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4-11

「まったく……どうして私がこんなことを」

 ぶつぶつとこぼしながら、ネイジは梯子の上で木槌を振るっていた。鉄の釘を叩く硬い音が、早朝の清涼さを全く感じさせない、薄暗く閑散とした裏路地に響き渡る。

 その音色に混じって――クエストは梯子の下から声をかけた。

「文句言わないで、しっかりやってくださいよー? これからは真面目に本屋をやるって約束したんですから」

「なにが約束だ、まったく……だいたいこんなこと、あの小娘にやらせるべきだろう!」

 ひどく忌々しげな顔をして叫び、見下ろしてくる。しかしクエストは軽く手を振り、余所見をしている暇があったら手を動かしてくれと示し、それに渋々と彼女が従うのを見送ると、店の中に戻りながら告げる。

「師匠は今、本の陳列中ですよー」

 その言葉通り。店の中ではミストが膨大な量の古書を、あくせくと書棚の中に陳列していた。

 そしてネイジと同じように、ぶつぶつとこぼしている。

「まったく……なんであたしがこんなことを」

「文句言わないで、しっかりやってくださいよー? これからは真面目に本屋をやるって約束したんですから」

「なにが約束よ、まったく……だいたいこんなこと、あの女にやらせるべきでしょ!」

「看板の取り付け中です」

 先ほどと同じようなやり取りを繰り返すと、少女は「むー」と口を尖らせた。が、やはりクエストの指示によって、すぐにまた本の陳列作業へ戻っていく。

「さっさとやらないと開店時間になりますよー。俺も手伝うから、遅れないようにしないと」

 不服そうなミストとは正反対に、クエストは上機嫌だった。

 しかし、彼にとってはそれも仕方ないことだろう。

「遅れは許さないぞー。なんといっても今日は、魔本堂の新装開店日なんだから!」

「わかってるわよぅ」

 片頬を膨らませ、明らかに逆心を抱く表情を浮かべながらも、かといって逆らうこともなくクエストと共に陳列を続ける。

 実際、彼女は今日までのクエストの目がない時間でも、熱心にそれを続けていた。おかげで残されているのは現在手を加えている、入り口付近の書棚ひとつだけだった。そしてそれも、ミストが不機嫌に押し込んだ最後の一冊によって完了する。

「おーい、こっちは終わったぞ」

「お疲れ様です。こっちも終わったところですよ」

 丁度よく、外からネイジが入ってきた。ぐったりと疲れきった様子で、折り畳まれた梯子をひとまずレジの奥に転がしておく。

 彼女は自分の肩を自分で揉み解しながら、同じく項垂れるミストと共に書棚へ背中を預けて座り込んだ。二人で横に並び、嘆息したのはミスト。

「はぁ。『書食書』が使えないのに本屋をやるなんて……」

「私だって、『人食書』の使用を禁じられたんだ。せっかくの大儲け計画が……」

「他の部分に自由を与えているだけ、ありがたいと思ってもらいたいもんですけどね」

 そう言ってクエストは不敵に微笑むと、不服を前面に押し出した彼女らを見下ろす。今までならば、バイトのくせに生意気だとひどい折檻なり、仕置きなりを受けていただろうが、今はそんな心配も必要なかった――

 二人の魔法使いから勝利を手にしたクエストは、ネイジが作った精神支配の魔道書を用い、非人道的な行いを禁止された上で彼女らを魔本堂の店員とすることに成功したのだから。

 そのため、いつも通りの魔女らしい仰々しさを感じるマントに、魔女らしくない一般的な白のブラウスと黒いタイトスカートというちぐはぐな格好をしたネイジはもちろん、ミストも同様に魔本堂の店員を示すエプロンを身に付けていた。特別性は一切なく、彼女が平素から纏っている毒々しい血を連想させる赤黒いワンピースの上に、無理矢理着せただけだ。

