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異世界にきたから婚活するよ!  作者: つられるクマー
1章 召喚されました
5/33

5話 決まりました

 夕飯の後、私たちはルーイ・ルーに付き添われて部屋へ戻った。

 食堂でお湯をもらってきたので、そのお湯でタオルを絞って身体をふき、用意してあった寝間着っぽいワンピースに着替えた。

 そして今度こそ身の振り方を考えようと話し合おうとしたのだが、その頃には窓の外はもちろん部屋の中も暗くなっていて、照明器具のない室内もほどほどに暗くなった。

 いろいろあって疲れていた私たちは、眠い頭で考えても何も出ないだろうしという事で、寝る事にしたのだ。


そして次の日の朝。


「正直なところ、巫女になるしか道がないと思います」


 手元のカップに砂糖を入れてスプーンで混ぜながら、私は言った。

 元の世界へ帰る方法がわからない以上、この世界で暮らしていかねばならない。

 逃げるにしろ、このままここで暮らすにしろ、知らない世界で暮らしていくには私たちはこの世界の事をよく知らない。常識も、言葉も、世間の事も何もかも。

 そして、女であるという事から、何かをしようとしても軽く見られるだろう。

 実際、男の人に力づくで迫られたりしたら、どうのしようもない。

 だからこそ後見は必要だ。

 その後見は、私たちを召喚した彼らしか、頼める者がいない。


 その事を眉間にしわを寄せて考える市橋嬢と鳴海嬢へ告げれば、二人はさらに眉根を寄せて考え始めた。

 そんな二人を見ながら、私はお茶をひとくち飲む。

 紅茶のような香りのするそれは、おいしいともまずいとも言い難い不思議な味であった。

 何とも言えない味ではあるが、砂糖を入れたのにちっとも甘くないのはどういう事なのだろうか。

 この世界の砂糖は甘くないのかな? と思って砂糖をちょっとだけスプーンに乗せて口へ運んでみるが、ちゃんと甘い。

 不思議なお茶である。


「私も巫女になんてなりたくはありませんが、巫女にならなければ追い出される可能性もあります。元に戻せないのを承知で召喚したという事は、役に立てなければそのまま捨てられる…という事も大いにありえます」

「そんなの無責任すぎるじゃない!」


 謎のお茶の入ったカップをテーブルに置き、ふうと息をはいて私が言えば、市橋嬢が目を吊り上げて抗議する。

 その意見には同意する。彼らは無責任だ。

 そもそも関係のない異世界人を、自分たちの世界の為に承諾を得ずに召喚した時点で、他力本願過ぎてどうなのよ? …という物である。


「…それに、この世界が日本と同じ言語を使っているとは限らないので」

「…へ?」

「言葉は通じてましたよ?」


 私の言葉に市橋嬢が目をぱちくりさせ、鳴海嬢は首を傾げる。

 召喚直後からルーイ・ルーとは話が普通にできていたので気付くのが遅れたのだが、よくよく考えてみればここは“異世界”なのである。

 前の世界――地球では隣の国ですら言語が違う事があったし、同じ国でも地方によって言い回しや発音が違う事が多かったのだ。それなのに“異世界”で“日本語”が通じるというのは、不自然な事だと思う。


