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今日の買出しの目的が商品の補充にあるということは、事前に店主から知らされていた。
とはいえコンパティ書店から強奪した分があるため、魔本堂の本は実数にすれば放火によって一部が消失してしまう前よりも増えている。
が、それはあくまでも一般書籍の話であり、やはり魔道書は減ってしまった。それでなくても最近は魔道書を求める客が増え、少しずつだが書棚に空白が生まれている。
クエストとしては、空白がある棚もそれはそれで赴きがあって良いのだが、どちらかと言えばやはりぎっしりと本が詰まっていてほしい。まして店主としては商品が足りなくなるのは困るということで、やはり魔道書の補充は必要だった。
ネイジが言うには、どうやら魔道書は自作するものらしい。そう聞かされた時には驚き、感心したのだが――よく考えれば、実際の能力を持たない偽の魔道書でない限り、どこかから仕入れることなど不可能だろう。
店主曰く、「面倒臭いが仕方ない。魔道書を作り出すことが、すなわち魔法使いの証のようなものだ」ということらしい。
「魔道書を使うことは、実のところ誰でも出来る」
「そうなんですか?」
それを書き出すための白紙の書を買いに向かう途中。露店から溢れる果実や野菜、あるいはなんらかの料理の芳香に包まれた、買い物客が散見される大通りの端を歩きながら、ネイジはふと、そんな話を始めた。
「鍛冶屋の打ち出した剣を誰でも扱うことが出来るのと同じだ。魔法使いというのは、己が特殊な力を行使するわけではなく、その特殊な力を持ったものを作り出す――いわば製造業だな」
事実、それは鍛冶屋が剣を打ち出すのと同じく、単純に複写出来るものでもないらしい。
そもそも、クエストは一度ならず店の魔道書を実際に読んだことがあるが、そこには理解しがたい見知らぬ文字が数百という頁に渡って書き綴られており、魔道の知識がない者には似せることこそ出来ても、狂いなく書ききるのは到底不可能だろう。
そういった解説にぼんやりとだが理解の表情を浮かべるクエストに対し、ネイジはどこか得意げになりながら指を一本立て、話を続けた。
「魔道書には、魔法使いなりの安全装置のようなものがある。これは具体的に機能が付いているわけではないが、先ほど話した特殊な文字によって成り立つ――つまりは実質的に複写が不可能であることと」
と、そこで僅かにだけ言葉を切ると、彼女はふと通りの脇に目を向けた。
そこでは数人の子供たちが、戦争ごっこのような遊びに興じていた。剣の代わりに丸めた本を持ち、それをぶつけ合っている。学校の教科書かなにからしい。
それを見つめながら続ける。
「魔法使いでなければ、そこに記された起動条件を読み取ることが出来ない、ということだ」
初めて聞く魔道書の話には、もちろん興味がなかったわけではないが――
クエストはネイジが言葉を締めくくると、続きを一度保留にするよう頼んでから、急ぎ子供たちのもとへ駆け寄った。
嬉々として教科書同士を戦わせあう少年たちに向かって、怒声を張り上げる。
「こら! なにやってるんだ、お前ら!」
それに反応して、彼らは鍔迫り合いの格好のまま動きを止めた。
後ろからついてきたネイジが「知り合いなのか?」と尋ねてくるが、首を横に振る。
突然現れた睨み見下ろす見知らぬ青年に、少年たちも怪訝な、そして邪魔をされて不満そうな顔をしながら反発の声を上げる。
「なんだよ、おっさん」
「今いいとこなんだよ、邪魔すんな!」
そこから釣られて、周りの子供たちが一斉に非難を浴びせかけてくる。
クエストはとりあえず「誰がおっさんだ!」と反論してから、それはそれとして、威厳がありそうな様子を見せようとしてか両手を腰に当てながら。
「本はそういう使い方をするものじゃないだろ! まして教科書じゃないか」
「うっさい、ばーか」
本を愛好するがゆえの叱責は、しかしそんな言葉で一蹴された。さらに彼らは挑発を兼ねて反発するように、なおのこと教科書を粗末に振り回しながら、いかにも子供らしい罵倒の嵐をぶつけてくる。
