7話 巫女見習い、はじめました
本日は晴天なり、本日は晴天なり。
こんにちは。嫌と言えずに今日も流されております。影羽粋菜です。
先日、市橋嬢と鳴海嬢が巫女になる事を決めた時、自分ひとりだけなりたくないと言えなかった私も、二人と一緒に巫女修行をする事になりました。
今週の目標は「だが断る!」と言える女になる事だったのに、この調子では達成できる気がしません。
どうしてこうも意気地がないのでしょう、自分でも……―――
「影羽おねーさん、先生来たよー!」
「…あ、はい。今、行きます!」
教会の敷地内にある運動場のような場所の隅っこで膝を抱えて現実逃避をしていた私に、市橋嬢が声をかけた。
返事をして駆け寄れば、二人はこっちこっちと手招いてくれ、二人の前には長い小麦色の髪を白いリボンでまとめ、優しげな紫色の眼をした20代前半に見える女の人が立っていた。私と市橋嬢と鳴海嬢はシンプルな白い長袖のシャツと長ズボンであるのに対し、その女の人は神社の巫女さんのような形の上下共に白い袴を着けていた。
私が「お待たせしてすいません」と言えば、その女の人は「いいえ、気にしないでください」と微笑んでくれて、その微笑みに私の心はほわほわと温かくなっていく。
「巫女様、はじめまして。私は女神リーグル様の巫女のひとり、サシャ・ラヴィリスと申します」
両手を重ね、丁寧に優雅に一礼する彼女――サシャ・ラヴィリスさん。
「はじめまして、市橋くるみです! よろしくお願いしまーす!」
「はじめまして、鳴海加奈子と言います。今日はよろしくお願いします」
私が見惚れていると、市橋嬢と鳴海嬢が元気に、そして丁寧に挨拶をする。
その声に我に返った私も、慌てて口を開いてお辞儀をした。
「は、はじめまして! 影羽粋菜です。よよよろしくお願いします…」
あああ! 慌てすぎて噛んでしまった。はずかしい。
顔に血が集まるのを感じて下を向くと、市橋嬢がぽんぽんと私の背中を慰めるように軽くたたいてくれた。気持ちはとてもありがたいのだが、少しだけその優しさがつらく、心に刺さる。
年齢的に普通は立場逆だよね!
普通は最年長の私が若い二人の精神的支柱に!……無理か。がっくり。
「はい、よろしくお願いしますね」
サシャさんはそんな私たち一人一人と順番に目を合わせ、にっこりと頷いた。
優しく丁寧で美しいとか、これが噂の癒し系美女というものか! 素晴らしい!
サシャさんは手に持っていた風呂敷のような折りたたまれた布を1枚ずつ私たちに配る。
、彼女自身も一枚を手に取るとそれを広げると畳一枚分くらいの大きさになった。それを地面へと敷き、その上に座る。
巫女様も…と促され、私たちもサシャさんを真似て、渡された布を広げて地面へ敷き、その上へと座った。
ちなみに座り方だが、サシャさんと鳴海嬢と私は正座をしていて、市橋嬢は体育座りをしていた。
「イチハシ様、ナルミ様、カゲウ様。巫女になる事を承諾していただき、ありがとうございます」
座ったまま頭を下げるサシャさんに釣られ、私たちも頭を下げる。
笑顔のサシャさんはそんな私たちに気付いてもう一度頭を下げ、それから口を開いた。
「御三方は魔法のない世界からこの世界へいらっしゃったのだとお伺いしました。ですので、まずは魔法を使うための力…マナを感じ取れるようになりましょう」
「「はい!」」
市橋嬢と鳴海嬢は元気に返事をし、私は無言でコクコクと頷いた。
私たちの返事をにこにこと受け取り、サシャさんは正座を崩して座禅を組んだ。
「リラックスできる座り方になって、目を閉じてください」
言われた通りに正座を崩して目を閉じた。
今日はいい天気であるから、まぶたを閉じても明るい。
「…ゆっくりと10数えながら鼻で息を吸い、吸った息はお腹の中へとためるイメージで。お腹の中に息がたまった事を感じたら10数えて、それから今度はゆっくりと10数えながら口から息を吐いてください。その呼吸に慣れてきたら、心を空っぽにしてください。何も考えず、ただあるがままに…」