「私たちを召喚できたくらいだから、通訳機能の魔法とか何かしら使ってる可能性もありますけど――」

「おお! よくわかりましたね。さすがはスイナさんです!」


 いつの間にか私たちの輪の中に入っていたルーイ・ルーが私の言葉に頷いた。

 昨日もそうだったが、なんでこの男は女だらけの部屋へこうも簡単に入ってくるのだろうか。

 いや、ツッコんでも無駄だろう。

 こいつはデリカシーのないセクハラ魔人で女の敵であるのだ。

 スルーが一番、スルーが一番。


「…朝ご飯の準備ができたんですか?」

「はい、その通りです。一緒に食べに行きましょう!」


 つっこまずに昨日の事を思い出し、予想を口にすればルーイ・ルーはもう一度頷いてそう言った。

 悪びれた様子は昨日と同じで一切なく、憎らしいほどに満面の笑みである。殴りたい。

 そして当然と言うように私の手をとろうとしたので、触れる前にさっと引っ込めたら少し驚いたようではあったが、気にせずその引っ込めた私の手を取りぐいっとひっぱった。

 思わず前のめりになり転びそうになった。ルーイ・ルーの胸に顔がぶつかる。


「お食事の後にでも言葉についてのお話をしますね」


 聞こえた言葉に、痛む鼻を押さえて上を向いて後悔した。

 ルーイ・ルーのその笑顔には「逃がしませんよ」と書いてあるように見えたのは、気のせいだと思いたい。



☆  ☆  ☆



 朝ご飯を食べ終わった私たちは、昨日より少し豪華な装飾の部屋へと案内された。

 そこでルーイ・ルーが違う言語なのに話が通じる理由を説明してくれた。


「スイナさんの言葉通りです。本当は私たちの言葉と貴女方の言葉は違うのですが、召喚して話が通じない事にはどうしようもないだろうという事なので、通訳の魔法を貴女方に使っています」


 その世界にない物は訳せないが、似たような物や同じものであるのなら名前が違ってもお互いにわかるように翻訳してくれる便利な魔法なのだそうだ。

 試しに魔法を解除(鉄を触る時に静電気が発生した時のような衝撃が私たち3人にあった)してルーイ・ルーが何事かをしゃべってくれたが、それは「スイナ、めるふぃいすとーにりあ」とかなんとか意味のわからない言葉だったのだが、もう一度魔法をかける(やはり静電気がはじける時のような軽い衝撃があった)とルーイ・ルーが同じ言葉をしゃべる――口の動きが同じだった――と今度は「スイナさん、貴女はかわいいですね」と聞こえたので、鳴海嬢も市橋嬢も納得していた。

 私はなぜその例文を選んだのかを問い詰めたかったが、やっぱり度胸がでなかった。ちくせう。


 ちなみに通訳の魔法は、会話は通訳してくれるのだが、文字を翻訳してくれる訳ではないので文字は学ばねば読めないらしい。

 読めるようになる魔法はないのかと質問すると、ある事はあるのだが通訳の魔法と違って、その魔法は文字を読みたい本人が使う必要があるのだという。

 そして魔法は基本的にどの国でも組織でも秘匿すべき情報であり、召喚された巫女候補とはいえども巫女になる事を拒否している事が理由で、私たちには教えられないのだという。


「生活を保障するだけならできるんですけどね」


 巫女にならないのならもちろん軟禁しますけどね。と、何でもない事のようにルーイ・ルーは軽く続けた。

 だいたい私が予想した通りであり、朝のうちにその事を二人に告げていたので、市橋嬢も鳴海嬢も唇をかむだけで、声を荒げることはなかった。

 心の準備というものは、やはりとても大切なものだなと二人を見て思った。


 そんな調子でルーイ・ルーが笑顔で軽く言い終えると、部屋に沈黙が下りる。

 市橋嬢は悔しそうな顔でテーブルの上のお茶をにらんでいて、鳴海嬢は何かを考えるように目を閉じていた。

 巫女になるしか道はないのかぁと私は諦め半分でお茶――今度は砂糖を三杯入れたがやっぱり甘くない――を飲んでいた。

 その状態で十分くらいだろうか? 静かだった部屋に扉をコンコンとノックする音が響いた。


「――失礼するよ」


 ルーイ・ルーが返事をする前に、大柄な金髪の男と、小柄だが同じ金髪の可愛らしい女が部屋へと入ってきた。

 顔の造形がどことなく似ているので、兄妹なのかもしれない。


「ルー、見に来た」

「まだ説明の途中ですよ?」


 男がそう言うとルーイ・ルーは先ほどまでとは違う、平坦な声で答えた。

 ルーイ・ルーの声音に驚いて彼を見れば、さっきまでの笑顔…どころか表情が消えていた。

 無表情、というやつである。


「快く引き受けて……やっぱりしてもらえないのかしら」


 女の方は頬に手を添えて私たちを見回し、困ったように小首を傾げる。

 声も容姿も仕草はかわいいが、つまりは彼女たちもこの召喚の事を知っているという事だ。

 そんな彼女の仕草から、話を聞いてくれない人たちなのね困ったわというようなニュアンスを感じた私は少し…じゃない。大いに腹が立つ。

 私は可愛いものは何であれ誰であれ大好きだが、こういう他力本願な上にいう事を聞かない人を困りもの扱いする人はどんなに可愛かろうが、男であれ女であれ、大嫌いである。


「…ルーイさん」

「ルーでいいですよ。なんでしょうか?」


 私が呼ぶとルーイ・ルーの顔に表情が戻り、その事に少しだけ安心する。

 そんなルーイ・ルーの様子に男と女は息を飲み、驚いたような顔になったが、そっちは見えない知らない聞こえない!


