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2-11

 クエストの持つ武器、それは魔道書だった――

 ただし伝説で語られる魔法使いのように頁を開きなんらかの力を召喚するのではなく、書そのものである。

 それを棒状に丸めて、それ自体を武器として構えていたのだ。

 ルードはしばしそれを唖然と見つめたあと……大笑した。

「あっはは! あれだけ啖呵を切っておいて、なんだいそれは? 子供の遊びじゃないんだよ」

 頭を抱えて仰け反るほど嘲り、笑い転げるルード。

 しかしクエストはその耳障りな声も意に介さず、戦う意志を純化させる。

「ああ、子供の遊びじゃないさ。店長を返してもらうためだからな!」

 同時に、クエストは地を蹴った。

 薄明かりの中でガラスの砕片を跳ねさせながら、目の前のルードへと一直線に向かっていく。

 しかしその間に割って入り、視界を塞いだのは他ならぬ、ネイジだった。ルードから迎撃命令を受けた彼女はクエストと同時に駆け、カウンターを飛び越えて空中から襲いかかって来る。

 とはいえまさか、彼女の存在を忘れていたはずがない。クエストは駆ける自らの足が着地するのと同時に、そこを基点として身を屈めた。ほとんど前転するような形で、踏み付けようと突き出してきていた彼女の足を文字通りかいくぐる。

 立ち上がると、クエストはレジカウンターの目前にいた。あとはそれを飛び越えさえすれば、ルードのもとへ辿り着く。彼はそんな状況ですら余裕を湛えて笑っていた。実際に、余裕があったのだろう。クエストは眼前の標的をいっとき無視して、即座に身をひねった。

 直後、真横を鋭い蹴りが通り過ぎる。真っ直ぐに放たれたネイジの足が、一瞬前までクエストの立っていた場所に突き刺さっていた。

 飛び退き、距離を取る。ネイジの体術、というよりも単純に蹴りというものが人体にとってどれほど恐ろしい効果を発揮するか、クエストは身をもって理解していた。理解させられた。

 しかしだからと言って、彼女と真っ向から叩く気は毛頭なかった。彼女を助け出すためなのだから当たり前だ――そう心中で繰り返しながら、クエストは獲物を振りかぶった。

 同時に標的を手の届く範囲から逃がしたネイジが魔道書を取り出す。それを乱雑に広げると――ナイフでも投げるように、クエストに向かって投擲してくる。

「書よ、燃やし尽くせ!」

 呪文のような猛りに呼応し――魔道書は空中で、突如として燃え上がった。

 炎を纏い、書は火球というよりも、伝説上に登場する燃え盛る鳥のような姿で飛来する。実際それは鳥のように羽ばたき、標的を見定めて速度を上げたようにさえ見えた。

 異様な熱波が周囲を包み、肌が焼け付くのを感じながら、しかしクエストは避けようとせず、待った。ほんの一瞬だが、襲い来る炎を見据えて、自分が振りかぶった腕と、それが握る魔道書に意識を集中させて……振り下ろす。

 魔道書は、正確に炎の中心に打ち下ろされた。

 瞬間、室内を眩く照らしていた炎が弾け、霧散する。

 火炎の鳥は、なんの手ごたえも与えずあっさりと、真っ二つに両断されて地面に落ちていた――魔法剣の一閃によって。

「馬鹿な!」

 声を上げたのはルードだった。まさか魔道書を叩き切られるとは思っていなかっただろう。

 操られるネイジも、喪心によって驚愕こそ生まれていないだろうが、多少は次の行動を悩んだらしく、魔道書を投げつけた格好のまま動きを止めていた。

 その隙に行動が取れたのはクエストだけだった。素早くカウンターを飛び越え、驚愕するルードのもとへ突進する。ネイジが護衛と迎撃の任務に戻ろうとする頃には、既に両者は戦いの渦中にあった。

 クエストが魔法剣を振りかぶり、ルードは薄ピンクの魔道書を持ったまま迎撃の構えを取る。

「甘いね、僕が肉弾戦を苦手としているとでも思ったのかい!」

 魔道書を振り回し牽制すると、直後にその反動を利用して、身長の有利を生かした打ち下ろすような拳を放ってくる。

 クエストは牽制に対して一瞬足を止めると、次の一撃が来る頃には魔道書を追うように横へ飛んでいた。

「旅とバイトで鍛えた能力をなめるな!」

「本屋のバイトのどこに鍛える要素があるっていうのさ!」

 律儀に言い返しながら、ルードはさらに身をひねり続けて足刀を放つ。クエストは咄嗟に魔法剣で迎え撃とうとしたが――仇とはいえ二足歩行を奪うのは躊躇われ、武器を引き、腕を縮めて受け止めた。