鼻から吸ってお腹へ入れて口から吐く……腹式呼吸をしろという事か。
学生時代は吹奏楽部に所属しトランペットを吹いていた私には、腹式呼吸くらい朝飯前である。
1・2・3…と数えながら息を吸い、お腹に溜め、またゆっくりと数えながら息を吐く。
ぽかぽかと日差しが暖かく、ぼんやりとしていた私はそのまま意識が…――――
「寝てはいけませんよ?」
突然耳元でサシャさんの声がし、驚いて目を開けて振り向くと、サシャさんがにこにこと私を見ていた。
優しい笑顔と声である事は間違いないのに、妙に迫力を感じて……こわい。
「ご、ごめんなさい…」
こういう時は言い訳せずに謝るのが一番である。
実際、寝そうになっていたのだから、言い訳しようにもできないが。
「はい。カゲウ様、がんばりましょうね」
私が素直に謝るとサシャさんは私の手をとって頷き、そう言った。
先ほど感じた迫力が全くないだけに、なんだかちょっとおそろしい。
私は、サシャさんには逆らわないようにしようと心に決め、もう一度目を閉じた。
☆ ☆ ☆
サシャさんの巫女修行をはじめてから、そろそろ3週間が経つ。
今日も私たち3人はシンプルな長袖長ズボンな服を着て、運動場でサシャさんに巫女になる為に必要な事を教わっていた。
…とは言っても、私はまだマナを感じ取る事ができないので、目を閉じ座禅を組んで腹式呼吸である。
市橋嬢と鳴海嬢はすでにマナを感じ取れるようになっており、市橋嬢は現在、治療魔法の初歩を学んでいる。というか、一番最初――修行を始めたその日のうちにマナを感じ取れるようになった鳴海嬢は市橋嬢のさらに上をいっており、治癒魔法の初歩はもちろん中級まで使えるようになっている。解毒魔法の初歩もしっかりと学び終え、今は能力上昇系の支援魔法の初歩を学んでいる所だ。
二人が若いから吸収がいいのか、ただ単に私に魔法の才能がないだけなのか。切ない。
「カゲウ様。焦らないでください」
「サシャさん…」
私が落ち込んだ事に気付いたらしく、サシャさんは私の前に座り、私の手を取る。
サシャさんのその優しさを裏切るような才能のないさが申し訳なく、情けない。
いい年しといて何だが、ちょっと泣きそうである。
「カゲウ様……そんなに思いつめないでください。大丈夫です、マナは世界に…どこにでも誰にでも満ちているものなのです。カゲウ様の中にも私の中にも。目に見えずともマナはずっと在るのですから焦らなくても大丈夫なのです。今すぐ感じ取れずともマナは在るのですから、ゆっくりでいいのです」
俯いた私の目元をハンカチでぽんぽんと拭い、サシャさんはゆっくりと私にそう告げる。
サシャさんが考え、選び、私の為にと話してくれるその言葉ひとつひとつが私の心に染みていく。
顔を上げれば、とても真剣で優しい紫色の眼差しに、私の心が落ち着いていく。
女神リーグルの巫女というものは皆、このように暖かく優しいのだろうか。
私の手を握ってくれているサシャさんの手をギュッと握り返せば、彼女は優しい笑顔で頷いてくれる。
「ごめんなさい、サシャさん。諦めずにがんばります」
別の意味で泣きそうになったがなんとかこらえ、私がそうサシャさんへと言うと、サシャさんは口元に指を一本立てた。
「こういう時は“ありがとう”の方が嬉しいものなのですよ?」
「はい。ありがとうございます、サシャさん」
茶目っ気たっぷりのウィンク付きのその言葉に、私は自然と笑顔になる事ができ、その事も含めてお礼を言うと、サシャさんは嬉しそうに頷いてくれた。
その事がとても嬉しくて、彼女のような人の為になら巫女になるのもいいかもしれないと思った。
そう思えるようになったのがよかったのかもしれない。
その日のうちに私もマナを感じ取れるようになったのだ。