8話 予想外な事でした
結論から言おう!
私に魔法の才能はなかった。
これっぽっちも、ひとかけらも、どうがんばっても、私には魔法の才能がなかったのである。
「カゲウ様は精霊魔法や錬金術に向いているのかもしれませんよ!」
サシャさんがそう言って慰めてはくれるが、正直かなりショックであった。
せっかく憧れの…男の人はいない歴年齢で30歳になると魔法使いになれるというから、私も30だし魔法使いになれるのか! と少し。そう少しだけだけど、期待していたのに。
そして失礼な事に、ショックで落ち込む私の隣で、ルーイ・ルーがどこか複雑そうなそれでいてホッと安心したような表情で私を見ていたのだ。
落ち込む人間を見て安心するとか、どれだけ意地が悪いんだこの男!…と腹を立てた私に罪はないだろう。
そもそもどうして才能がない事がわかったのかと言うと。
1か月前のあの日。
マナを感じ取れるようになった私は早速、サシャさんに魔法の使い方を教わり、市橋嬢や鳴海嬢と同じように回復魔法の初歩から学び始めた。
己の中のマナを感じ、それを教わった通りに操作しマナの属性を変化させて外へと放出する。
しかし、私がそれをしても魔法は発動しなかった。
マナが流れていない訳でもないし、その変化させる属性が違う訳でもない。手順を間違っている訳でもないのに、なぜ発動しないのかとサシャさんは首を傾げていたのだが、それでも巫女修行であるからと、続けていたのだ。
が、数日のうちはともかく、1週間、2週間と時間が経てば経つほどその疑問は広がっていき、4週間…1か月経った今日。
ルーイ・ルーから私だけ呼び出されたのだ。
ルーイ・ルーに連れられ、共に入った部屋にはサシャさんともう一人――レレリール・クラトーヌという名前の白くて長い髭を生やしたおじいさんが待っていた。そのレレリール老に部屋の中心に置かれた向こう側が見えるほどの透明度を保っている水晶玉に己のマナをそのまま注ぎなさいと言われたのだ。
言われた通りにその水晶玉へと手をかざし、レレリール老に止められるまで、自分の中にあるマナを私は注いだのだ。
1分、2分…30分くらい注ぎ続けただろうか。
それでも水晶玉に変化はなく、私の何かが変わる様子もない。
レレリール老は信じられないという顔をし、すぐに同情するような顔で私に言ったのだ。
「カゲウ様には魔法の才能がまったく無いようですな」
その言葉に私は落ち込み、サシャさんはそんな私を慰めてくれ、ルーイ・ルーは失礼な顔で私を見ているわけだ。
何度も言うが、このルーイ・ルーという男は、失礼なヤツである。
「……そうなると、スイナさんは候補から外れる事になりますかね?」
少し考えるようにルーイ・ルーがそう言うと、レレリール老が頷いた。
「そうですな。ただの巫女であれば問題はないだろうが、救世の巫女様は女神リーグル様も同然の存在。魔法を使えないとなると…カゲウ様が救世の巫女様である可能性は低いですからなぁ」
「レレリール様!」
「サシャ殿、気持ちはわかるが黙っている訳にもいかないだろうて」
「わかりますが、その言い方ではあまりにも…!」
サシャさんがレレリール老に抗議の声をあげれば、レレリール老がサシャさんを宥める。私の為に怒ってくれているのだとわかる、サシャさんはとても優しい存在だと思う。
しかしまあ、そんなサシャさんには悪いのだが、救世の巫女になれない事は私にとっては別段悲しくもないし、落ち込みもしない事である。なにしろ“巫女にならなくても殺されたり捨てられたりはしない”とわかっているので、なれないとわかった事はいい事なのである。言えないが。
魔法使いになれないのは残念であったが、さっきサシャさんが言ってくれた通り、精霊術や錬金術というのが使える可能性も残っているし、うん。救世の巫女になりたいわけでもないから、問題ないない。
