捨てる。
彼は代わりに、自社の広告を誇らしげに掲げた。
『町一番の巨大店舗! 実用書からオカルトまで、なんでも揃うコンパティ書店』
一部の客からは、「一番大きいのは魔本堂だよな」と囁かれるようになっていた。




