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どうやら――
衛兵たちはコンパティ書店やルードに関することではなく、最近多発している失踪事件についての調査でやって来ただけらしかった。
魔本堂からほぼ出ることのない、出られることのないクエストはその時になって初めて、町の中でそんな事件が起きているのかと知ったのだが、それはともかくとして。
彼らの調査によると、失踪した被害者の中の何人かがこの魔本堂を懇意にしており、他の不明な被害者についても同様の嗜好があったと推測されている、らしい。
そのため犯人についての心当たり、特に怪しい人物を見かけたり、何者かに恨みを買うような出来事が起きていないかと事情聴取に来た、とのことだった。かといって店主や店員――つまりはクエストを怪しんでいないかと言われれば、その限りでもないだろうが。
魔本堂に恨みを持つ人物と言われて、思い当たる顔はいくつか存在した。ただし今や衛兵たちの管理下に置かれている者ばかりだ。ルードは無論のこと、コンパティも放火の疑いにより捕まっていたらしい。
そう考えていくと、魔本堂はなんらかの犯罪者に狙われてばかりであり、今回の失踪事件の犯人とも自分たちが知らぬ間に関わっているのではないかとも思えてくるが――
知らぬ間であれば、知らないわけで、それ以上の情報を出すことは出来ない。また衛兵たちはこの異様な、無用なまでに広大でありながら、古めかしい書棚とおぞましい魔道書の群れに圧迫される、悪魔めいた美観の中に長く存在し続けることが耐え難い苦痛であるらしく、こちらが言い尽くすや追求もそこそこに、出来る限り周囲の風景を視界に入れぬよう注意しながら引き上げていった。
クエストは再び店の扉が締め切られ、店内に自分と店主の二人だけ――客は来ていない――になったのを確認してから、ようやく身体の緊張を解いた。
「店長が捕まることはなかったみたいですね、どうやら」
「当たり前だ。私はただ金儲けをしているだけだぞ」
心外だと怒りの視線を向けてくる。次いで、その目付きをじとっとした怪訝なものへ変えて。
「まさかお前……まだ、私がいなくなれば店を乗っ取れる、と企んでいるんじゃないだろうな?」
「店長には、いてもらわないと困るんですって。だからこそ必死に助けたんですから」
弁解すると、彼女は半信半疑のまま鼻息を鳴らし、それはそれとして大きな紙を取り出した。
何事かと覗き込むと、それは都市の地図だった。店主がそこにペンを走らせる。そうして次々と付けられていく印は、どうやら先ほど衛兵たちに聞いた被害者の住所らしい。
それを見つめながら――クエストはふと、あることに気付く。
「あれ? これって……」
呟くと、店主もまた同じことに気付いたようだなという顔で頷いた。しかしなぜか妙に急ぎ、クエストが口を開くのに先回りして、言う。
「衛兵の推測通り、全てうちで買い物をした客ばかりだ。これでは疑われるのも仕方ないか」
「え? そうなんですか?」
きょとんと聞き返したのはクエスト。全く意外な、気付いていなかったことを指摘され、その真偽を問うように店主と地図上の印とを交互に見つめた。
ネイジの方はそうした反応に対し意外そうな顔をして、慌てた様子でさらに聞き返してくる。
「そのことじゃなかった、のか?」
「客の住所なんか知りませんって。俺はただ、盗難事件のわりに高級住宅街の被害がないなと思っただけで」
地図上の印を指でなぞっていく。
被害は都市のほぼ全域と呼べる広さで発生しながらも、商店や高級な民家が並ぶ都市の最も栄えた中心地だけは空白だった。
店主はひどく怯んだ様子の不可解な顔を浮かべていたが、クエストはそんな彼女が気付いたらしい事象と照らし合わせ、自ら結論を導き出した。
「被害者が全員うちの客なら納得出来ますね。うちに来る客で、こんなところに住んでる人はいないだろうし」
「いてほしいものだがな」
店主は常々そう願っていたが、未だにそれは叶っていない。
さておき――問題は犯人だった。
都市の中から無作為に選んだ十人が偶然にも、未だ多いとは言えない魔本堂の客であるということは有り得ない。だとすれば、やはりこれらになんらかの関係性があるのは明白だろう。
「ひょっとして、またルードが絡んでいるとか?」
自分でも半信半疑程度の心持ちながらも呟き、関係が深い店主に目を向けると、彼女は「考えられなくもない」と頷いた。
「あの男なら、懲りずになにか仕掛けてくるかもしれん。この上なくしぶとく、しつこい性質の持ち主だからな。獄中から復讐をしてくる可能性はある」
本来であれば、それは脱獄でもしない限りは到底成し得ない望みであり、真っ先に否定されるべき可能性なのだが、ルードにその基準が当てはまらないことは、もはや深く理由を考える必要もない。彼はネイジと同じく魔法使いなのだから。
しかし、ルードが牢獄を超越する可能性については納得していたが、クエストはふと、さらなる根本に疑問を持った。
「失踪が魔法によるものだとすれば、ますますもって怪しいですけど――人を消してしまう魔法なんてあるんですか?」
魔法は万能であり、あらゆる超自然的な現象を可能にする。
というのは、クエストがネイジと出会うより以前、幻惑的な本屋を求めて旅を始めるよりも以前。実家の本屋が健在な頃、そこに並んだ本の数々を読んで回っていた時に得た知識だった。もちろん、架空のものとして理解していたのだが。
しかしネイジはその全能めいた力という扱いに関しては否定しながらも、今回クエストが提示した、これも遥かに人知を超えた超自然である現象について、いとも容易く「いくつかの手段で同様の状況を作り出すことが出来る」と言ってのけた。
「例えば……そうだな。最もわかりやすいのは、その――」
そう言って、クエストが機を逃して未だに持ち続けている魔道書を指差した。
刹那。
すさまじい圧力が二人を、魔本堂の店内全てを多い尽くした。