「…そうなると、スイナさんはどうしましょうか」
言い合いをする二人を余所に、ルーイ・ルーが私を見る。
どうしましょうかって、軟禁状態で生活を送るだけではないのだろうか。
前に、生活は保障しますとか、軟禁はしますけどねとか、言ってたと思うのだが。
すると、サシャさんはルーイ・ルーの言葉に頷いた。
「そうですね。いきなりイチハシ様とナルミ様から離しても、お二人が混乱するかもしれませんものね」
「しかしなぁ、このまま巫女様たちと魔法の訓練を共に続けるほど無駄な事もあるまい」
ルーイ・ルー、サシャさん、レレリール老の3人それぞれが私を見て悩み始めた。
考え事をしながらとはいえ、視線がそんなに集まると緊張してしまう。
「えと、その、あの…」
「スイナさんは何かしたい事とかありますか?」
しどろもどろに何か言わねば!と思いつつも言葉がまとまらない私に、ルーイ・ルーが聞いてきた。
私がコクコクと頷くと、ルーイ・ルーは珍しい事に優しく微笑んでどうぞと促した。
あまりのセクハラ&嫌な男っぷりで忘れていたけど、そういえばこいつはイケメンだったんだっけと、そのまぶしい笑顔で思い出す。
「あ、あの、け、結婚してみたいです」
「……はい?」
予想外だったのだろう。ルーイ・ルーは呆然と聞き返し、サシャさんは目を丸くしている。
そんな二人を横目に、レレリール老だけは楽しそうに目を細めて笑っていたが。
自分でも突拍子もない事だとはわかっているので、恥ずかしいが説明をすることにした。
「わ、私、この年でなんですけど! い、今まで事情があって、その、お付き合いとか、そういうのをした事がなくて、だから、あの…――」
恥ずかしすぎて尻すぼみに声が小さくなり、我ながら中途半端な説明になってしまった。
しかしこれ以上は言えない。
顔に血が集まっているのがわかるし、これ以上言うにしてもなんだか泣きそうな自分がいる。
ちなみに、事情というのはあれである。
事情と言う言葉で誤魔化したが、ただ単にもてなかっただけである。
一応、告白をした事は何度かあるのだが、それはすべて玉砕している。かなしい。
日本ではそんな感じにもてなかったし、彼氏ができたこともないが、ここは異世界。
顔立ちとか違うのだし、価値観とかも違いそうだが、それでも、それでも!
まあ、年齢はここの世界では適齢期を大幅に過ぎてはいそうだからその点マイナスではあろうが、万が一にでも出会えるかもしれないではないか! 私だけの旦那さまに!
3人はしばらく俯く私を見ていたが、ぷっと吹き出す音がして、部屋に笑い声が響いた。
たしかに内容はアレだけど、がんばって言ったのにそんなに笑うだなんてと思って顔をあげれば、涙を流しそうなくらいに声を出して笑うルーイ・ルーと、孫でも見るような笑顔で私を見ているレレリール老。そして、笑い過ぎなルーイ・ルーを叱るサシャさんがいた。
「……自分でも変な事言った自覚はありますけど、そんなに笑わなくても」
「くくく…、いや、ごめんなさいスイナさん。やっぱりあなたは面白い人ですね、ふふふ」
「…そんなに笑うくらいなら、謝らないでください。ちょっとみじめな気持ちになります」
「そうですよ、ルーイ様! そんなに笑うだなんて失礼です!」
さすがにムッとして私が言えば、サシャさんが頷いてルーイ・ルーを怒り、それを見たレレリール老がまあまあとサシャさんを宥める。
宥められたサシャさんはルーイ様なんてほっときましょう! と私の肩を抱いて慰めてくれたが、やっぱりそれはそれでこう、刺さるものがあるよね。うん。
まあ、そういうやり取りがあり、巫女になってもいいかなと思ったその1か月後に、私は巫女見習いではなくなったのだ。
私の葛藤を返せー!と叫びたかったが、それは心の中にしまっておくことにする。