「この頭悪そうな人たちは誰ですか?」

「なっ」

「あら…」


 私の問いに男はムッとした顔になり、女の方は口元を押さえて何を言ってるのこの人? みたいな顔をした。もちろん、そっちはスルーである、スルースキルは大切!

 鳴海譲と市橋嬢の顔は少し引きつったように見えたが、ルーイ・ルーは一瞬きょとんとした顔になり、すぐに破顔した。

 お腹をかかえて声を出して笑う。


「…ルーイさん?」

「ふふふ……失礼。いやあ、あまりにも面白かったものですから」


 何が面白かったのかわからなかったのでもう一度呼べば、ルーイ・ルーは目の端に涙をためながら謝罪した。そしてもう一度笑う。

 憮然とした顔の男と女を見て、それから私を見て、ルーイ・ルーはまだおかしそうな顔のまま、それでも笑いを収め、「お二人は彼女たちの事をもう知っているでしょうから紹介はいりませんよね」と前置きをしてから、愉快そうに目を細めながら答えてくれた。


「彼はスィース・ネイリン殿下、この国の王太子です。スィース殿下の妹のフィーフィ・ネイリン殿下。彼女はこの国の王女であると共に教会の修道女(シスター)のひとりです」


 王太子という事は次期国王という事で合ってるだろうか。そしてその妹の王女。

 なるほど、私は不敬罪辺りが適用されるのかな! と気付いたが後の祭りである。

 出した言葉は元に戻らない。今までムッとした瞬間にうっかり口から飛び出た失言で、数々の失敗をしてきたというのに、私はまたしてもやってしまったのだ。

 毎回反省はするんだけど、なかなか直らないのである。困った。


「…その王太子殿下と王女殿下が何のご用でしょうか。家に帰してくれるんですか?」


 どう反応したものかと考えていたら、鳴海嬢が口を開いていた。

 その視線はまっすぐに、王太子と王女を見ていた。

 その視線に、王太子も王女も私から鳴海嬢へと視線を移した。助かった!


「そうね、帰してあげたいのはやまやまなのだけれど…」

「送還術は秘匿中の秘匿であり、我々ですら知ることはできないのだよ」


 王女が困ったように兄である王太子を見ながら言えば、その王太子は妹の言葉を引き継ぎ答える。

 それはつまり…


「帰る方法があるのね!」


 市橋嬢がそう言いながらテーブルに両手をバンと乗せて立ち上がった。

 上がっていた眉尻が下がり、目は希望にきらきらと輝いている。

 見れば鳴海嬢の瞳にも、わずかに期待する色が見て取れた。


 二人の気持ちはわかるが、今それをするのはちょっとまずい。

 ポンと肩に手を置かれたのでそちらを見れば、いつの間にか移動してきたのか私の隣にルーイ・ルーが座っていて、諦めた方がいいよとでも言うような表情で私を見ていた。


「巫女になってくれるのであれば、我々は貴女方を帰すための努力を惜しまない」

「そうね、貴女方が巫女となって世界を安定させてくれたら魔法も安定するでしょうからね」


 王太子が約束すると頷いて、王女がそれに追従するように言葉を付け足した。

 鳴海嬢と市橋嬢は止める間もなく「それなら!」と巫女となる事を承諾してしまった。

 …王太子も王女も、努力をすると言っただけで、帰すと約束してくれた訳ではないのに何という事だ。


 こうして、二人の決定を止める事も覆す事も出来なかった私は、なし崩し的に巫女になる事が決まってしまったのであった。

※2016年5月9日、5話全文、書き直ししました。

※1月4日 サブタイトルに話数を追加しました

※1月4日 誤字修正しました


巫女になる事に決まったので、不敬罪にはならなくなりました。

「救世の巫女>王族」です。

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