 そしてもちろん、両者共にしっかりと名札を付けてある。

 ただし――そこに追記されている役職は、『平店員』だ。二人の不満は、それについてでもあるらしい。

 一方でクエストはそんなことに聞く耳を持たず、ひとり意気揚々と上機嫌に語っていた。

「変な手段なんか使わなくても大儲け出来るんだから、安心してくださいって。なにしろ――」

 店内をぐるりと見渡す。

 あの、魔法使いたちの戦いが終結してから、どれほどか。そう長い時間には感じられないが、単純な日数で表そうとすれば二桁では済まないだろう。

 しかし強固に再建を目指すクエストと、それに従わされる魔女の力によって、それはここに果たされようとしていた。

 まともに歩けないほど抉れ、めくれ上がっていた床板も、もはや単なる木屑となってしまった書棚も、炭化した魔道書も、懸命な復旧作業によって元の形を取り戻している。無論のこと再生させたわけではなく、大半が新たに作り出したものだが。

 こうして一から再建されたと言える魔本堂は、しかしクエストが初めて訪れた時と変わらぬ、暗澹たる感情を湧き起こらせる魔界じみた不気味な怪しさと、明らかに狂信的な偏愛と偏執がなければ生み出されない

おぞましい神秘さが相まって、再びクエストの考える最も優美な魔道書の販売所として相応しい内観を見せるに至った。

 目に見えるそれらの結果に満足すると、クエストは最後に二人の魔法使いの顔を見やった。なによりも魔本堂に欠かせない存在、そして商売の秘策として、

「なにしろこんな幻想的な巨大本屋に、魔法使いの店員が二人もいるんだから!」

 そう言って魔女らを励ます彼の胸に付けられた名札には、『店長』の文字が輝いていた。

「はぁ……まあ、せめてあんたみたいな本屋フェチが大量にいることを願うわ」

「私の計略なくして、それは叶えられんと思うがな」

「……ちっとも俺のことを信用してませんね」

 激励を全く心に響かせない二人に、恨みがましい半眼を送る。クエストは仕方なく更なる根拠を見せつけようと、店長らしい堂々たる様子で胸を張り、語ってみせた。いつかネイジが見せていた、自らの商才を自賛するような調子で。

「俺だって無策なわけじゃないですよ。ちゃんと商売の計画も立てているんですから。例えば一般書籍を原価よりも安く売ることで周りの本屋を閉店に追い込み、客を独占したあとで値段を吊り上げていくとか――その間の利益は、二人が自筆することで異様に利益率の高い魔道書で補っていくとか」

 一息にそう明かしたその後も、新たな店主であるクエストは法の目をかいくぐって客を呼び込む巧妙な手口や、一度受け入れた客を半ば強引に再来させる悪逆な手段、そしてそれらの計画の全てについてネイジやミストが多大な労働が課せられることをほのめかしながら、己の経営戦略を彼女ら伝えていった。

 おかげで魔女たちが反発する箇所は随所に見受けられたが、二人のどちらもそんなことより別の考えに意識が向いてしまうばかりで、口を挟むことはしなかった。ただぽつりと、互いに向かって言葉を漏らす。

「……ひょっとして、こいつが一番非道なんじゃない?」

「妙な育ち方をしてしまったようだ……」

 そうしてため息をつく頃、クエストの話は終わったようだった。

 というより、彼はまだ非道と道理の境目を突くような商売方法について語る途中だったが、はたと思い出して話を打ち切ったのだ。

 それがなんであるかはすぐに知れた。ぽん、と手を打って言ってくる。

「おっと、そろそろ開店時間だし、細かいことは今後実行する時に話していこうか。それより二人とも早く、並んで並んで」

「あぁもう……こうなったら自棄よ! あんたの計画で金儲けが出来るっていうなら、やってやろうじゃないのよ!」

「どの道、もはや引き返すことも出来んからな。せめて店員として大儲けさせてもらおうか」

 意気揚々と入り口の前に立つクエストに続き、もはや辟易した感情を通り越し、諦めの中に活路を見出しながら、二人の魔女も店主の両脇を固める。

 魔本堂と書かれた鮮やかな水色のエプロンを身に付けた店員たちが並び、その全員が店の扉に手をかける。

 クエストはそれを押し開く前に、左右の魔法使いと顔を見合わせた。

「いいか? 色々と言ってきたけど、商売成功の秘訣はなによりもこれだ」

 そして店主として――最初の仕事を彼女らに命ずる。

「お客様には、笑顔で挨拶!」


 『ようこそ! ファンシーマジックブックストア・クエストの魔本堂へ!』

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


次作は四月下旬以降に投稿開始予定です。

詳細な投稿日時は決定次第、活動報告欄にて告知します。

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