6話 いろいろと渦巻いているようです
ルーイ・ルー視点です。主人公は名前しか出てきません。
巫女候補たちの承諾を得たのでその後の予定を軽く説明し、応接間から出る。
そこにはさきに部屋から出て帰ったはずのスィース殿下とフィーフィ王女が待ち構えていた。
部屋に鍵をかけるのを待ってから、スィース殿下は腕を組み高圧的に、フィーフィ王女は修道女とは思えない嫌な笑顔で口をひらいた。
「巫女たちの事は頼んだぞ」
「ちゃんと使えるように育ててくださいね」
そう言い放つと返事を待つことなく、二人は教会本部の出入り口へと歩いていった。
返事がなくとも俺がそれを成すのが当然であり、拒否するとは思っていないからこその行動だ。
いつも通りと言えばいつも通りな二人であり何も思う事はないはずなのだが、今回は何故かその様子に腹が立った。
いや、“何故か”ではないか。理由はなんとなくだが、自覚している。
短い期間ではあるが、俺は意外と巫女候補たちの事を気に入っているのだ。
特に、スイナ・カゲウ、という名前の、その女。
彼女は俺の瞳を見ても――最初は驚いたようだったが、それでも怯えた様子が一切なかった。それだけではなく、普通に俺の目を見て話しかけてきたのだ。
俺の眼は“魔眼”と呼ばれるもので、赤色の濃淡の差や魔眼の持ち主の魔力の質によって効果は異なるのだが、力を込めて睨むだけで魅了や即死術等、強力な魔法を発現させることができるものである。
もちろんその効果に恐れているのもあるのだろうが、力を込めずともその魔眼を見るだけでその魔力量や数々の魔眼に関する昔話から恐怖を覚えて目を逸らすものなのだ。
事実、巫女候補の他の二人はスイナ・カゲウと同じく異世界の出身であり魔眼の事など何も知らないはずなのだが、俺と目が合えば怯えた表情で固まってしまって、話も出来なかったことから、恐ろしいイメージだけのせいではなく、魔眼自体がそれを見た者の本能的な恐怖を呼び起こす効果とかもあるのかもしれない。
だからこそ、俺の眼を見ても怯えず普通に……少し口下手ではあるようだが受け答えを普通にする彼女が不思議であり、興味が出た。
それ以外にもいくつかあるが、そうだな。
たとえば、スイナ・カゲウの年齢は20を――結婚適齢期を過ぎていると思われる。
だからこそ召喚により呼び出された彼女を見た時には、驚いた。
儀式の最後に女神リーグルをその身に宿すのだからと、呼び寄せる巫女の条件には“連れ添いがいない事――つまり男と交わった事がなく子供を生める身体である”という条件を付けていた。
それなのにここへ呼び出されたと事は、つまりはそういう事なのだ。彼女は独身であり結婚経験のない女である、という事であるのだ。
ひょっとすると結婚する約束をした相手に先立たれたとかそういう理由なのかもしれないが、それにしては男慣れをしていない。
本人は隠しているつもりのようだが、手を握るだけでその身体が強張るのがわかるし、少しからかえば顔は平然として見えるがその耳は真っ赤に染まっていて動揺している事がよくわかる。
目を見ても怖がらないスイナ・カゲウに驚いてついつい顔を近づけ過ぎてしまった時の頭突きや、その頭突きの仕返しのつもりの冗談半分でちょっと抱きついた時に肘を入れられた時も一瞬だが思い切り身体を強張らせていたので、少しからかい過ぎたのかもしれない。
けれど、その反応こそが新鮮で、面白いのだ。
魔眼を恐れる事もなく見る事ができるのに、男そのものには怖がる。その様子がとても新鮮で、面白い。
たとえば、彼女はおそらく気が弱い。
いつも何か言いたそうな顔をしているが、それをなかなか口に出さずに飲み込んでしまう、良く言えば大人しく優しい、悪く言えば気弱で小心者な女性である。
そんな気の弱さを持っているにも関わらず、殿下と王女を前にしてのあの発言だ。
気が弱いのに気の強い。怖がりなのがわかるのに、強がっている。
その様子もまた、面白い。
さらに言えば、押しに弱くお人よしだ。
まだ会って一日しか経っていないが、断言できる。異世界のケーキは美味かった。
…なぜ誰とも結婚をしていないのかがわからない。
顔立ちは印象には残りにくいものではあるが、嫌悪を抱くほど悪い顔でもない。
