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4-7

「しまった、やられた!」

 悲鳴と同時に店内が一瞬、不気味な明るさを持ったように感じた。背後からの不可解な光によって、薄暗いはずの店が照らし出される。ミストは既に飛び退いていた。クエストはそれに遅れて、しかし辛うじて転がるようにその場を離れた。

 直後、その脇を通り過ぎていったのは炎。煌々と輝く鳥の形をした炎は、そのまま真っ直ぐ飛翔して檻にぶつかると、小規模な爆発を巻き起こしながら双方共に消滅した。

 二つが消え行く様を見終える暇もなく、クエストは慌てて炎が飛来した方向を見やる。魔道書がぎっしりと詰め込まれた書棚が立ち並ぶ、暗澹とした店の奥。その影の中からゆっくりと抜け出たのは他でもなく、魔女――敵意を剥き出しにした恐るべき眼光を備える魔本堂の店主、ネイジだった。

「やっぱり。さっきのは『幻惑の書』と同じように作り出した、幻影だったのね」

 隣に並んできたミストが、それを見抜けなかった悔恨と怒りを滲ませながら囁いてくる。ネイジはそれに対して勝ち誇るでもなく、ふんっと軽く鼻を鳴らした。

「やはり舞い戻ってきたか、小娘と裏切り者コンビめ」

「変な名称を付けないでください……」

 一応指摘してから、クエストはネイジに向かい、先ほどの幻影に対しては詰まり詰まりでろくに伝えることの出来なかった自らの心中を、今度こそハッキリと告げるべきだと心に誓った。威圧的な目でこちらを睨み据える彼女に向かってそれを発声するのには勇気が必要だったが、再び薄闇に包まれた店内の魔界的な美観を一瞥し、意を決する。

「俺は、店長を説得に来たんです。魔道書に人を食わせて空き巣をするなんて、そんな回りくどくて非道なマネはやめてください! お客は増えているんですから、真っ当に本屋で稼ぐだけでも十分に儲けられますよ!」

 辺りが、影を縫いつけられたような静寂に包まれる。クエストは強固な瞳、しかし心底にはネイジからなんらかの攻撃を確認したら即座に逃げ出そうと誓った双眸で店主を見据えていた。

 しかし彼女は言葉を受けても、なんら心中を揺らがせる素振りすら見せなかった。ただ冷ややかに元バイトを睨み返し、その怒りをより大きくしている気配さえ感じさせる。やがて、愚かしいものを見下す嘲笑めいた声音が、真紅の色をした魔女の唇から吐き出される。

「ふん……そんな悪党の手先になっているお前に、説得される筋合いはない。知っているのか? 横にいる小娘が、どれほどの悪なのかを!」

「悪? 師匠が?」

 指差された店主の師匠、ミストの方を怪訝に見やる。彼女はなぜかぎくりと顔を強張らせると、慌てた様子でクエストの前に進み出て、ネイジの声を懸命に掻き消そうとするように喚き始めた。

「耳を貸しちゃダメよ、実行犯! あの女はそうやって人心を惑わし、あることないこと吹き込んではあんたを寝返らせようとっていう作戦であって、あたしは断じて後ろめたい悪事なんかこれっぽっちも一切なにも――」

 しかしネイジはそれを無視して、さらに大音声で告げてくる。

「いいか! その小娘は『書食書』を使って――客の本を食い尽くそうとしていたんだ!」

「師匠までそんなことを!?」

 曰く。

 ミストはこの魔本堂を開く際、客に売りつけた『書食書』に、その客が持っている他の本を食わせることで、客が失くした本を買い求めに来るという計画を企てていたらしい。

 ネイジとの意見の相違、対立は、ミストが語った正義に由来するわけではなく、そういった金儲けの手段に食い違いが発生したためだった。

 そして店主はその計画の詳細を語りながら、それこそ正義に打ち震えるように苦悶しながら、拳を振り上げてみせた。

「そんな、人を騙して大儲けしようなどと……それ自体は賛成だが!」

「賛成なのかよ!」

 クエストからの指摘は当然の如く無視して、やはり彼女は口惜しげにわななく。

「しかし本は私たちにとって、商売道具であると同時に命綱、そして究極の娯楽でもある! それを悪戯に失わせようなどとは、不義理にもほどがある! 師匠は本への敬意を忘れている!」

「コンパティ書店のことを思い出すと言えた義理じゃないとは思うけど……まあ、本への敬意については賛同出来るぞ」

「食らうならば人にするべきだ!」

「そっちは賛同できなーい!」

 頭を抱えて叫ぶ。やはり店主はこんな人物だったのか、と。

 だがそんなクエストの失望などもはや関係なく、ネイジは自らの師匠に対して、当時と同じ意見の対立を再発させたようだった。ミストの眼前に、びしりと宣告のように指を突きつける。

「そもそも再度本を買いに来る可能性に賭けるより、こちらの方が確実だ! そしてなにより本なんぞの売り上げよりも遥かに効率がいい!」

「本への敬意はどうした!?」

 対してミストも、

「人を食らって空き巣に入るなんて、ただの犯罪よ! その点、こっちは真っ当な――」

「己も犯罪じゃあああああ!」

 真後ろからの絶叫に、ミストは一瞬だけ怯えて肩を縮ませたが、次の瞬間には八つ当たりのように振り返り、キッとクエストを睨みつけると、ネイジとの間で視線を彷徨わせながらやけくそに叫び出した。

「あぁもう、うるさいわね! もういいわ、やっぱりこの女なんかと会話するなんて不可能だったのよ! こうなったら……実力行使よ!」

 ミストは小柄な体躯を生かすように素早い動作で踵を返すと、短いマントを翻して、クエストを盾にネイジの視界から逃れ隠れるように背後へと回り込んできた。そしてクエストの背を、軽く叩く。

 前に押される形でつんのめりながら、クエストは振り返り抗議の声を上げようとしたが――それに先んじて、少女は叫んでいた。

「飛んでいけ、実行犯!」

 直後。その言葉通りに、クエストは飛翔した。

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