クエストは思わず逆上して、彼らの手から本を救い出そうとしたが――
「すねスラーッシュ!」
謎の技名と共に、その名前通り、すねを見事に一閃された。
「のおおおおおおお!」
バンッと机に鉄板を叩き付けたような音が響き、クエストは悲鳴を上げて転げ回った。
「やーい、ざまーみろ!」
「ばーかばーか!」
のた打ち回る青年を嘲りながら、少年たちが罵声と共に走り去っていく。
クエストはしばし地面に横たわって……どうにか起き上がれるようになった頃には、彼らはすっかり雑踏の中へと消えていた。
「うぐぐぐ、あの悪ガキどもめ……」
忌々しく彼らの走り去った方角を見やっていると、後ろでは魔法使いの店主が背を向けながら声を殺して笑っていた。口を押さえて、堪えきれずひくひくと肩を上下させている。
クエストは顔が赤くなるのを自覚して、さっさと目的の店へ向かおうとするが――ネイジがいなければどうにもならないのを思い出し、戻ってきた。その頃には彼女も、目に笑い涙を浮かべながらではあるが落ち着いたらしい。
「いやいや、実に勇敢な行動だったと思うぞ、バイト」
「ほっといてください」
からかう口調で言ってくるネイジに、ぷいと顔を背ける。
ネイジは今度こそ笑い声を上げながら、また買出しのために歩き出した。クエストの脇を通り過ぎる際、同行を促すように、あるいは慰めるように肩を叩く。クエストはとりあえず、前者の意味だと理解して店主の後に続いた。
それを確認して、ネイジが肩越しに振り返ってくる。やはりからかうような表情のまま。
「まあ、あれが魔法剣の書でなくてよかったと思うんだな」
「魔法剣?」
嘲られたことはさておき、また魔術的な単語を耳にして聞き返す。
彼女の答えは簡単なものだった。「剣に変質する魔道書だ」と。――とはいえ、その意味がわからずまた聞き返すことにはなったのだが。
クエストの醜態に機嫌を取り戻したような魔法使いは、また解説の表情を作ると、今度はもう少し長い答えを返してきた。「さっきの話の続きになるが」と前置きしてから。
「魔道書は、知識がなければ起動方法を知ることは出来ないが、同時に、読み取らずとも条件さえ整えば魔法が発動する。例えば『書食書』のように動作と命令を要するもの。もっと簡単には、魔道書に触れる、開く、読む、あるいは形状を変える――魔法剣はこれだな」
つまりはあれが教科書ではなく魔道書で、子供が知らず知らずに条件を満たしていたら足を切り裂かれていた、ということらしい。
それらを聞き、クエストはいちいち納得と感心に声を上げていた。本物の魔法使いから魔道書の話を聞かされることに感動を覚えながら。
しかしそれが魔法使いの機嫌をさらに上向かせてしまったようで……彼女は得意げに、講義のように語り始めてしまった。
「そもそも魔道書、というより魔法と呼ばれるものは大きく分けて二種類ある。ひとつは本に触れている相手へ効果を与えるもの。もうひとつは本自体が魔法になるものだ。前者は精神支配や、空間転移の魔道書。後者は『書食書』や魔法剣、魔法鎧もこの分類だな。本自体が変質して鎧となり――」
「あぁいや、もういいですから!」
それらの話に興味はあったが……このままでは延々と話し続けられる気がして、クエストは慌てて彼女を制止させた。前に進み出て手を突き出すと、歩みと共にきょとんと口を止める。、
「む、そうか? どうせならお前に魔道の知識を叩き込み、弟子としてこき使おうかと思い始めてきたところだったんだが」
「俺が魔法使いに!? …………いや、やっぱりやめてください」
一瞬、歓喜しそうになったが、それよりも彼女の言う、弟子としてこき使うという辺りに不安を覚えて拒否することにした。
恐らくはまともに魔法使いとして育てられるわけではなく、単に面倒な作業を押し付けられるようにする、ということだろう。
「いいと思ったんだがなぁ。あの女よりはまともな師匠になれる自信があるぞ」
「あの女?」
また気になる単語を耳にして、首を傾げる。
と、彼女は自分で言ったにも関わらず、なぜか不機嫌そうに口を尖らせた。
それでも一応、自分で言ったことだからか、返答はあった。
「まあ……私に魔法を教えた師匠、というところか」