彼女はこの世界とは違う、異世界から召喚した人間である。異世界の婚姻事情はこちらの世界とはかなり違うのかもしれない。
「ルーイ様」
そんな事を考えながら執務室へ向かっていると、後ろから声をかけられる。
振り向かずとも声でわかるが、ここで話しかけてきたという事は急を要する何かがあったのだろう。
足を止め振り返る。
予想通りそこには、自分の部下であるルーク・メルリーとルーレス・リメイアが立っていた。
仲の悪い二人が一緒に居るのは珍しい。
巫女の召喚の時は俺の補助をさせたからこそ、一緒にいたのだ。
慣れて以前よりはマシにはなったが、視線を向けると慣れた彼らでも怯えを見せる。わかっているからこそ、少しだけ彼らから視線だけそらし、返事をする。
「何かありましたか?」
俺が問いかけると、まずはルーク・メルリーが少しためらい気味に口を開いた。
「リリスレイアからの使者が到着しました」
大陸に存在する数多い国の中のひとつで、中央に位置する帝国リリスレイア。
周囲に存在する小さな国々を支配下へと取り込み拡大を続けるその国は、魔術師を育成を推奨し世界のマナを際限なく消費し続ける、しかし大国ゆえに警告する事しかできない、教会からしてみれば目の上のたんこぶと言った位置付けにある国である。
「このタイミングで、ですか。どこから聞きつけてきたのやら…」
使者がここへ来た理由は“救世の巫女”だろう。
世界のマナを取り込み使う魔術師からしてみれば、マナを生みだす事のできる“救世の巫女”は喉から手が出るほど、欲しい存在だ。
それは魔術師を保護育成する帝国に限らず、である。
マナさえあれば魔術はいくらでも何度でも、使う事ができるのだから。
だからこそ、今回の巫女召喚は誰にも、どこにも漏らさないように気を付けていたのだが。
ため息をつくと、俺はルークに指示を出した。
「わかりました、私が行きます。ルークはどこから漏れたのかを調べてください」
俺の言葉に「わかりました!」と頷くと、ルークは教会の奥へと歩いていった。
それを見送り、ルーレスへと向き直る。
「ルーレス、貴方は?」
「…はい。フィーフィ様の事なのですが…その…」
言いにくそうではあるが、その名前で何を言いたいのかが、なんとなくわかってしまった。
フィーフィ・ネイリン。
この教会本部のある国の王女にして、教会に所属する修道女のひとりである。
彼女はなんていうか、そうだな。
本人はバレていないと思っているようだが、清らかでかわいらしいその外見とは裏腹に、とても意地が悪く執念深い性格をしている。
気に入らない人物が居ようものならあの手この手でその人物を陥れて再起不能にし、その権力で事件をもみ消してしまう。
本来は修道女である彼女に権力は無縁のはずなのだが、実家である王家を頼っているらしく、破門するのも諌めるのも難しい。
ある意味、とてもやっかいな人物なのである。
「…スイナさん、ですか?」
少し前のやり取りを思い出し、ある意味わかりやすいよなと口に出す。
ルーレスは頷いてそれを肯定し、どうしましょうと疲れたように聞いてきた。
「…毒見役を付けて、警護の者も増やしましょう。それから、私の手が空いてる時はなるべく彼女たちの側に居る事にします。ルーレスは結界に穴がないかどうかもう一度確認し、魔法師たちの元へ行って彼らの警護をしてください。魔法師一人に対して警護の者を2人は付けるようにお願いします」
少し考えてからそう指示を出す。予算が出てしまうが、彼女たちの安全には代えられない。なんと言っても、彼女が王女に害されるのは面白くない。いざとなったら俺のポケットマネーでなんとかしよう。
ルーレスは俺の指示に無言で頷くと、音もなくその場から消えた。
いつ見ても見事な隠形術である。
しばらくルーレスの居た場所を眺め、それからもう一度ため息をつく。
面倒な事が続く時は続くのだから、たまにこの仕事が嫌になってしまう。
俺は顔を上げ両手で頬を軽くたたくと、嫌な事はさっさと終わらせてスイナ・カゲウで遊ぼうと決意し、気合を入れた。
※2016年5月9日、6話全文、書き直ししました。
※1月5日 脱字を発見したので修正しました