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「あんた、あの女に謝ってきなさい」
ランプの小さな明かりに顔の半分ほどのみを照らしながら、ミストは唐突にそう命じてきた。
「…………」
わけがわからず、クエストは黙したまま瞬きした。そして真意を探ろうと視線を彷徨わせる。
以前にルードが使っていた廃屋――彼が使っていたと思われる、小奇麗なベッドや書き物机がある二階の一室に逃げ込んだクエストたちは、そこで先ほどの反省と、今後の行動について話し合っていた。
そして、まさにその今後について、ミストが発した第一声が先ほどのものである。
クエストは小奇麗ながらも質素で朽木の臭いが漂う部屋を見回し、魔本堂から逃げ出してからのそうした経緯を思い返すほどの時間を使って……けれどやはり、返事として口を出たのはたった一言だった。
「……はぁ?」
「だーかーらー」
待つ間に苛立たしげな顔へと変化させていたミストが、その表情通りの調子で言ってくる。座っているベッド台を揺らすように、何度も踵で床を叩きながら。
「あんたがあの女に、許してくださいって頭を下げるのよ。それはもう惨めに、普段のあんたよりは何倍か情けなくね」
「色々言いたいことはあるが、降伏するってことか? まあ、作戦は見破られたしな……」
恨みがましい半眼で犬歯を見せてから、しかしやれやれと嘆息する。
納品書を偽って精神支配の魔法を仕掛けるというのはミストの提案だったが、あっさりと看破されてしまった。もっとも、あれだけ怪しければ無理もないことだろうが。それを思えば同じくネイジに対する精神支配を果たしたルードはやはり、その才覚に長けていたということか。
だが、諦観の様子を見せるクエストに対して、ミストは激昂しながら立ち上がった。
「降伏なんてするわけないでしょ、馬鹿! いい? これは作戦なのよ」
「作戦? 俺が店長に謝ることが?」
彼女の話から、クエストは自分なりになんらかの策を推測、あるいは考案してみようかとも努力したが、なんらまともな案は思い浮かばなかった。この生意気な顔をした少女は、その長い銀髪と漆黒色をした大きなリボンを揺らしながら、そうしたクエストの無駄に終わった努力を察してか、自らの知恵の深さを誇るように胸を張った。
書き物机に備えられた椅子に座るクエストは、立ち上がったことでようやく自分と同じ背丈になっている程度の子供じみた体躯の少女が見せるその態度に、まさしく癇に障る子供を相手しているような苛立ちを覚えたが、子守の心地で先を促した。少女が言ってくる。
「簡単なことよ。あんたが惨めに這いつくばって涙と鼻水で顔面を汚しながら床でも靴でも舐めてる間に、あたしが背後からあの女を攻撃するって計画よ!」
「さっきに増して色々と言いたいことはあるが……また単純だな」
もはや怒りすら通り越して呆れの顔を見せながら、クエストは肩をすくめた。そんなことで大丈夫なのか、と。
しかし彼女の方はあくまでも己を疑わない、成功への確信に満ちた瞳をほのかな明かりに映し出しながら、子供らしからぬ不敵な――そしてクエストが魔法使いと相対した際に常々感じるような、人ならざる悪魔めいた笑みを浮かべてみせる。
「ふふ、甘いわね。これがただの不意打ちとは思わない方がいいわよ」
「他になにか考えてるのか?」
「当然よ。あの女の単純な思考回路なんて、出し抜くのは容易いわ」
「……ここで反省会を行っている理由を思い出した方がいいと思うぞ」
一応指摘してみるが、当然の如くミストはそれを聞き流した。
なんらかの、クエストにも明かそうとはしない秘策を携え、その目に宿る自信をさらに揺ぎないものとしながら、どこか適当な虚空に向けて腕を突き上げ、号を発する。
「そうと決まれば早速準備よ! 今度こそあの極悪外道を地獄の底へ叩き落としてやるわ!」
「俺、元々はただ綺麗な本屋を眺めていたかっただけなんだけどなぁ……」
忘れたことなどないが――ふと己の本来の目的を思い返し、なぜかそこから大きく逸脱した生活になっていることに、クエストは薄暗い廃屋の中で嘆息した。