 脇腹まで貫かれるような痛みは、防御と同時に飛び退けば多少は和らいだかもしれないが、それではネイジの乱入を許すことになる。再び彼女がルードとの間に立つことを嫌い、クエストは歯を食いしばり、衝撃が通り過ぎるまでの一瞬を耐えた。

「宣伝と、あの巨大な店の掃除で走り回らされ、店長の娯楽のために大量の本を運ばされ――」

 ルードの足を打ち払い、駆ける。卑劣な好色魔法使いに肉薄すると、彼はなんらかの反撃を試みようとしたのかもしれない。しかしそれより早く、隠し持っていた『紙』を取り出し、咆哮と共にそれを男の顔面に叩き付けた。

「なにより店長の、悪辣で狡猾な外道の所業を見続けてきたんだ!」

 『紙』は単純に目潰しとして機能し、ルードの視界を閉ざすと共に怯ませた。喫驚の中で身動きを止める

彼が正気を取り戻す前に、その脇をすり抜けて標的を目指す。

 精神支配の魔道書――クエストはルードが持つそれを、魔道書そっくりに作られた木箱ごと両断した。

 魔法使いの男が『紙』を顔から引き剥がすのと、魔道書の上半分が床に落ちるのとは同時だっただろう。分厚い木片がけたたましい音を立てて転がる。

 ルードは驚愕し、クエストは鋭く彼を見上げた。積年の想いを遂げさせた魔道書が破壊され、全てが水泡に帰した絶望を見せる魔法使い。

 ……しかし、木片が完全に動きを止めて室内に静寂が蘇る頃、彼の表情は一転して、見慣れた感のある皮肉めいた嘲笑に変わった。

 人を陥れる悪魔めいた、邪悪な魔法使いの哄笑で。

「ふ、はははは! まさか君は、これでネイジを救い出したつもりかい?」

 そう嘲って、手に残る魔道書を切断された木箱から取り出してみせる。なんのこともない、精神支配の魔道書とは似ても似つかない古書。放り捨てたその中身は全て白紙だった。

「本物はとっくに、君の与り知らない場所に隠してあるんだよ。馬鹿だなぁ――本が狙われているとわかりながら、真っ正直に持ち歩いているはずがないだろう?」

 彼は木片も放り捨てると、芝居がかった大仰な仕草で声高に言う。

 しかしクエストは――勝ち誇る彼に対して、なんらの絶望も見せなかった。

「そうだな、俺もそんなことは思ってない。だが、馬鹿はどっちかな?」

 ルードが愉悦の表情を訝しげに曇らせる。ハッタリか強がりかと嘲りながら、水を差された不愉快に顔を歪めて。

 反対にクエストはただ無表情に彼を見上げたまま、告げる。

「さっきお前に貼り付けた『紙』。もう一度よく読んでみな」

「紙?」

 聞き返しながら、しかしなぜか手に持ったままだった『紙』に目を向ける。

 古ぼけた、しかも丸められていたため状態のよくない、一見すればただ子供の落書きか、ペンの試し書きにでも使ったのかと思われるような、どうということもない『紙』。

 しかし――そこに綴られたものをはっきりと目にした時、ルードは今までのような偽りではない、真の驚愕と動揺、恐怖を露にした。

「こ、これは!」

「……読んだな?」

 その時になって初めて、クエストは冷ややかながらも勝利を確信する笑みを浮かべた。

 木箱を切り裂いたままの身を屈めた体勢から、ゆっくりと背を正す。身長の面ではルードの方が頭一つほど高かったが、今はクエストがそれを見下ろす形になっていた。彼はおののきながらずるずると退き、苦悶するように身体を曲げて頭を抱えていたのだから。

「店長は不満だったらしいが、自我が残るのはこういう時に便利だ。苦しむ姿を存分に拝める」

「貴様、こんなものまで用意していたのか……! こんな魔道書まで!」

「言っただろ? 人を外れた悪魔のやり口を間近で見ていた、って」

 多大な怒り、憎しみ、そして絶望と敗北の色を濃厚に凝縮させた怨嗟の絶叫に、しかしクエストの返事はあくまでも淡々として、冷酷だった。それこそ彼自身が、彼の言う道を外れた邪悪な存在であるかのように冷笑を湛えている。

 ルードは『紙』を破り捨てようとしたのかもしれない。しかしそれも、悪魔めいた残忍な顔を浮かべるクエストの「止まれ」という一言で封じられた。せめてもの抵抗として口を押さえ、なにも喋るまいとする努力も、ルード自身、無駄であることはわかっているだろう。

 彼が魔法使いなら、まして平素、自らが行使している魔法なら、なおさら。

「さあ、本物の魔道書を出してもらおうか――店長が作った精神支配に逆らえるなら、別だけどな」

「貴様……貴様あああああああ!」

 激情に吼え猛る声も――ほどなく、クエストの命令によって噤まされた。

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